◼️「耳に残るのは君の歌声/The Man Who Cried」(2000年・イギリス=フランス)
監督=サリー・ポッター
主演=クリスティーナ・リッチ ジョニー・デップ ケイト・ブランシェット ジョン・タトゥーロ
サリー・ポッター監督の「オルランド」がめちゃくちゃ好き。あれはストーリーも映像も仕掛けの数々も、そしてあの時間と場所と性別さえも超越した物語を90分に収めた演出に感動した。「耳に残るのは君の歌声」はロシアから西ヨーロッパに渡ったユダヤ系の主人公が、民族的に過酷な時代を生き抜く姿を描いた作品だ。これを100分弱に収めている。
幼い頃から父親の歌を聴いて育ったフィゲレは、アメリカに行くと言って出稼ぎに出たまま戻らない父を追って旅立つが、戦火の中イギリスにたどり着く。施設でスージーと名づけられて成長した彼女は、父親の影響なのか、歌に秀でていた。劇団のコーラスガールとして働き、アメリカ行きの旅費を稼ごうとする。親しくなったローラはスタアの玉の輿を狙う。スージーはジプシーとも呼ばれるロマ人の青年チェーザーと親しくなる。
波瀾万丈な物語を100分弱に収めているのだが、「オルランド」と違って物足りない。「オルランド」はあまりにも現実を超越した物語なので、あれくらいかっ飛ばす必要があったし、あまりにあれこれあった先に安らぎのラストへとつながる。「耳に残るのは君の歌声」もロシアを出て、イギリス、フランス、そしてアメリカと舞台はあちこち変わる。しかしこの映画は、本当の名前で呼ばわれて自分を取り戻すまでのドラマティックな展開をじっくり味合わう余裕を与えてくれない。その時々にスージーが何を感じたか、「俺には家族がいる」とジプシーとしての生き方を選んだ彼との別離も、あまりにサラッとしていて、お互いにどれだけの愛を抱いていたのか想像する余裕がない。
しかし、曲者キャラぞろいの物語を個性的なキャスティングで構築したのは見事。ストーリー運びは物足りないが、それぞれの登場人物は短い時間でしっかり描写されている。例えば、イギリスの施設で、父親の写真をスージーから取り上げた里親が「思い出なんてない方がいいのよ」と言うのだが、成長したスージーが旅立つ時に黙って写真を渡す。その間わずか数分だけど、場面の裏側にどれ程のドラマがあったのだろうと思うと想像することは難しくない。ヒロインはクリスティーナ・リッチ。お化け一家のオデコちゃん小娘も成長したよな。美貌のケイト・ブランシェットも、ジョン・タトゥーロの気取ったスターも、芯のあるジョニー・デップも、子役のクローディア・ランダー・デュークも印象的な演技を見せる。