今年の年賀状の中に、オラの人生の羅針盤である作家・高尾五郎さんの絵葉書が混じっていた。いつもは、五郎さんや仲間が描いた油絵などの手製絵葉書が多かったが、今回は開高健(カイコウタケシ)の言葉の絵葉書だった。「朝露の一滴にも天と地が映っている」との禅僧のような名言が力強く書かれた絵葉書だった。
開高氏(1930-1989)は、プロ作家になる前にサントリーのコピーライターとしてとくにトリスウイスキーの宣伝に魅力的な文才を発揮したのは有名だ。その後、そこで鍛えてきた金言をまとめて『開高健名言辞典』(小学館)を刊行している。この辞典の表題は「漂(タユタ)えども沈まず」という言葉だった。
この言葉はもともとパリ市の紋章に添えられた船乗り組合の標語(ラテン語)だった。日本のNECじゃないよ。パリはセーヌ川の中心にあるためいくども災害にあったが、それでも沈まずなんとか復興してきたし、戦乱・革命などに翻弄されながらも柔軟に乗り越え発展してきたのだ、それはこれからのパリの針路だ、という市民の心意気・決意が表現されている。芥川賞作家・開高氏が愛した言葉だ。
「朝露の一滴にも天と地が映っている」という名言に対して、「天台ジャーナル第150号」には優れたコメントを載せている。その一部を要約すると、「はかない露にも一瞬であれ、この世界は投影されて存在している。人間の生き死にや、喜怒哀楽が交錯する人間世界の出来事などと関係なく、自然は人間の状況には無関心にあり続ける。ベトナム戦争の取材でとりとめた一命を、大自然の中で、自らの生命をその一部とする開高氏。露に映る天と大地も、己の眼に映る天と大地も同じ世界で。」と、珠玉の解説をしている、さすが「一隅を照らす」視点が鋭い。
茅ヶ崎市にある開高氏の邸宅は、「開高健記念館」として市に寄贈されている。なお、高尾五郎氏の代表作『ゼームス坂物語』全4巻が清流出版から刊行されている。