トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

次の主は琉金

2024-12-17 | 小父のお隣さん

 池で長らく飼育していたタナゴなのだが二シーズン続けて産卵管を出した個体が出なかった。飼育年数を数えれば野生種ならばとうの昔に寿命が尽きている年齢で、健康で元気そうに観察出来ているものの老齢化は避ける事も出来ない事実なのだ。新たに若い世代を調達出来ない訳でも無いが夏の高温状態を体験してみれば産卵用母貝には過酷すぎる水温に至ってしまう現状ではこの際、繁殖活動は無理だと結論して次の主は琉金にしたのである。

 たまたま所用で出かけた通り道に金魚屋さんがあるので帰路立ち寄って物色した。欲しかったのはオランダ獅子頭だったけれど在庫が無くオーソドックスに琉金にしたのだ。大和琉金とサラサ琉金、計五匹を購入しさっそく池に放流する。しばらくは池の水流に逆らってモガモガしていたものの、昼食後に覗いたら水流の無い水草の周りに集まっている。給餌は水温10度以上でと話していたから当面は給餌する必要もないだろう。給餌しなくても池の中の水草や微生物を食べる事が出来る環境であるからして大丈夫のはずである。池のタナゴは日中は見える場所で泳いでいるがさすがに温かい頃の様に群れてはいない。

     


初霜と初結氷

2024-12-16 | 感じるままの回り道

 朝の最低気温が2.6℃と報じていたから「初霜ありか⁉」と出かけたのだが姥捨て山の水域は結氷していたが霜は薄かった。毎日、乾燥注意報が出ている日々では気温が低下しても霜は発生し難いのだろう。昨季は記録できなかったのだが記録を眺めれば概ね初霜と初結氷は同日の時が多い。これが何を現しているが知る由も無いけれど「本格的に寒さ到来」なのであって、冷えが増せば肩の痛みの回復は遅れるのだろうと観念せざるを得ない。そうなると年明けの1月中に回復は難しいかと年末年始も我慢で暮れ明ける気がする。年内鍼治療に行っても二回程度のはずだから年越し間違いなしだろう。


切り出し小刀の柄を付ける

2024-12-15 | 今日は真面目に

 明けても暮れても肩が痛くて腕が上がらず姥捨て山での作業は避けている孤爺であるが、自宅に居ても安静など出来る訳も無し。幾何回転体や木の玩具をボチボチ作り続けていくつかは10月のクラス会でまだ保育園と関わっている旧友、いいえ級友に送ってみた。早速、後輩のいる古巣で使ってもらったそうなのだが反応はどうだったのだろうか。まあ「喜んだはず!」と独りゴチするだけでもニヤケル孤爺なのだった。

 さて薄板工作を行っていると切り出しナイフが欲しい場面も出てくるのだが生憎、柄が壊れていて使えない。カッターナイフは強度も無いし使い道は別にある。そこで肩の負担にならない暇つぶしとして柄を作る事にした。クルミやクリの材があれば申し分ないけれどある訳も無く樹種不明の古材で作る事にした。

 まずは必要な寸法に切り出して半割とし、そこに束を入れる窪みを削り出来上がったら接着剤を塗付し万力固定で固着まで待つ。夕方になっていたので翌朝まで万力に挟んだままにした。翌日、庭に日差しが届く時間になってから柄の仕上げを行った。サンダーで大まかに握りの形状を整えてサンドペーパーで仕上げた。市販品の握り柄の様にストレートではなく、やや太めにして握りの中央部は径を絞ってみた。これで握り勝手が各段に向上したのだ。ただ刃物の大きさと握りの大きさのバランスが美しくない。これは予想してはいなかった事だが自ら使う道具なので見た目より使い勝手が優先である。

 そんなこんなでテンヤワンヤ、食事は店屋物では無いもののもう一本の切り出し小刀が見つかった。千代ちゃんの唄った歌詞ではないけれど「想う人には思われず 想わぬ人の言うまま気まま…」なんてマーフイの法則みたいに折々に意地悪が入るのが人生かぁ。だからと言って自棄にはならんけれど「クソクソ!」の吐け口に二液混混合して使う接着剤をグリグリして再生した小刀の破損した束の部分をも補修できたのだった。悔しさは一歩前進のエネルギーになる。まあ、こんな程度で息巻いていてもしょうもないのだが「子曰く 孤爺、閑居して不全を成す」と申しているではないかい。

 


森の中に桃色サンゴ・・・

2024-12-14 | 小父のお隣さん

 落葉盛んな林を通して何やら桃色の色彩が見えた。通常は目にしない色彩なので拠点に上ったのだが色を魅せていたのはタラノキだった。周辺のタラノキは数多くあるのにこの一本だけが特別の装いをしている。タラノキは保全活動に入った当時、山中に残っていた株を移植したのだが、その末裔と言うべきか地下茎を伸ばして新たに発生した子か孫の世代に相当する1本である。

 山採用にと移植した樹種では無くて花粉と種子が生物の食料となるために用意したのだが、こういう考えは理解してもらえない。新芽が萌えれば期せずして切り取られ背が高くなれば途中から鋸を入れられ採集されてしまう時期がしばらく続いた。それでも人知られずこういう事を行う輩は恐らく死に絶えて当時よりもタラの芽の生き残り率は良くなってきた。それでも「春の山菜祭り」では会友によっててんぷらの材料にされる運命はそのままなのだ。

 孤爺的にはスーパーでトレイに10個ばかり並んで数百円の物を調達すれば良いではないかと思うけれど、そこまでガミガミ言うのも「何ともなあ!」なのである。そんな環境であるがゆえに開花して種子を付けるまでには幾多の困難があるのだがこの樹はそれを乗り越え開花に到ったはずだけれど既に黒い種子は見当たらなかった。まあ、サンゴ色の花火だと思い眺めれば紅葉とは異なる風情があるが「およげたいやきくん」を口ずさんでしまった。しかし風情的には小百合ちゃんの「寒い朝」がマッチする。

     


吐水量測定、神様仏様水神様山神様・・・

2024-12-13 | 水辺環境の保全

 11月初旬、吐水量測定して毎分24ℓを記録出来て胸を撫でおろしたのだが既に40日経過して減水が気になってきた。断水していたとて、この痛い手では復旧作業もままならぬし、行政側も10月に現場視察に見えたものの無しのつぶてであるからして結局は自前で災害復旧を行わざるを得ないのだが、腕が上がらない状態では鍼治療も続け湿布も貼り懐炉も貼って保温に努めたところで急速回復は望めず旨く行っても年明けまでかかるのだろうと観念してきた今日この頃なのだ。

 姥捨て山に久しぶりに到着しまずは吐水量測定だ。バケツと1ℓの計量カップ、ストップウォッチを携行して吐水口に向かう。何時も使う15ℓのバケツは自宅なので手洗い水栓に置いてある12ℓのバケツを使う事にした。30秒の蓄水でほぼ満杯になって計量すると毎分22ℓとなる。取水升が台風10号のもたらした集中豪雨で砂礫に埋もれてはや3カ月を超えたが、此の間この水量を維持できているのは河床が砂礫で覆われたゆえの伏流水のお蔭なのだ。これが土砂ならばとうの昔に、埋没と同時に断水して年末に到らなくても水域は枯渇しひび割れているはずだ。奇跡と言えば奇跡だろうし幸運だったと言えば幸運なのである。どっちにしても腕が復旧作業に使えない現在、伏流水のお蔭で水が通じている事は「神様仏様水神様山神様!」のご加護と想うしかないのである。

 まあ、言わずと知れた事だが吾輩は好々爺、いいえ孤々爺であるから神仏の覚え目出度く弱きものを救済していただく恩恵にあずかったのだと思える今日日なのだが、それにつけても肩が痛い。

 


今日のトンボ「アキアカネなんだろうなぁ⁉」

2024-12-12 | 小父のお隣さん

 今朝の最低気温は3.5℃で日中も薄曇りで薄ら寒い一日だった。腕が痛くて上がらないのは変らないけれど「自宅軟禁も飽きが来て・・・」久しぶりに姥捨て山に行った。率先すべき保全作業などまだ出来る訳も無く、それでも拠点道具小屋に「再生できるか…」と捨てずにいる電動鋸盤の再検討に出かけたのである。

 出かければ出かけたで行う事はあって、まずは「水が届いているかどうか」と発生期末期の「トンボの飛翔種」の記録である。日差しが弱くトンボたちも日光浴する程でも無いので期待はしなかったのだが一頭だけ動きが見えたのだ。大きすぎて腐植するがままに転がしてある根っ子の上に、良くしたものでお日さまの方向に背を向けて休んでいる。「マユタテアカネか⁉」と撮影はしたもののどうもサイズが大きい。回り込んで顔面を覗くと特徴的な眉斑が無い。これでマユタテアカネではないのが判ったけれど「では何者⁉」なのか推定するしかない孤爺なのである。翅端斑が無いからアキアカネと推定したのだが同定できるほどの能力は無いのだった。

 孤爺的にはアキアカネで納得し他の二種、マユタテアカネとオオアオイトトンボを探したけれど日射が弱い日なれば出現は期待できない。それでもトンボ池の空中を見れば羽虫と言うか数ミリの昆虫が群れている。まあ、餌には困らない環境だから気温さえ維持できれば年末まで飛翔は期待できよう。先だってS先生がこの小虫の飛翔を眺めながら「飛び続けるエネルギーをどこから調達するのか、すごいなあ」と呟いていたけれど渡り鳥の中には大海原を10日も飛び続け蓄えた脂肪が無くなれば自らの消化管の一部までエネルギーにしていると言う「渡りの過酷・困難さ」を報じていた番組があったが「種の存続」には命を懸けるしかない過酷の中に活き永らえている生命力とはすごいものである。肩の痛みなどに負けてはおれないと一瞬は気張るのだが、でも泣くぼやく凹む孤爺であった。ちなみに湿布で外出すると冷えが増すのでこの日は肩に懐炉を貼っての外出だった。


桐材で作ってみた幾何回転体

2024-12-12 | 今日は真面目に

 姥捨て山に行くこともならず、行ったところで腕が使えないのでは「ブラブラ山へ」なのであるからガソリン代を節約しているようなもんだろうけれど暇感で心折れそうになる。で結局は玩具の試作と相成るのだが作れば作ったでおチビちゃん達への愛成るのである。この日はオロイドとスフェリコンを桐材で製作してみた。想定した年齢は一歳前後なのでヒノキ材などではぶっつけた時には少々痛く感じるので軟らかい桐材ならばと試作してみたのである。

 ホームセンターで材を調達したが集成材の15mm厚の板しかなかったからこれで作るしかない。サイズはヒノキ材で作ったのと同じである。ただこの日は気温が下がり季節風も強くて縁台に日差しが届かない時間帯では外作業は遠慮した。肩の痛みが冷えるとピリピリ感に変わるし胡坐で座っての作業だと膝も冷えるので痛みが出やすい。結局、日差しが届くのを待ちきれず朝食後から玄関で糸のこ盤に掃除機を取り付け粉塵を吸引しつつ円盤を切り出し、センターの捨て穴はリビングで植木鉢の受け皿にボール盤を載せて切粉が拡散しない様に作業をしたのだった。

 桐材は少しばかり高価なので短いサイズを購入した結果4枚しか円盤が採れなかった。それでもオロイドとスフェリコンの試作は可能だ。風が強いけれど縁台で円盤の外周を加工して外作業はこれだけ。切断と組付けは室内でやる事にした。で、昼前には完成して転がしてみればこれも良く転がる。今回は外周の形状をゲージを作りゲージに合わせるように加工したから今までの様な「目見当」の乱雑さはない。これも「幼児向け」と考えたためで丸みを帯びた外周にしたのである。

 完成品の重量を計測してみた。オロイドは44g、スフェリコンは35gだった。同じ直径のヒノキ材では暑さが12mmで3mmほど薄いのだがオロイドは56g、スフェリコンは53gであった。見た目は厚ぼったい外観だけれど手に取ると軽さが実感できる。オロイドもスフェリコンも良く転がるけれど床に置いといた二つ、ガラス戸を開けたら勝手に転がって、団扇で扇いでも容易に転がるのであった。まあ、今のところは試作だけなので届け先は考えてはいないけれど爺我自賛・執着地獄であって片腹痛いわい、いいえ、片腕痛いまま・・・。この痛みが滞るままになる事を承知していながら行ってしまう性、因果、業、人生には満ち溢れておった。

     

 


オービタルサンダーの架台を作る

2024-12-11 | 今日は真面目に

 まだ木の玩具をセッセと作っていた当時、表面を磨くのに素手では効率が悪くて考えた末に架台を作り固定して随分役に立ったのだったが、それも端材が無くなるにつれて工作も減り、架台そのものが庭に転がっていると邪魔なので処分してしまった経緯がある。しかし今回、幾何回転体を作り出す過程でどうしてもオービタルサンダーなどの電動工具が必要だった。例え一個二個であっても右腕が痛くて上がらない状態ではハンドサンダーでゴシゴシなどとても務まらないのだった。

 サンダーで荒取りするにしてもオービタルサンダーで仕上げをするにしても電動工具は電動工具なりの重さがある。これを右手で握り作業を続けるのも肩には結構な負担だった。「日光見ないで結構なんて言う莫れ」なんて諺があるけれど「日光当たる場所は結構な作業環境」なので姥捨て山フイールドでの作業は腕の痛みに耐えかねてお休みなのだが今度は暇な時間に耐えかねて結局、患部に悪い使い方しかできない作業になってしまうのであった。つらつら考えなくても「おいらはM男か⁉、それともS男か⁉」と混乱の極致に到るのは痛みによる妄想神経による技なのだろう。

 むくのオロイドやスフェリコン、ヘキサ・スフェリコンの試作はとりあえず終了したものの、欲を言えば接地面の曲面を精度を上げるために調整したくてハンドサンダーで摺り摺りしていたものの、やはり回数が多いし時間もかかるし保持しなければならない固定時間は持続的で肩の回復を先延ばしするだけでもある。電動工具を持ち続けるだけでも負担なのだった。そこで「どうせやらねばならないのだから…」と架台を作る事にした。以前に製作した形は記憶にあるのでそれを元にしてベニア板から作ったのである。

 オービタルサンダーは取り外しも出来なくてはならないので受け木の一方は取り外しが可能だ。午前の日の当たる時間に縁台工作で完成させたのだが、使ってみると手持ちよりも稼働ロスが少なくなるから削れる量も多くなった。その上、手持ちだと右手と左手の協調運動で微妙な調整が出来ていたのに片方が固定されると微妙な調整が難しくなった。確かに右腕に掛かる負担は軽減されるが加工精度に難が発生してしまい最終的な仕上げは「結局は丹平ドン」となるのだった。まあ、華やかな大スターでもプライベートでは絶筆に尽くしがたい事象もあるようだから腕が痛い程度で文句も言えまい。


落ち葉掻き先送り、孤爺、閑居して不全を成す・・・

2024-12-10 | 感じるままの回り道

 9日朝、今期最低気温の2.5℃を報じていた。姥捨て山は初霜かそれとも同時に初氷もありうるので「確認に行かねば…」と思ったものの冷やすと肩の痛みが増すので恐れ入ってご辞退申し上げたのだった。先日、道具小屋に工具があるかと探しに行った折り、落ち葉が溜まり始めているのを見ると「落ち葉掻きをせにゃー」と思うけれど熊手を伸ばして引寄せるのは痛いだけだし、更に斜面では腕を上げなければならないから更につらい。まあ、落ち葉掻きをする以前に水源地の河床を浚うのが優先しなければならないのだがどちらも痛い腕には辞退せねばならない。

 鍼治療の回数券を購入して今日が3回目の治療日だけれど、施術直後は腕の動きになんら不満も無いものの一夜明ければ元の木阿弥になる。それでも施術ごとに少しばかり緩和傾向を感じているのだが回数券を使い終わる頃には作業に出れるようになるのかどうかわからない。最大の障壁は「冷え」なのであって初夏に左肩の痛みに泣いた頃は暑さに向かう時期でもあり「冷え」は考えなくともよかったのだ。入浴して肩まで沈めて温めると右腕は痛みも無くオツムテンテンが出来るので血行不良が要因だろうと納得もしつつ、木の玩具作りを在宅に飽きて行っているようでは自ら血行不良を生み出しているようなものであるが、わかっちゃいるけど止められないのが脅迫製作症なのである。

 結局昨夜も夕食中に「ビビビッ」と降臨してしまい玄関で薄板を切り抜いたのだった。糸のこ盤は掃除機を接続して集塵機扱いできるので屋内作業は可能なのだがそれでもフロアーには粉塵がうっすらと溜まっていく。落ち葉も溜まるし汚れも溜まるけれど腕が痛くては年末の大掃除も嫌だなあ・・・。それでも痛みを育ててくれる工作は止められないのは因果である。

     


簡単!ヘキサ・スフェリコンのムク立体形製作

2024-12-09 | 何よりの楽しみ

 前回、ヘキサ・スフェリコンの試作タイプを見比べていて欠けているのはムクの立体形なのだった。削り出すのは難しそうだからスフェリコンやオロイドのように試作する気持ちは無かったのだが、新調した遠近両用メガネで注視していたら「ビビビッ!」とアイデアが降臨したのだった。そうなると脅迫製作症の僕としては落ち着かなくなる。早速、図面だけ製図して翌日は加工に入ったのだった。相変わらず肩が痛くて腕が上がり難い状態なのにこんな作業は良くないことは判り切っているけれど脅迫製作症は薬が無いのである。

 ➡   まずは杭の端材を利用して作る事にしたので杭に直接、必要な線を描きいれた。これを万力で押さえて寸法に切断した。切断面は軽くサンダーを滑らせ滑らかにして竹串を貫通させる穴を通す。串を芯棒として接着剤を塗付してから出来上がりの外端線を合わせた角度で固定し圧着する。完全に接着せずとも30分くらいで動き難くなるので鋸で不要部分を切断する。これが出来るので後のサンダー作業が大幅に減らす事が出来て完成までも短時間だったのである。

 ➡   圧着はシャコ万を使った。形が円筒なので上から重しで圧着は難しい。鋸で不要な部分を製図線に沿って切断して曲面はサンダーで形成する。二個仕上げるのに5時間程度だった。意外と簡単であっけないけれど、やはり転がりは気難しい。色々なタイプを製作して気難しい理由の一端が判明した。「質量が大きくなると慣性も増加して安定した転がりを阻害し、また、ヘキサ・スフェリコンの様に急激な運動方向を変化させる物体は運動エネルギーの消耗が大きいのでエネルギーを早くに消失してしまう。この理由で骨格だけのタイプや塩ビ管で作ったタイプの転がりが良いのであるが運動方向の大きい変化は接地面の摩擦係数も関係してスリップし難い組み合わせを考えないとスリップして運動力を消失する事に繋がる。まあ、どちらにしても厄介なタイプなのであった。それでも結果上々だったからようやく強迫性製作症が消失したみたい。なんだかおいらもヘキサ・スフェリコンの親戚みたいだ。

 作っては見たものの「容易に作れる」実証試作みたいなもので、作ったところで子どもたちが遊ぶには少々難しい。斜面や摩擦係数、動かす力加減や方向が微妙だ。木目を生かしたいと精密研磨すればスリップし易くなり期待される転がり運動が出て来ない。これは曲者である。出来上がりを見て妄想した。これは星の王子様の天体でマリオのカーコースに作り替えた代物なのだと・・・。そこでまた妄想がバージョンアップする。展開図を紙で作れば更に易しいかもかもと妄想は果てしなく、でも腕は痛いし疲れるなあ因果だなあ業だなあ脅迫製作症。

     


環境健全度評価表を比較表に改変

2024-12-08 | 今日は真面目に

 活動のまとめとして冊子を作っていたのだがその最終項「環境健全度評価表」を姥捨て山だけでなく県内の有名類似フイールドと比較したくなって三カ所分の並列併記で違いを明白に読み取れるように表を改ざんしてみた。原表は横浜市だったか東京都だったか、ネットに出していた物なのだけれど、今回確認のために探してみたものの見つける事が出来なかった。まあ、いつまでもあると思うな金と資料、と言う処であろう。

 わが姥捨て山に比べれば比較に上げた二カ所は横綱格で姥捨て山は付け出しに過ぎないので「比較にならない」とも言えるけれど「大男、総身に知恵が廻りかね」なんて諺もある訳だからこの際、大小の違いでなく質の違いを比較したいのであった。とは言えネット上を探しても参考になる資料は皆無で、思案したあげくS先生にお願いしてみたのだった。S先生なら資料を持ち合わせてはいなくても二カ所の実態は把握しているはずなので「学術的にはならないけれど大掴みしたいので」と図々しくも表の記入をお願いしてしまった。

 とりあえず現在の記入状況は姥捨て山フイールドだけだけれど、更に二カ所が追加され数的処理出来れば視覚的にも特徴が見えて来るだろうと期待している。三カ所を回ってみれば大まかな違いは歴然としているのは素人の小生でも常識程度の理解は出来ているけれど、それを資料によって裏付けしたいと言うのが今回の改変である。こういう作業や発表は本来は行政の仕事だと思うし、こういう比較資料も既に開示されているべきだと思うけれど現実はそこまで到達していない。現段階では素人の手慰みなのである。

 下の小さな写真の左側が姥捨て山だけの表で右側が三カ所併記出来るように構成した表である。大きな写真は三カ所併記比較できる表の最終頁のグラフで、理に適っているかどうか判断しきれないものの各段階ごとの充足率と各フイールドでの各々の段階の構成率で構成してある。これだけでも完成すれば各々のフイールドの特徴や違いが判るはずで、それに伴い自然保護の対応も評価できるはずだと孤爺は妄想するのだが、はてさて耄碌のせいで終わるか妄想でしかないのか完成が待たれる。何はともあれ爺我自賛は幸せな事であって更に「楽しみに待つ」事が出来ると言う事は少年金高齢者にとっては何物にも代えがたい。

 さて下段の帯グラフは食物連鎖のピラミッド構造に倣ってピラミッド型で表したかったのだけれどエクセルで表記したページ内に組み込む方法が判らず帯グラフになっている。これがピラミッド型なら食物連鎖の構造が視覚的にも見やすいと思ってそのシート内であたふたしたけれど無理で「貼り付ければ可能か⁉」と思ったものの試行せず、まあ学が足りないのは手の打ちようもなく肩が痛いのはどうしようもない。


美しい木目を出したいオロイドの製作 2

2024-12-07 | 今日は真面目に

 前回は鋸で余分な部分を切り捨てたのだが、今回は更にギリギリまで迫ってみた。これでサンダー切削の時間が大幅に減るし粉塵の量も減らせる。だがどちらにしても肩の痛い状態は変わらずサンダーを持たなくて良い時間は減少しても鋸曳き作業は発生するから、トータルで見れば早く完成しただけ無難かもしれない。写真右側は中心間距離が半径に同じで左側が√2rのタイプである。放射状に延びた赤線は見やすくするために描いた線で、言わばから傘の骨に相当する、これが密集して円錐形を形成しているのである。そう想像して加工すると判りやすい。今回、基準点に竹串を入れたので目安が容易で結果的に加工が早かった。最初に串を打つのは良いアイデアだった。

 鋸も鉋掛けもサンダー作業も仕上げ前は万力で挟んで加工する様にしたのが安全作業にもつながったし作業も楽になった。故に円盤を組み合わせて製作するタイプより道具も少ないし寸法を測る必要もなくラフなのが何よりである。それでも出来上がりは軽快に転がってくれた。円盤タイプのように糸のこ盤、ボール盤、旋盤、糸のこ盤と縁台にとっかえひっかえ持ち出して引っ込めてを繰り返す必要が無いのは有難いが、数を揃え精度を揃えた量産品は今回の加工は向かないなあ。オイルはエゴマオイルを塗付した。もともとが雨ざらしで腐食の始まった古材だし芋みたいになったものの、これはこれで美しい。

     

 


美しい木目を出したいオロイドの製作 1

2024-12-06 | 何よりの楽しみ

 円盤の組み合わせではないむくの立体形は既に試作しているのだが、相変わらず腕・肩が痛くて作業が辛い。姥捨て山では水源地の回復作業が待っているのだが結局はブラブラ病みたいになって暇で身が持たない。室内で可能な作業、子供服の縫製もそれが痛みの要因でもあるらしいから控えなければならないし結局は縁台作業を選ぶしかなかったのである。しかしながら腕の使い方は似たようなもので身体の全面で固定して作業する傾向が強い。結局は痛みの要因を温存しながらの作業である。温泉で二~三日保養などよろしかろうが更に孤爺化の傾向を助長するし・・・脚下。

 円盤の組み合わせではない削り出す一体物は木目が美しく出て来る。これが何とも魅力的でヒノキやホワイトシーダーではない木目で得て見たかった。拠点道具小屋の端材を物色していたら廃棄寸前の座卓の脚が出て来た。カツラ材だったと記憶しているが一部腐食も進み傷もあるけれどオロイドとツーサークルローラーの材を取れそうなので自宅に持ち帰った。前回と同じ工程では芸も無いし試行してみたい「ポイントに竹ひごを埋める」方法で行う事にしたのだ。前回までの二回の試作は角材と杭材に製図をして切り出したのだが鉛筆線だけで他に目印も無く、不要部分を切り捨てていく間に消えてしまうのだった。であるから削っても点として残る竹ひご(爪楊枝でも可)を埋め込めば最後まで正確な位置を示してくれるはずだ。

 まずは角材いっぱいの寸法で製図を行い半円孤の始点と終点及び中間点にドリルで穴を開け串を埋める。反対側は90度回転させて同じ作業だ。これで不要な部分の目視が明確になって鋸で切断する範囲がギリギリまで攻める事が可能になった。鋸で大きく粗切り出来る事は次の作業、サンダーでの切削や研磨の手間を大きく減らす事になる。ネット上には切り出しナイフで丹念に削り出す様がアップされてもいるけれど、小生は待てない性分なのでとても無理なのである。

 修行を積んだ仏師のように木材の中に仏様の御姿が浮かぶ小生では無し、やはり要所要所は目にも明らかにしておきたい。鋸で切断するのに今回から道具小屋に放置してあった万力を持ち帰り使ったので大幅に危険は減ったし楽になった。しっかりと固定できると作業も捗るし正確で安全である。しかし最終期の詰め、仕上げ直前からは手持ち作業になる。固定していては微妙な曲面の仕上げが難しい。しかし痛い右手でサンダーを保持しての作業は辛かった。お風呂の低い椅子に腰かけて膝の上に腕を載せ支える事で幾分かは荷重を軽減できたのだった。最初に仕上げしたのは中心間の距離が半径と同じオロイドである。下の写真右の段階は出来上がり直前なのだが実に良く転がり木目も美しい。しかし反対側に鋸目の深い傷があるからバテを挿入して乾燥中でしばらくは養生して、その後仕上げに入る。オイルフェニッシュが待ち遠しい。

      

 加工の勘所は反対側の円弧の中心軸の外ポイントから手前の円弧に延ばした線が直線になるように削り出すのだが中心点は1点だけれど放射状に円弧に延ばした想定線は無数にある。これの連なりで曲面が形成されるので念入りに行うほど動きはスムーズで良く転がるが骨を多くした唐笠の半分と見立てればイメージしやすい・・・という結果だが仕上げは五郎次郎てなもんや三度笠。

 


二点位置流れ昆虫スコイぜ!「ムラサキツバメ」

2024-12-05 | 小父のお隣さん

 陽だまりで翅を大きく広げ日光浴をしていたチョウがいた。「ウラギンシジミか?」と撮影したけれど直後に翅を閉じて裏側を見せてくれたからそうでは無い事が判った。翅の色合いから「ムラサキなんとか」かと思ったけれど判断がつかなかった。S先生等が見えて実物を指し示すと即座にムラサキツバメと判断した。小生には後ろ翅にある尾状突起が見えなかったのである。

 ムラサキシジミには尾状突起が無く、そこで思い当たったのは「ツバメの名前は燕尾服の連想か…」と言う事である。それが間違いであっても個人的にはツバメとつくチョウには尾状突起があると記憶したのである。

     


気難しいヘキサ・スフェリコンの多様化

2024-12-04 | 何よりの楽しみ

 子どもたちの木製玩具として面白いと思って長年作り続けている幾何回転体なのだがヘキサ・スフェリコンは製作過程もそうだし転がす条件も同じように手間を要する。とにかく立体化が進めば進むほど気難しくなりオロイドやスフェリコンのように平面で良く転がる性質は無いのであった。これまで数種類のタイプを試作してみたがそれぞれ狙いが異なり「工作簡単に」とか「安く手軽に」とか試作錯誤しては見たものの軽薄短小から抜け出せない。そもそも自分を見ているようで言い当てられているようで情けないのである。

 結論を言えば一番手間暇かけて材料費もかかる骨格様のタイプが軽快さを出してくれた。初期の頃にも試作をしていて中子に菱形の材を入れたけれど位置の合わせが難しく円柱から切り出したり円筒から作ったりと試行錯誤していた。その過程で最終的解決案が正六角形の基盤に据える事だった。これなら接着面が広くて強度のある円柱仕様から円筒仕様、パイプ仕様まで応用が利く。そこで良く転がる骨格系タイプで試作してみた。正六角形の基盤の厚さを3mm、2mm、0,5ミリと変えて3種類試作したのだが、写真で黄色の基盤が薄いのであるが今回の試作品には向かなかった。ねじ止めの必要があるのにネジで止めると変形し反り上がってしまう。これでは正確な形が保たれない。一方、小さくて接着面の比較的広いタイプは接着時にマスキングテープの仮り止めで済んだのでネジ止め無用である。

 結論としては「基盤の厚さにはあまり影響を受けないだろう」と言う事であった。この骨格系の外周は片刃の包丁のようになっている。オロイドやスフェリコンの外周ははまぐり刃状の仕上げでここが異なるのだが、過去には全てハマグリ刃状で支障はなかったものの接地面は主に外側なのだろうとの推測でそうしてある。元より理系の孤爺ではないので正確さは不明だけれどアレンジの範囲でもあって物作りの面白さはこう言う処にあると思っている孤爺なのだ。

 むく材仕立てで削り出すつもりは毛頭なかったのだが写真を眺めていて「ビビビッ」と降臨したのは写真上段左側の円柱半割合わせタイプの長さを長くして、現在空間になっている部分を埋めそこから曲面を削り出せば良いのだと理解した。これなら既存の寸法を基準にすれば容易にむくのヘキサ・スフェリコンが作れそうだ。杭の端材があるから今夜の夜鍋で製図し明日、早速試作するか・・・。それにつけても肩が痛いわい。針治療は効き目があったが週に1回では年内に完治はおぼつかないだろう。水源地の掘り出しも行いたいけれど、じっと我慢の、我慢の出来ない孤爺であった。

 縫製作業も玩具の工作も寝落ちするために読む読書姿勢も全て両腕の長時間固定で行う。これが固定された動作筋群の血行不良を起こして痛みに繋がっていると言うのが見立てなので毎日、大手を振って歩くしか能がない日々になりそう・・・。それは詰まらんし姥捨て山行きが無理なら自宅で工作、てなもんや三度笠だといつまでも治らず痛みで目覚めるし八方ふさがりが今日日である。我が人生、痛みに悩まされ続けるか取るに足りない工作物の完成に満足するか、二足のわらじも選択も辛い。