トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

今日のトンボ「アキアカネなんだろうなぁ⁉」

2024-12-12 | 小父のお隣さん

 今朝の最低気温は3.5℃で日中も薄曇りで薄ら寒い一日だった。腕が痛くて上がらないのは変らないけれど「自宅軟禁も飽きが来て・・・」久しぶりに姥捨て山に行った。率先すべき保全作業などまだ出来る訳も無く、それでも拠点道具小屋に「再生できるか…」と捨てずにいる電動鋸盤の再検討に出かけたのである。

 出かければ出かけたで行う事はあって、まずは「水が届いているかどうか」と発生期末期の「トンボの飛翔種」の記録である。日差しが弱くトンボたちも日光浴する程でも無いので期待はしなかったのだが一頭だけ動きが見えたのだ。大きすぎて腐植するがままに転がしてある根っ子の上に、良くしたものでお日さまの方向に背を向けて休んでいる。「マユタテアカネか⁉」と撮影はしたもののどうもサイズが大きい。回り込んで顔面を覗くと特徴的な眉斑が無い。これでマユタテアカネではないのが判ったけれど「では何者⁉」なのか推定するしかない孤爺なのである。翅端斑が無いからアキアカネと推定したのだが同定できるほどの能力は無いのだった。

 孤爺的にはアキアカネで納得し他の二種、マユタテアカネとオオアオイトトンボを探したけれど日射が弱い日なれば出現は期待できない。それでもトンボ池の空中を見れば羽虫と言うか数ミリの昆虫が群れている。まあ、餌には困らない環境だから気温さえ維持できれば年末まで飛翔は期待できよう。先だってS先生がこの小虫の飛翔を眺めながら「飛び続けるエネルギーをどこから調達するのか、すごいなあ」と呟いていたけれど渡り鳥の中には大海原を10日も飛び続け蓄えた脂肪が無くなれば自らの消化管の一部までエネルギーにしていると言う「渡りの過酷・困難さ」を報じていた番組があったが「種の存続」には命を懸けるしかない過酷の中に活き永らえている生命力とはすごいものである。肩の痛みなどに負けてはおれないと一瞬は気張るのだが、でも泣くぼやく凹む孤爺であった。ちなみに湿布で外出すると冷えが増すのでこの日は肩に懐炉を貼っての外出だった。


桐材で作ってみた幾何回転体

2024-12-12 | 今日は真面目に

 姥捨て山に行くこともならず、行ったところで腕が使えないのでは「ブラブラ山へ」なのであるからガソリン代を節約しているようなもんだろうけれど暇感で心折れそうになる。で結局は玩具の試作と相成るのだが作れば作ったでおチビちゃん達への愛成るのである。この日はオロイドとスフェリコンを桐材で製作してみた。想定した年齢は一歳前後なのでヒノキ材などではぶっつけた時には少々痛く感じるので軟らかい桐材ならばと試作してみたのである。

 ホームセンターで材を調達したが集成材の15mm厚の板しかなかったからこれで作るしかない。サイズはヒノキ材で作ったのと同じである。ただこの日は気温が下がり季節風も強くて縁台に日差しが届かない時間帯では外作業は遠慮した。肩の痛みが冷えるとピリピリ感に変わるし胡坐で座っての作業だと膝も冷えるので痛みが出やすい。結局、日差しが届くのを待ちきれず朝食後から玄関で糸のこ盤に掃除機を取り付け粉塵を吸引しつつ円盤を切り出し、センターの捨て穴はリビングで植木鉢の受け皿にボール盤を載せて切粉が拡散しない様に作業をしたのだった。

 桐材は少しばかり高価なので短いサイズを購入した結果4枚しか円盤が採れなかった。それでもオロイドとスフェリコンの試作は可能だ。風が強いけれど縁台で円盤の外周を加工して外作業はこれだけ。切断と組付けは室内でやる事にした。で、昼前には完成して転がしてみればこれも良く転がる。今回は外周の形状をゲージを作りゲージに合わせるように加工したから今までの様な「目見当」の乱雑さはない。これも「幼児向け」と考えたためで丸みを帯びた外周にしたのである。

 完成品の重量を計測してみた。オロイドは44g、スフェリコンは35gだった。同じ直径のヒノキ材では暑さが12mmで3mmほど薄いのだがオロイドは56g、スフェリコンは53gであった。見た目は厚ぼったい外観だけれど手に取ると軽さが実感できる。オロイドもスフェリコンも良く転がるけれど床に置いといた二つ、ガラス戸を開けたら勝手に転がって、団扇で扇いでも容易に転がるのであった。まあ、今のところは試作だけなので届け先は考えてはいないけれど爺我自賛・執着地獄であって片腹痛いわい、いいえ、片腕痛いまま・・・。この痛みが滞るままになる事を承知していながら行ってしまう性、因果、業、人生には満ち溢れておった。