昨日は休暇を取得して、茨城県でのアパート住まいに必要な各種手続きを行ってきました。平日は笠間市から20km近く離れた新しい事務所へ通い、週末は高尾へ戻ってくる生活がこれから続きます。来週から笠間市にお世話になるので、まずは挨拶としてアパートから10kmほど離れた笠間稲荷神社へお参りに行ってきました。
笠間稲荷神社についてHPから引用します。
ご祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)で、正一位という最高の位をもつ神様です。当社の御創建は、社伝によれば第36代孝徳天皇の御代、白雉(はくち)2年(651年)とされ、1360年程の歴史を有する由緒ある神社です。
日本三大稲荷のひとつとして広く人々に親しまれ全国から年間350万余の人々が参拝に訪れるそうです。
昨日は人出もまばら。ゆっくりお参りしてきました。
参道の両脇にはお土産屋さんが並んでいます。鳥居が無いので変だなと思っていたところ、後で分かったのですが、3月11日の東日本大震災で崩落したため撤去されたそうです。もともと参道に一の鳥居、二の鳥居が建っていたのです。
まずは朱塗りの楼門です。拝殿側から眺めた様子です。説明によると「萬世泰平門」と呼ばれ重層入母屋造で昭和36年に竣工の建物です。鉄筋コンクリート造りで震災に耐えたそうです。
楼門の横には神馬(しんめ)が格納されています。「古来から、災いなど困ったことがあると、神様に祈願する人のもとへ、除災招福のために天馬となって、天を翔けて飛んで行き、災いを鎮めたと伝えられます。」と説明にありました。
3月11日の大震災では震度6強の揺れに見舞われ、本殿を始め鳥居、社務所、灯籠など甚大な被害を被ったそうです。これからお世話になる笠間市です。お賽銭とは別に、鳥居再建へ向けた活動に僅かながら協力してきました。
拝殿です。現在改修工事中で外から見ることができません。昭和35年10月の竣工で、神社建築の美と現代建築の粋を集めた豪壮かつ華麗な建物とのことです。お参りは可能なので、ここで参拝してきました。
裏手にまわって、御本殿を見てきました。江戸時代末期、当時の名匠たちの手により施されたそうです。昭和63年に国の重要文化財に指定されています。
立派な彫刻が施されています。
近くには沢山のお稲荷さん・・・
敷地内に大黒天が祀られています。
ちらっと大黒様をのぞいてみました。常陸七福神の一つに祀られているとのこと。きっと正月には七福神巡りでも賑わうことでしょう。
神社のHPによるとここは聖徳殿と呼ばれ聖徳太子がお祀りされています。聖徳太子と共に大黒天(大国主大神)、事比羅社(大物主大神)合殿にて祀られているそうです。調べてみると、神社の大黒様は、神仏習合の時代に密教の大黒天が元になり、大国主命と神仏習合して出来た神道の神あのです。
拝殿の近くにある「八重の藤」です。県の天然記念物に指定されていて、花が葡萄の実のように集合して咲く珍しい種類と説明にあります。5月に再度訪れてみることにしましょう。
総門(東門)です。文化10年(1814年)に再建された入母屋造りの建物です。
総門の近くには君が代によまれている「さざれ石」があります。初めて見ました。
最後に紹介するのは絵馬殿です。明治32年築で、間口六間、奥行き三間、入母屋瓦葺で柱14本の吹き抜け造りです。
沢山の大絵馬や奉納額が納められています。
神社を見学した後、門前通りを散策しました。ちょうどお昼を過ぎたので「つの国や」というお店に立ち寄りました。
ざるそばと共に注文した「そば稲荷」です。訪れてみて初めて知ったのですが、笠間市のHPによると、
笠間といえば笠間稲荷神社、
稲荷神社といえばといえばキツネ、
キツネといえば油揚げ、
油揚げといえば「いなり寿司」!
いなり寿司で町おこしを行っているそうです。秋には笠間いなり寿司コンテストが開催され、今年で9回を数えるそうです。「笠間いなり寿司」の特徴は「そば」「くるみ」「舞茸」など様々な素材を使った“変り種いなり寿司”という点にあるそうで、「つの国や」で食べたそば稲荷には笠間産の舞茸が入っていました。
笠間稲荷神社についてHPから引用します。
ご祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)で、正一位という最高の位をもつ神様です。当社の御創建は、社伝によれば第36代孝徳天皇の御代、白雉(はくち)2年(651年)とされ、1360年程の歴史を有する由緒ある神社です。
日本三大稲荷のひとつとして広く人々に親しまれ全国から年間350万余の人々が参拝に訪れるそうです。
昨日は人出もまばら。ゆっくりお参りしてきました。
参道の両脇にはお土産屋さんが並んでいます。鳥居が無いので変だなと思っていたところ、後で分かったのですが、3月11日の東日本大震災で崩落したため撤去されたそうです。もともと参道に一の鳥居、二の鳥居が建っていたのです。
まずは朱塗りの楼門です。拝殿側から眺めた様子です。説明によると「萬世泰平門」と呼ばれ重層入母屋造で昭和36年に竣工の建物です。鉄筋コンクリート造りで震災に耐えたそうです。
楼門の横には神馬(しんめ)が格納されています。「古来から、災いなど困ったことがあると、神様に祈願する人のもとへ、除災招福のために天馬となって、天を翔けて飛んで行き、災いを鎮めたと伝えられます。」と説明にありました。
3月11日の大震災では震度6強の揺れに見舞われ、本殿を始め鳥居、社務所、灯籠など甚大な被害を被ったそうです。これからお世話になる笠間市です。お賽銭とは別に、鳥居再建へ向けた活動に僅かながら協力してきました。
拝殿です。現在改修工事中で外から見ることができません。昭和35年10月の竣工で、神社建築の美と現代建築の粋を集めた豪壮かつ華麗な建物とのことです。お参りは可能なので、ここで参拝してきました。
裏手にまわって、御本殿を見てきました。江戸時代末期、当時の名匠たちの手により施されたそうです。昭和63年に国の重要文化財に指定されています。
立派な彫刻が施されています。
近くには沢山のお稲荷さん・・・
敷地内に大黒天が祀られています。
ちらっと大黒様をのぞいてみました。常陸七福神の一つに祀られているとのこと。きっと正月には七福神巡りでも賑わうことでしょう。
神社のHPによるとここは聖徳殿と呼ばれ聖徳太子がお祀りされています。聖徳太子と共に大黒天(大国主大神)、事比羅社(大物主大神)合殿にて祀られているそうです。調べてみると、神社の大黒様は、神仏習合の時代に密教の大黒天が元になり、大国主命と神仏習合して出来た神道の神あのです。
拝殿の近くにある「八重の藤」です。県の天然記念物に指定されていて、花が葡萄の実のように集合して咲く珍しい種類と説明にあります。5月に再度訪れてみることにしましょう。
総門(東門)です。文化10年(1814年)に再建された入母屋造りの建物です。
総門の近くには君が代によまれている「さざれ石」があります。初めて見ました。
最後に紹介するのは絵馬殿です。明治32年築で、間口六間、奥行き三間、入母屋瓦葺で柱14本の吹き抜け造りです。
沢山の大絵馬や奉納額が納められています。
神社を見学した後、門前通りを散策しました。ちょうどお昼を過ぎたので「つの国や」というお店に立ち寄りました。
ざるそばと共に注文した「そば稲荷」です。訪れてみて初めて知ったのですが、笠間市のHPによると、
笠間といえば笠間稲荷神社、
稲荷神社といえばといえばキツネ、
キツネといえば油揚げ、
油揚げといえば「いなり寿司」!
いなり寿司で町おこしを行っているそうです。秋には笠間いなり寿司コンテストが開催され、今年で9回を数えるそうです。「笠間いなり寿司」の特徴は「そば」「くるみ」「舞茸」など様々な素材を使った“変り種いなり寿司”という点にあるそうで、「つの国や」で食べたそば稲荷には笠間産の舞茸が入っていました。