夕べは、時間切れでアップできませんでした~
相変わらず、盛りだくさんな日々を過ごしてます~(苦笑)
昨日は大阪へ。
長女につきあってもらって、3年前から行きたかった舞台、
「イシノマキにいた時間」を、観てきました~
この舞台との出会いは、3年前、2012年です。
応援するイケメン俳優さんが出演してた舞台「ロミオ&ジュリエット」に、
出演していた、俳優・石倉良信さんのブログで、知ったんです。
震災後、石巻でボランティア活動をした俳優の福島カツシゲさんが、
ご自分の経験をもとに作り、演出も手がけるという作品。
2012年から上演し始めていて、「ロミジュリ」の舞台のあとに、
石巻公演があると知って、すぐに、石巻の友だちに連絡したんです。
ぜひ、観にいって~って。
そしたら、本当に観に行ってくれて。
音楽を担当した吉俣良さんの演奏も良かったって。
その後、全国のあちこちで上演されたんですけど、
なかなか関西では公演がなかったんですね。
滋賀県でも、どこかの団体?が呼んでくれへんかな~って思ってたけど、
気づかれてないのか、関心が持たれてないのか、実現せず、
やっと、大阪で上演されると聞き、チケットを買ったんです~
石倉さんも、ボランティアで東北に行かれてたようで、
福島さんに賛同して、舞台に出演されるようになったとか。
もう1人のキャスト、ぽっちゃり俳優・田口智也さんは、
あとから参加したらしいです。
福島さんは、大阪出身。
芝居が始まる前に、舞台に登場して、注意事項とか話されてたけど、
「こんな、おっさん二人と、ぽっちゃりひとりという舞台に、
来てくださって、ありがとうございます。
ボクは大阪出身なんで、なんか、ホッとします。でも、あ~、
知ってる顔とかがあって、プレッシャーでもあります」
なんて、おっしゃってましたね。
実際、いとことか、おばさんとか、来てはりましたしね!
終演後は、お友だち始め、そういう方々とハグしたり、
写真を撮ったり、してはりました~
芝居が始まる前に、吉俣良さんのミニコンサートがありました。
吉俣さんが作った「ドクターコトー」、「篤姫」の曲を演奏されました。
震災後の東北で、ボランティアをしてる福島さんと一緒になったことがきっかけで、
(それまでに、福島さんとは知り合いやったようですが)
自分は、音楽で、どんなボランティアができるだろうと思ったのだとか。
仙台でのコンサートで、NHKの大河ドラマ「江姫」の挿入曲「音涯(ねがい)」が、
行方不明の家族を思う気持ちに添えるような曲に思えて演奏されたそうです。
コンサート後に、被災した方から、こう言われたのだとか。
「良い曲をありがとう。これから前を向いて生きていけます」
それ以降、コンサートでは必ずその曲を演奏しているそうです。
ゆっくりとした、鎮魂歌のような・・上手く説明でけへんけど → これ
ミニコンサートのあと、福島さんが登場して言わはるんです。
「吉俣さんは、明るい曲を切なく弾く特技があるんです」
特技って!(笑)
「どなたか、明るい曲をリクエストしてくれませんか~」
私の席の近所に座ってた男性が、言わはりました~
「ラジオ体操!」
「え、ラジオ体操って!?」
「タンタ~カタンタンタンタン、タンタ~カタンタンタンタン・・」
お客さんの無茶ぶりですが、うなずきながら、
吉俣さん、ちゃんと、弾かはりましたよ、切なく!
福島さんが、体操でけへ~ん! って、つっこんではりました。
「あちこちでリクエスト聞いてきたけど、ラジオ体操って、初めてですわ」
大阪らしいんちゃいます?
さて、舞台の上には、小物やラジカセなどが置いてある長机、
日付、支援内容、班分けなどが書かれたホワイトボード、
つなぎやベスト(ビブス)が掛けてあるパイプスタンド・・
などが置いてあります。
ストーリーは、→ こちら
ユーモアあふれる、3人の掛け合いはとても楽しいです。
福島さんの関西弁も心地よいし。
飯田人志役の田口さん、ほんま、ぽっちゃり。
芝居の中でも、それでいじられて。
「めしだくん」
「飯田です」
「えぇ~、飯(めし)に田で、いいだって読むの~」
「ふつう、飯田でしょ」
「ふとしく~ん」
「人志です」
というような掛け合いがあるんですね。
「365歩のマーチ」を朝イチの曲にしよう、というヒロキこと福島さん。
「アンパンマンマーチ」の方が良いというヤスこと石倉さん。
そのあたりも楽しい掛け合いで、客席のお子さんの笑い声もありました。
11年3月の震災後、ボランティアがたくさん東北へ向かい、
一番多かったのはGW。それから少し減って、夏には、
また、学生さんとかがボランティアにやってきたとか。
舞台は、その秋、11月から翌年の春までのことを描いてます。
最後に、当時のピースビットのボランティアの映像が写され、
吉俣さんの演奏が流されました。
ボランティアはどうあるべきか、被災地の支援というのは、
どこまでが支援なんやろう・・・そういうことが描かれてます。
そして、あれから4年経った今は、支援のカタチは変わってるはず。
最後の最後に、女川にできた新しい駅の様子を紹介する映像が流れました。
石巻の隣の町やけど、ほんとうに街全体が流さたところなんですね。
石巻線の復興の様子、女川の駅前、人々の姿・・・
20年前の阪神淡路大震災のあった関西で、
この舞台が上演されたのも、一つの縁ですよね。
今の私たちに、ナニができるやろう。
忘れないことが、一番かなぁ。
相変わらず、盛りだくさんな日々を過ごしてます~(苦笑)
昨日は大阪へ。
長女につきあってもらって、3年前から行きたかった舞台、
「イシノマキにいた時間」を、観てきました~
この舞台との出会いは、3年前、2012年です。
応援するイケメン俳優さんが出演してた舞台「ロミオ&ジュリエット」に、
出演していた、俳優・石倉良信さんのブログで、知ったんです。
震災後、石巻でボランティア活動をした俳優の福島カツシゲさんが、
ご自分の経験をもとに作り、演出も手がけるという作品。
2012年から上演し始めていて、「ロミジュリ」の舞台のあとに、
石巻公演があると知って、すぐに、石巻の友だちに連絡したんです。
ぜひ、観にいって~って。
そしたら、本当に観に行ってくれて。
音楽を担当した吉俣良さんの演奏も良かったって。
その後、全国のあちこちで上演されたんですけど、
なかなか関西では公演がなかったんですね。
滋賀県でも、どこかの団体?が呼んでくれへんかな~って思ってたけど、
気づかれてないのか、関心が持たれてないのか、実現せず、
やっと、大阪で上演されると聞き、チケットを買ったんです~
石倉さんも、ボランティアで東北に行かれてたようで、
福島さんに賛同して、舞台に出演されるようになったとか。
もう1人のキャスト、ぽっちゃり俳優・田口智也さんは、
あとから参加したらしいです。
福島さんは、大阪出身。
芝居が始まる前に、舞台に登場して、注意事項とか話されてたけど、
「こんな、おっさん二人と、ぽっちゃりひとりという舞台に、
来てくださって、ありがとうございます。
ボクは大阪出身なんで、なんか、ホッとします。でも、あ~、
知ってる顔とかがあって、プレッシャーでもあります」
なんて、おっしゃってましたね。
実際、いとことか、おばさんとか、来てはりましたしね!
終演後は、お友だち始め、そういう方々とハグしたり、
写真を撮ったり、してはりました~
芝居が始まる前に、吉俣良さんのミニコンサートがありました。
吉俣さんが作った「ドクターコトー」、「篤姫」の曲を演奏されました。
震災後の東北で、ボランティアをしてる福島さんと一緒になったことがきっかけで、
(それまでに、福島さんとは知り合いやったようですが)
自分は、音楽で、どんなボランティアができるだろうと思ったのだとか。
仙台でのコンサートで、NHKの大河ドラマ「江姫」の挿入曲「音涯(ねがい)」が、
行方不明の家族を思う気持ちに添えるような曲に思えて演奏されたそうです。
コンサート後に、被災した方から、こう言われたのだとか。
「良い曲をありがとう。これから前を向いて生きていけます」
それ以降、コンサートでは必ずその曲を演奏しているそうです。
ゆっくりとした、鎮魂歌のような・・上手く説明でけへんけど → これ
ミニコンサートのあと、福島さんが登場して言わはるんです。
「吉俣さんは、明るい曲を切なく弾く特技があるんです」
特技って!(笑)
「どなたか、明るい曲をリクエストしてくれませんか~」
私の席の近所に座ってた男性が、言わはりました~
「ラジオ体操!」
「え、ラジオ体操って!?」
「タンタ~カタンタンタンタン、タンタ~カタンタンタンタン・・」
お客さんの無茶ぶりですが、うなずきながら、
吉俣さん、ちゃんと、弾かはりましたよ、切なく!
福島さんが、体操でけへ~ん! って、つっこんではりました。
「あちこちでリクエスト聞いてきたけど、ラジオ体操って、初めてですわ」
大阪らしいんちゃいます?
さて、舞台の上には、小物やラジカセなどが置いてある長机、
日付、支援内容、班分けなどが書かれたホワイトボード、
つなぎやベスト(ビブス)が掛けてあるパイプスタンド・・
などが置いてあります。
ストーリーは、→ こちら
ユーモアあふれる、3人の掛け合いはとても楽しいです。
福島さんの関西弁も心地よいし。
飯田人志役の田口さん、ほんま、ぽっちゃり。
芝居の中でも、それでいじられて。
「めしだくん」
「飯田です」
「えぇ~、飯(めし)に田で、いいだって読むの~」
「ふつう、飯田でしょ」
「ふとしく~ん」
「人志です」
というような掛け合いがあるんですね。
「365歩のマーチ」を朝イチの曲にしよう、というヒロキこと福島さん。
「アンパンマンマーチ」の方が良いというヤスこと石倉さん。
そのあたりも楽しい掛け合いで、客席のお子さんの笑い声もありました。
11年3月の震災後、ボランティアがたくさん東北へ向かい、
一番多かったのはGW。それから少し減って、夏には、
また、学生さんとかがボランティアにやってきたとか。
舞台は、その秋、11月から翌年の春までのことを描いてます。
最後に、当時のピースビットのボランティアの映像が写され、
吉俣さんの演奏が流されました。
ボランティアはどうあるべきか、被災地の支援というのは、
どこまでが支援なんやろう・・・そういうことが描かれてます。
そして、あれから4年経った今は、支援のカタチは変わってるはず。
最後の最後に、女川にできた新しい駅の様子を紹介する映像が流れました。
石巻の隣の町やけど、ほんとうに街全体が流さたところなんですね。
石巻線の復興の様子、女川の駅前、人々の姿・・・
20年前の阪神淡路大震災のあった関西で、
この舞台が上演されたのも、一つの縁ですよね。
今の私たちに、ナニができるやろう。
忘れないことが、一番かなぁ。