おかんのネタ帳

日々の雑感や興味のあることを書いています

あったまろ!

2014-11-14 23:01:05 | いやしん坊バンザイ!
それにしても、寒い~!
夕べはエアコンを入れたけど、今日は、とうとう、ファンヒーターを点けたし。
空気が冷たい、っていう感じです。ほんまに、また風邪をぶり返しそう~

こいう日は、あったかいもんを食べたいですよね。
で、昨日は、かす汁。



シンプルに、大根、人参、うすあげ、豚バラ肉、ネギ。
お味噌ではなく、塩味のわが家です~

昨日、かす汁をツイッターでアップしたら、
遠方の友だちから、いろいろ反応がありました。
豚肉を入れるかす汁は珍しい、らしい。

山形出身の友だちは、鱈を入れて、白菜、お豆腐とかも入れるって。
それに酒粕をいれて、庄内地方の郷土料理で「どんがら汁」って言うそうな。

ところ変われば、いろんな食べ方があるんやね~

寒くなってくると、スープ系のものは欠かせないですね。
豚汁、白菜スープ、もやしスープ、ミネストローネ風・・・

お鍋も、3日に1回ぐらいのペースで食べてるんで、
最近は、野菜をたくさん食べてますよ。

ま、白菜、ネギ、もやし、えのき、しめじ、水菜・・ぐらいやけど。

そういや、先日あやめ浜へ行った帰りに、おうどんを食べましたよ。
琵琶湖大橋東詰めにある、「かま久」さんで。



私が食べた、カレーうどん。



先輩が食べてた、鍋焼きうどん・・鉄鍋です! 熱そう~!

やっぱり、冬は、こういうのんがいいね~!




皮だけ

2014-11-13 23:54:03 | いやしん坊バンザイ!
今日は寒かったですね~ ていうか、今も寒い!
夕方、家に帰ってきたら家の中が寒いし、思わず、エアコン入れましたよ。
灯油は、先週、「ゆきやこんこ」の灯油やさんが来たから、18リットル1缶買いました。
まだ、ファンヒーターには入れてないけど、どうやら今週末から、さらに寒そうです!

なんか、また、風邪をぶりかえしそうでイヤやわ・・・
目の充血で眼科へいったら、治るのに1週間はかかるって言われたし、
不調ですわ・・・来週は締め切りと戦う日々やのに・・乗り切れるかな・・汗


さて、アップしそびれてたので、忘れないうちに・・・



知ってます~?
メロンパンの、皮だけ焼いたというパン、お菓子?
関西のみで販売したところ売り切れ続出で、今や全国発売し始めたとか。

売ってることも知らんかったんやけど ← 売り切れてたの?
先日、モーニングショーで「全国発売になりました」ってやってて、
そんなんあるんや~と、その日に、スーパーのパン売り場にいったらありました!
・・・売り切れてなかった~!

だいたい、メロンパンを買うことがめったにないんやけど、
話題になってるんやからと、その「皮だけ」を買いましたよ。

いや~、甘い!

パンというより、お菓子やね。クッキー。
ま、クッキー生地を乗せて焼いてあるのがメロンパンやから、
その「皮」やねんし、クッキーには違いないけど(苦笑)

直径8cmぐらいやけど、甘いので1枚食べきれへんかった~


ところで、メロンパン。
今でこそ、あれがメロンパンと呼ばれてることは知ってるけど、
神戸とか京都、滋賀とかでは、あれは、「サンライズ」というパンなんですよ。

メロンパンは、ラグビーボールのような形で中に白あんが入ってるもの・・・なんです。
最近、見ぃひんけどね。あ、でも、関西全域ではないんですよ。
・・・大阪はふつうのメロンパンしかないらしいし。

少し古いけど、日本経済新聞の「新日本食奇行」に勢力図があります → ここ

食文化って、ほんとに地域によっていろいろやね。

ケンミンショーやないけど、面白いです~




博物館にて

2014-11-12 23:01:20 | 日々のつれづれ


国立京都博物館へ行ってきました~
9月にオープンした、平成知新館で公開されている「京へのいざない」、
このチケットが手元にあったので、美術館好きの人生の後輩を誘ったんですね。

平成知新館はともかく、開催中の特別展が、教科書でもおなじみの国宝「鳥獣戯画」。
修理後初の、全巻一興公開してるんですね。
これもついでに・・・と、思っていたけど、甘かったですね~
さすがに、今月の24日で終了するというのと、先週やったか、
テレビのNHKでやってたらしいねん。

京都駅で、バスの乗り場を見てあんぐり。
あっち方面の乗り場、長蛇の列ですよ。

後輩と、「歩こうか~」 そうそう、歩こう~
七条通りを東大路通りに向かって歩きましたがな。
で、新しくできたという東門へ行ったら・・・



「ただ今、4時間待ちです~」

平日にもかかわらず・・・!?

とりあえず、チケットを持ってる平成知新館へ行こう・・ということで、
正面に見える、新しい建物に向かいました。



この場所は、秀吉が創建した方広寺の境内の南側らしいんですね。
発掘調査をしたら、1m下から、柱の根石が出てきたとか。
その遺構を大切にしようと、金属の円環で表してあるらしいんです。



建物の周囲は、佐川美術館のように水が張ってあって、(噴水もあった!)
その中にも、円環があり、方広寺を感じられる?ようになっていました。



いろいろ、工夫されてます~

展示されているものは、名品ギャラリーでは京都ゆかりの彫刻、
絵巻、掛け軸、蒔絵作品など、特別展では、秀吉ゆかりの桃山時代のもの、
肖像画や自筆の書などが展示されてました~

仏像もけっこう見応えがあって、圧巻なのは、大阪金剛寺のご本尊で、
巨大な大日如来坐像と脇侍の不動明王坐像とか、
僧の顔の中から観音さまの顔が見えているという西往寺の宝誌和尚立像など、
平安~鎌倉時代の仏像が展示されてました。
仏像ガール?としては面白かったですね~

絵画や漆器、陶器・・・見てたら3時間ぐらいかかりました~
もう、すでにへとへと・・・レストランも人がたくさん並んでたので、
七条通りのcoco壱番屋でカレーを食べ・・・ん十年ぶりに、むかいの三十三間堂へ。

帰りに、もう一度、南門の入り口に行ったら、2時間40分待ち・・・

鳥獣戯画、好きな人多いんかもね~
 


琵琶湖にて

2014-11-11 23:17:30 | 湖国日記
今日は、わりと暖かかったですよね~
毎日、ナニを着ようかと思いますわ。ほんまに。

そういや、最近、久しぶりに会う人ごとに言われますねん。

「ちょっと、太った?」とか、「まあるうなった?」とか(汗)

なので、とりあえず言いますねん。

「寒い冬を乗り越えなあかんし、準備してんねん」

だって、ウチの猫たち、夏場に比べてまあるくなってますよ。
皮下脂肪を溜めて、寒さを乗り切らんとあかんて、動物の本能ちゃいます?

まぁ、でも、確かに、運動不足は否めませんし・・・
最近、ウオーキングもしてないから・・・

なので、ちょっと反省して?? エアロバイクをこぎ始めてます。
12月に健康診断もあるし~ (間に合わへんか?)

さて、先週末は、琵琶湖岸へ行ってきました。
恒例になってる、あやめ浜の環境イベントです。

企業の方や少年野球のメンバーや保護者の人たちなどが、
毎年、この時期に、ヨシの苗を琵琶湖岸に植えて、
琵琶湖周辺のヨシ原を再生させるボランティアをしているんですね。

琵琶湖の生き物を守るためには、ヨシ原は必要なのです。
鳥など小さな生き物のすみかになったり、小魚の産卵場所にもなります。



終了後は、シジミ汁とおにぎりが支給されます。
琵琶湖で捕れたシジミ、おいしいですよ~



このシジミも、なかな捕れなくなってきたとか。

昔は、琵琶湖大橋の近くの浜でも、たくさん取れたんですよ~
中学生の時に、今浜でキャンプして、シジミ取りしたから。

・・・ん十年も前の話。

そういや、琵琶湖大橋は、今年50才。

向かい側の堅田でお年寄りを取材した時、

「娘が守山にヨメにいって」

「お近くでよろしいね」

「いや、ヨメに行った時はまだ橋がなかったさけ、
 船でヨメにいってな」

「へ~、まるで、瀬戸の花嫁みたいですね~」

琵琶湖で一番くびれたところに架かってる琵琶湖大橋。
橋が架かったのは、東京オリンピックの年。
大阪生まれの私は、橋が架かる前の琵琶湖はまったく知りません。


諏訪家屋敷まつり

2014-11-10 23:20:51 | 湖国日記
伊勢の遺跡祭りがあった日、赤野井町では、
諏訪屋敷まつりが行われていました。なので、遺跡まつりで、
無料で配られた古代米ご飯をいただき、みたらし団子を買って、
その足で、赤野井まで走りました~

諏訪屋敷は5月の長刀まつりの時に公開されてたので、
そのときに中に書院とかを見学しています。
市の有形文化財になっている大庄屋の建物です。

個人の持ち物やったのが、先日、守山市に寄付されたとか。
先日の市の広報にも載ってましたね。
整備して地域の人々の交流の場にするとか、市長が言うてはりました。



雨が降った前日からの開催で、地面がゆるゆる、ぬるぬる。
せっかくのキレイなスギゴケも、なんかワヤになってました~



そばを流れる川に沿って続く、この石垣が往時の勢力を思わせますね。



前回、撮り忘れた川から庭に入る水路口。
船で荷物なども運んだんでしょうか。

 

中では、菊花展や赤野井漁港のブースなどがあって、
お天気がイマイチながら、なかなか盛況です。



右手の書院の中では、大正琴の演奏やお茶席がるようです。



イワナのつかみ取りとかもやってましたね。
そのイワナを焼いて売ってたし。



赤野井漁港のブースでは、フナズシの実演もやってました。
もちろん、販売もしてましたよ。他に、コイやフナ、
アユなどの煮付けとか、シジミ汁とかもありましたね~



お母さん方が、諏訪鍋を作ってはって、1杯100円で売ってました。
里芋、さつま芋、ジャガイモという、3種類のイモが入った豚汁やね。
あったまって、おいしかったですよ~

個人で古い建物を整備しながら守るのはたいへんですよね。
税金もかかるし~ (これがいちばん大変なんちゃう~?)

文化財として遺していこうと思うと、市に委託するしかないわ。
守山市に引き受けてもらわんとしゃあないでしょうね。

どういうふうに、整備されるんやろ~


遺跡まつり

2014-11-09 23:33:59 | 湖国日記
目の充血がまだ治まらず・・・明日は、眼科に行こうかな~
疲れをためないように適度に休息してるんやけど、でも、やっぱり、
パソコンの画面を見ない日はないしね・・・依存症か(苦笑)

なんで一生懸命パソコンの画面を見つめてるのかというと、
やっぱり、書くための資料を探してるからかな。
図書館で本も借りてくるけど、なかなか目的の本が探せなかったりするし、
パソコンで検索・・・でも、思うようなサイトが探せなかったり。
そうこうしてるうちに時間が経ち・・・途中で脱線もするしね~(笑)


予報通り、今日は雨でしたね~
先週も、連休というのに雨でしたよ。
その、雨ふりのスキマに行ってきました。



国史跡の「伊勢遺跡」。
守山市伊勢町と阿村町、栗東市野尻とにまたがる、
東西700m、南北450m、面積約30hという広さの、弥生時代後期の遺跡です。

平成24年の1月に国史跡に指定されたこともあって、
今年初めて、「遺跡まつり」が開催されました。

国指定の史跡になったのは、この遺跡の特異性にあるんです。
守山市内には、他にも弥生時代の遺跡はありますが、
中期の環濠遺跡など、多くは、人々が暮らした生活の跡が見えます。
しかし、ここからは、生活遺跡が出てきてないんですね。

様々な形式の大型の建造物の跡が13棟も発見され、
しかも、中心にある建造物の周囲に円を描くように、建物が、
等間隔で建っていたらしいんです。



これが予想図なんやけど、このような建物の跡があるんですね。
この時代の、大きな建造物が集中して建っている遺跡は、他にはないようです。

しかも、柱をそのまま埋め込むという、後の伊勢神宮のような、
神明造りの建造物が建っていたようなんですよ。



祭殿と思われるもその建物の、大きさを体感できるように、
丸太で柱を立ててあります。白い紙は、柱の太さを示しています。
高さは、もう少しあったようですけど、広い建物だとわかりますね。



資料をもとに、地元の方が、ミニチュア模型を製作、展示されていました。
こんなのが建っていたんですね~

遺跡内には、すでに民家も建っているので、全容を発掘したわけではないようですが、
1980年に発見されて、以後35年間に約120回、発掘調査されたようです。
大型建造物がいくつもあり、生活遺跡がないということから、
ここは政治的なことや、祭祀が行われたところだと想像されてるんですね。

しかも、『魏志倭人伝』に書いてある、卑弥呼が住んでたところが、
この建造物の配置と似通っているらしいんです。

弥生時代後期の約100年ほどが、伊勢遺跡の栄えた時代。
紀元1~2世紀末くらいで、『魏志倭人伝』によれば、30ほどのクニがあり、
倭の国王・卑弥呼によってひとつにまとめられていったという、
邪馬台国が形成される時期でもあるんですね。

ひょっとして、邪馬台国はここ・・・!?

伊勢遺跡が国史跡になった一昨年、本も次々出て、
邪馬台国近江説がかなり、盛り上がりましたね~
卑弥呼を選ぶ「ひみコン」もできたし~



第1回目の遺跡まつり。
イベント会場になったのは遺跡の中にあるという神社の境内。
開会式では、自治会長、市長、県知事、衆議院議員・・・たくさんの来賓と、
第4代目の卑弥呼さんもきてはりました~



地元中学の吹奏楽の演奏やら、模擬店もいろいろ出て盛況でした。
前日がすごい雨で、この日もお天気がイマイチやったけど、
でも、開催できて良かったです~


邪馬台国は畿内説が有利とされてますね。

確かに、不思議な点はいろいろあります。

「卑弥呼」が出てくるのは、中国にある『魏志倭人伝』だけ。

古事記や日本書紀にはまったく出てこないのも不思議。

本当は、どこにあったんでしょう・・・


おもてなし

2014-11-08 23:01:25 | 舞台・映画・ドラマ


さて、ここはどこでしょう~ (笑)
大阪・福島の ABCホール。

ということで、先日、観に行ってきました~
ずっと気になっていたんでね。



玉造小劇店、「おもてなし」
大正時代の大阪船場のお話。作・演出は、わかぎゑふさん。

みやなおこさん演じる、船場の大店の、元おてかけさんが主人公。
はんなりした大阪弁と、上品さと、ほどよい色気と、ハマって、すてきでした。

物販院長?がコング桑田さんで、大きなええ声・・目立つ声?で売ってはった。
もちろん出演もしてはるけど、「携帯電話をオフに~」という前説もやってたました!


「おもてなし」は、オリンピック招致でヒットした言葉やけど、
古き良き時代の船場の「おもてなし」は、ほんまに奥深い。

ジミな話やけど(作者が、終演後のカテコで言うてはりました)
ようできてるし、笑いあり、涙あり、ありえそうなお話でしたね。

終演後、セットを撮ってもOKって聞いてたけど、ほんまにOKで。



撮りましたわ~

キレイな着物は、着物収集が趣味というわかぎさんの持ち物とか。
女優さんの衣装もキレイな着物やったけど、100点ぐらい出してるそうな。



ラストシーンは、着物の虫干しをすると言う設定で、
みやなおこさんが演じる「カネ」さんが、これらの着物を飾るシーン。



キレイですよね~

終演後の舞台挨拶で、コングさんが、

「撮って、ほんでつぶやいて~」って!

当日券も伸びて、喜んではりました。






池田町洋風住宅街

2014-11-06 22:58:10 | 湖国日記
目がゴロゴロするなぁと思ったら、充血しているようです。
気づいたのは昨日なんやけど、今日、出会った人に、「目がコワイで~」って言われた(汗)
とりあえず、置き薬にあった目薬を差してます~~
パソコンの画面、見過ぎ、ですかね・・・・

さて、いよいよヴォーリズ建築レポ、最終回、かな(笑)

池田町のヴォーリズ建築群は、当時の、ヴォーリズ建築事務所の、
いわゆるモデルハウス的な、建物やったようです。



ウォーターハウス記念館(旧ウォーターハウス邸)
煉瓦の塀に沿っていくと、中ほどにある建物。

元早稲田大学の教師ウォーターハウス氏のために1913年に建てられた住宅。
近江ミッション伝道事業に加わった人やそうですが、古さを感じさせないキレイな住宅です。
その後、近江勤労女学校、近江兄弟社女学校などの施設になり、
またゲストハウスとしても活用されてきた建物です。 



中も見学できたのですが、4時に行ったらしまってました~(涙)
この隣に、ヴォーリズの自宅があったそうですが、解体されたとかで現存していません。
ヴォーリズの教え子で、卒業後からヴォーリズ建築事務所で、
ずっと一緒に、仕事をしていた吉田悦蔵の屋敷が隣にあります・・が、
うまく撮れてなくて・・・またの機会に~(涙)



煉瓦の塀をたどっていくと・・・ダブルハウスと呼ばれる建物が。
表札がかかってるので、現在もお住まいのようですが、
中央で分かれている2軒のおうちのようです。



西側の家の玄関部分です。



西側から撮ったところ。
煉瓦が美しいですね~

洋風と和風が混ざり合った建物が多いです。
当時のヴォーリズ建築事務所は、30人ほどの設計士がいたとか。
資格試験などがないころとはいえ、かなりの数の設計士。
建築数も、当時としてはかなり多かったようです。

「建築物の品格は人間と同じく、外装よりその内容にある」

それが、ヴォーリスの信念でした。

ヴォーリズ建築は全国1,500件ほどあるとか。
登録有形文化財の指定を受けている建物は37軒、
そのうち近江八幡市内にあるのは7軒。

まだ見ていないところもあるので、チャンスがあればまた行きたいですね。




ヴォーリズ記念館から

2014-11-05 23:03:42 | 湖国日記
一気に寒くなって、最近、毎朝、ホットカーペット点けてます。
今朝も、めっちゃ寒かったんで、とうとう、出しましたわ。長袖ヒートテック!

これね、あったかいけど、困ることがあるんですわ。
黒の長袖ヒートテック、みんな持ってるねん。
洗濯したら、だれのんかわからんようになるでしょ。
しゃあないし、ラベルにマジックで名前の頭文字を書かしてます!
ちなみに、長女と私は頭文字が同じなんで、私のは「母」って書いてます~

さて、ヴォーリズ建築の続きです。

近江兄弟社の教育会館とハイド記念館から、
すぐそばにある、ヴォーリズ記念館に行きました~



ヴォーリズ夫妻の住んでいた家ですね。
1919年に結婚し、1933年からここで暮らしていました。

満喜子夫人が立ち上げて力を入れていた、清友幼稚園(ハイド記念館)が、
近いために、ここに移り住んだようです。
もともとは幼稚園の教員宿舎として設計されたようで、途中で自邸に変更したとか。
木造入母屋造2階建て、赤い桟瓦が葺かれてます。

見学できるのは、玄関と、客室として使われていたらしい大広間。
今は記念館として、資料などが置かれています。
奥の平屋部分は和室になっていて、ヴォーリズが奥さんのために造ったとか。
ここも撮影禁止なので、中は撮れませんでした~



旧近江八幡郵便局。
もともとあった町家のたたずまいの郵便局を、1921年、
ヴォーリズが、洋風デザインの外観に改造した建物やそうです。
機能を終えて賃貸物件になり、やがて放置されていたとか。
1997年、ヴォーリズ建築を愛する人たちから保存の声があがり、
保存会が立ち上がり、少しずつ改修され、2004年に外観の復元が完了しました。
普段から公開されてます。



さて、この建物は、日牟禮神社のそば、
連日、たくさんの人でにぎわっているクラブハリエ日牟禮カフェ。

1936年に、ヴォーリズ建築事務所が建てた旧忠田兵蔵邸。
2001年に、和菓子のたねやさんが購入。
平屋の和室部分は撤去して、おしゃれで現代的なカフェになっているけど、
2階建ての主家は、修復されて保存されています。
写真は、お店の裏の方にあるアプローチ。煉瓦の塀が印象的。
予約制の特別室として、使われていらしい~

ヴォーリズが結婚後に住んだのは池田町の洋館。
池田町は、今も、いくつかのヴォーリズ住宅が遺っています。



赤い煉瓦の塀が続いていますね~

続きは、また、次回。

ヴォーリズの建物の紹介、まだ続く・・・

ちなみに、資料は「湖国のモダン建築」です~。




ヴォーリズ・メモリアル終了

2014-11-04 23:37:01 | 湖国日記
終わりましたね~
もう少し、ゆっくり回りたかったんやけど、近いのに、
意外に、なかなか行けず・・・でした~

講演会とかコンサートは、全く参加できてないけど、
普段観られない建物が見たかったのが一番なので、とりあえずはOKかな。

特別観覧ツアー以外、町歩きで見学した建物をずらっと、紹介します。
今回は、パスポートを買って見学できるようになってました。(1500円) 



特別観覧のバスに乗る前に見学した、アンドリュース記念館。
1907年、ヴォーリズが最初に手がけた建物で、旧近江八幡YMCA。
現在の建物は2代目。イメージをそのままに、1935年に建て替えられたとか。

館内に展示されてた資料によれば・・・

アンドリュースは、ヴォーリズの大学の友人。信仰を通じて親しくなるが、
病に伏して亡くなってしまう。ヴォーリズがキリスト教の青年教育会館(YMCA)を、
近江八幡に建てたいという夢を持っていることを知ったアンドリュースの父親が、
多額の寄付をし、他にも友人からの寄付もあって、ヴォーリズは夢を実行します。
ヴォーリズの最初の活動拠点は、アンドリュース記念館と名付けられました。



アンドリュース記念館の隣にある、近江八幡教会。
現在の建物は、1983年にヴォーリズ建築事務所によって建てられたもの。
ヴォーリズが1924年に建てた、最初の建物は焼失してしまったそうです。
この日は、朗読会が開催されてたけど、バスツアーがあるので、パス・・・




近江兄弟社中学・高校。
町歩きをした29日に、パチリ。良いお天気でした~



学校の奥の方にあるのが、教育会館(正面)とハイド記念館(右)。
ヴォーリズの教育事業の象徴的な建物と言われています。

アメリカで幼児教育を学んだヴォーリズの奥さまの満喜子さんが園長をした、
清友園幼稚園の園舎として、1931年に建てられたのがハイド記念館。
メンソレータム創業者の妻、ハイド夫人からの寄付で建設されました。
ヴォーリズの設計で、同じく講堂兼体育館として建設されたのが教育会館。
ハイド記念館は、2003年まで、幼稚園舎として使われてたそうです。



ハイド記念館。
手前にテニスコートがあるので、正面からは撮りにくくて。



入り口。なかなか趣があります。
今は、公開されて展示室になってるようです。

教育会館には、ヴォーリズ建築事務所がてがけた建築物についての展示があり、
ハイド記念館では、満喜子さんと、教育事業に関する資料が展示されてました。

「満喜子先生の声を、聞かれますか?」

係の方(おそらく、近江兄弟社の幼稚園関係の方でしょうけど)が、
声をかけてくださったので、肉声を録音されたものを聞きました。約10分。
お正月に、近江兄弟社の生徒に向かって話をされたもののようです。

「常に前を向いて、積極的に、GO、ですね・・・聖書に書いてあります。
 マタイ福音書7章、汝、求めよ、されば与えられん、です」

なるほど・・・有名なキリストの言葉ですね~

ヴォーリズさん、英語教師、布教、建築設計、病院、学校、
それにメンソレータム・・・
ほんとに、いろいろなことを、しかも近江八幡でされたんですねぇ。

近江八幡市、名誉市民の第1号です。

長くなったので、続きは、また明日・・・