「滝沢種苗」さんに、ユリの仕入れに行き、奇跡のユリ「ゆきのひかり」を頂いてきました。
なんだか、「新テッポウユリ」のような蕾にも見えます。
バイオ科学の発達した現代ならばともかくとしても、花を交配させての新種作りは難しい時代だった。
そんな時代に「滝沢種苗」の前社長「滝沢久寛」さんが、生み出したユリの新品種なのです。
とにかく、その時代の植物学会の定説でも有り、絶対に交配は出来ないと言われていた、
染色体、種の全く違うユリからの誕生だったらしい。
奇跡のユリの誕生に、日本はおろか世界中の関係者が大変驚いたとの事です。
新聞は、一面を割いて紹介していました。
なんと、あの大英帝国の「王室ガーデニング研究所」を始め各国からの見学者が押し寄せたと聞いています。
なんと、痛快な話ではありませんか。市井の一農業者、育種研究家が世界中をあっと言わせたのですから。
花卉栽培の世界にはとんと疎い私でさえ、その気品の高さは感じ取れます。
何か素人の私には分からない事情で、今は栽培される事は少ないのだとか。
でも、「俺が生きているうちは作ってくれ」と言うのが、前社長の願いだと言います。
前社長は気楽に「オジーちゃん」なんて呼ばせていただいていますが、妻の伯父さんにも当たる人です。
オジーちゃんの奥さんであるオバーちゃんとその姉でも有る妻の母の湯治場にも良くお邪魔させていただきました。
オジーちゃんと私は、何時間も栃尾又温泉のぬるい湯に一緒に浸かり、「ゆきのひかり」の誕生秘話も聞かせて頂きました。
紹介分の中にもありますが「幸運に恵まれて」と言う語句も見えます。
しかし、炎天下で何時間もめしべ同士が着くように手で押さえていたとか、考えられないような努力と研究の成果なのです。
温泉の中で昔話を聞かせて頂くと「俺は運の良い男でのー」なんて謙遜に満ちた言葉を良く使われました。
そんな、謙虚さと、流した汗に対して、神様が褒美を下さったのだと私は信じています。
結びはこんな文章で終わっていますが、是非来年も咲かせていただきたいものです。
さて、頂いた「ゆきのひかり」は我が家のホールに飾りましょう。
見事に花開く事が出来たならば、皆さんにも再度紹介し見て頂く事にいたしましょう。