単独行
二十代の前半から始めた登山だが、きっかけは友人に誘われてのことである。いつも友達に誘われては登った。
ある日遠慮のない山友達に突っ込まれた。
「君の登山は本物の登山ではない。本物の登山は自分で計画し、そして実行するものだ。」痛いところを突かれた。
私も私自身でも意味の分らない焦燥感や、不安に駆られ、行き詰まりを感じていた青春の頃だ。
そこに友達の辛辣な言葉。本当だと思うからこそ焦った。一人何かをやり遂げなければ何も始まらないと思い詰めた。
一人で縦走を計画した。地元では「三山縦走」と言われている、二千メートル級の連山、
駒ヶ岳、中の岳、八海山の縦走だった。
心配する親には、絶対危険な行動はしないと約束して許しをもらった。
大きなキスリングを背に出発したのは九月のことである。台風が接近していたが直撃は無いとの予報だった。
峠のバス停で降りたが、他に人影は無かった。登山口から台風崩れの風雨が間断無く続く。誰に会わない寂しい登りだ。
粗末なポンチョだけの雨着では、風を伴った雨は身体を濡らし体温を奪う。
両足の太ももが痙攣し、しばらく立ち止まる事さえあった。
山頂近くの小屋にようやくたどり着いたのは午後になっていた。
縦走者はすぐに立ち、中の岳の小屋まで足を伸ばすのだが、行程に余裕を持った私は、駒の小屋泊りを決めた。
一晩を過ごしても台風の余波の雨は終わらず、益々雨足を強めている。
雨をついても予定通りに出発するか迷った。
無口だが的確な言葉の小屋番、星六松さんが「雨は続きそうだ、出発は止めたほうが良い」と言う。
私も内心その言葉を待っていたのかも知れない。雨の中を歩き通す自信も無かったのだ。
雨の音を聞きながら,一人小屋の二階で一日過ごした。その日も小屋に泊まったが雨は止まない。
残された予定時間は少なく、雨の中の下山を決断した。
星さんに別れを告げ、午後になり雨の中を下り始める。細い登山道は雨を集めて川のようになっている。
登山口のバス停に着くまで誰にも出会わなかった。私の冒険と挑戦はこうしてあえなく失敗に終わった。
単独行は熟練と、鍛えぬいた体力、精神力が不可欠と痛感はしたが、なんとなく「やれば自分にも出来る」と、
かすかな自信も芽生えたようだ。その後の私の生き方にも繋がる山旅となった。