若い頃は、物分りの良い大人を妙に軽蔑していた時期がありました。
しかし、この歳になると、やっぱり私は物分りの良い大人でありたいと思います。
でも、これが難しいんですねぇ……。物分りが良いということは、ある意味ではスジを通して生きていくことですから……。
ということで、本日は揺ぎ無い生き方を通している偉人のアルバムを――
■Hanky Panky / Hank Jones (East Wind)
ハンク・ジョーンズはビバップ=モダンジャズが創生される以前から、既に第一線で活躍していた黒人ピアニストでしたから、そのムーヴメントの最先端にいる天才チャーリー・パーカー(as) と共演してさえも、全く自己のスタイルを崩すことがありませんでした。
それはビバップ・ピアノの典型となったバド・パウエルのスタイルを超越したスマートなもので、優雅なタッチとジェントルな歌心、そしてどんなビートにも対応出来る素晴らしいリズム感!
つまり孤高の天才のひとりなのですが、不思議にハンク・ジョーンズにはエキセントリックなところがありません。とても自然体で物分りが良い雰囲気が濃厚です。
しかし、芯の強さは天下一品で、ジャズを中心に様々な音楽の流れに身を置きながら、自分のスタイルを貫き通しています。
例えば1960年代にはモダンジャズそのものがフリーに流され、さらにロックに押されてジャズそのものが人気を失っていた頃には、スタジオやテレビの仕事で大忙しだったようですが、1970年代初頭からのビバップ・リバイバルで再びモダンジャズの世界に引っ張り出された時、ハンク・ジョーンズはすんなりと往年のスタイルを再現してみせたのです。
否、と言うよりも、つまりハンク・ジョーンズは自分のスタイルを変えることなく、生き残っていられた実力者だったというわけです。
したがってそれ以降、再びリーダー盤吹き込みの機会があっても、妙に媚びたりする姿勢がありません。それは大ブームを巻き起こした「グレイト・ジャズ・トリオ」という売れセン企画のアルバムやライブの場においてもです。最先端のジャズで活動するバリバリのメンツと共演しても、「ベテランの味」と逃げの評価をされなかったハンク・ジョーンズこそ、揺ぎ無い自信に満ちた名ピアニストだと思います。
このアルバムは、その大ブレイク直前に日本のレコード会社によって企画・録音されたもので、共演者や演目はハンク・ジョーンズが自ら選んだと言われています。
録音は1975年7月14&15日、メンバーはハンク・ジョーンズ(p)、ロン・カーター(b)、グラディ・テイト(ds) という実力派ビアノトリオです――
A-1 Nothin' Beats An Evil Woman
擬似ジャズロック風のブルースですが、妙に屈託の無い明るい表情の演奏です。それはグイノリのドラムスとベースの凄みに、全くの自然体でノッテいるハンク・ジョーンズの気負いの無いピアノスタイルの魅力でしょう。
とにかく弾き出されるフレーズのひとつひとつが活きていますし、ロン・カーターのベースも徐々に和んでいって、会心のソロに導かれてしまうのでした。
A-2 Warm Blue Stream
スローな甘いムードが徹底的に追求されますが、それに流されてしまわないところに、このトリオの素晴らしさがあります。
もちろんハンク・ジョーンズの優雅なタッチと溢れる歌心は見事♪ ロン・カーターもツッパリを捨てて健闘しています。
A-3 Confidence
正統派ビバップでもハンク・ジョーンズが優雅なスタイルを崩していないことが証明される素晴らしい演奏で、私は大好きです。
一抹の哀愁を含んだテーマ・メロディの良さ、それを存分に活かして全てを「歌」にしてしまうハンク・ジョーンズのアドリブは、もう即興とは思えません。かなり烈しいリズムとピートを送り出してくるドラムスとベースに対しても、全く動ずることが無く、逆に「歌」の持つ力を教え込んでいくようなハンク・ジョーンズの本当の凄みが、ここに存在しています。
録音が団子状なので、どんどん音量を上げてしまう楽しい演奏です♪
A-4 Wind Flower
静謐な出だしからグルーヴィな演奏に転化していく王道モダンジャズの楽しさが満喫出来る演奏です。
もちろん主役はハンク・ジョーンズの美しいピアノですが、ロン・カーターのベースが執拗に絡んでいくので、グラディ・テイトもブラシで追従しつつもトリオとしての纏まりを大切にしたサポートが絶品です♪
A-5 Minor Contention
ちょっとバド・パウエル調のビバップ演奏で、ハンク・ジョーンズは正統派としての実力を存分に発揮しています。しかもそれはエキセントリックなものではなく、あくまでも歌心を優先させたハンク・ジョーンズ・スタイルの典型になっており、ベースとドラムスが刺激なツッコミを入れるほどにクールで優雅なフレーズで対抗するという、まさに大人の味が全開した名演だと思います。
B-1 Favors
後の「グレイト・ジャズ・トリオ」でも演目に入っていた優雅なモダンジャズ曲です。作曲は名アレンジャーのクラウス・オーガーマンということでコード進行も美しく、またモードの味付けも可能という汎用性が、この実力者トリオにはピッタリ♪
全篇、間然すること無い素晴らしい演奏になっています。緊張感と和みのバランスが絶妙なんですねぇ~♪
B-2 As Long As I Live
このアルバムでは唯一有名なスタンダード曲をハンク・ジョーンズは余裕でスイングさせていきますが、寧ろ緊張しているのはベースのロン・カーターで、ソロでは何となくガチガチになっている雰囲気が感じられます。
まあ、それゆえに締りのある演奏になっているわけですが、ちょっと???
B-3 Oh, What A Beautiful Morning
トリオの3者が絶妙な絡みを聴かせて進行していくあたりに、ちょっとビル・エバンス風の解釈が感じられますが、ハンク・ジョーンズのピアノはシブサの塊というか、何気ないフレーズのひとつひとつに歌心がいっぱい♪
リズムに対するアプローチも絶妙で、そこはかとないファンキーなノリやゴスペルの味までも含んだ名人芸には、ただただ、敬服です。
ロン・カーターのベースソロもイブシ銀の味とでも申しましょうか、派手さを抑えているあたりに好感が持てます。
B-4 Hanky Panky
最後に置かれたタイトル曲はファンキー全開でありながら、ハンク・ジョーンズのピアノはジェントルな響きと歌心を忘れていない素晴らしさです。
ただしベースとドラムスがハンク・ジョーンズから見れば若気の至りが丸出しで、いささか焦り気味……。まぁ、グラディ・テイトは何を叩かせても上手い人なんですが、こういう憎めないこともやっていたんですねぇ。しかし、それがジャズだと思います。
ということで、ハンク・ジョーンズと言えば、現代では「グレイト・ジャズ・トリオ」の人という位置付けですが、その前には、こういう渋味溢れる隠れ名盤を出していたのです。
確かにこれが「名盤」か否かは十人十色の判断ではありますが、私は密かに愛聴して今日に至っていますし、多くのジャズファンに聴いていただきたいと、願っている盤です。そしてこれを製作したレコード会社&スタップに拍手♪
ただし録音に好き嫌いがあるかもしれません。なにせ音が団子状でベースがブワンブワン、ドラムスはモコモコビシバシ、ピアノは引っ込み思案というバランスですから、ジャズ喫茶の様に、かなり良い再生装置が無いと聴くのに辛いかもしれません。
しかしそれ故に、どんどん音量を上げて浴びるように聴く楽しみもあるわけですが……。日本の住宅事情の厳しさを痛感するアルバムかもしれません。
現在CD復刻されておりますが、そっちは聴いたことがないので、ご容赦下さいませ。