OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

女バド・パウエルの潔さ

2007-08-19 16:38:33 | Weblog

今日はグッと涼しくなって、はっきり言えば寒くて目が覚めました。夥しい鳥の鳴声も自然の恵みでしょうねぇ。田舎暮らしのありがたさを満喫しています。まあ、単身赴任が一番うれしかったりして♪

ということで、本日は――

Her Trio Her Quartet / 秋吉敏子 (Storyville)

女性ジャズピアニストの最高峰のひとり、秋吉敏子が米国留学中に吹き込んだ幻の名盤! というのは、1974年までのことでした。その年、日本で待望の復刻が成された時には、かなりの大騒ぎになったと記憶しています。

内容はトリオとカルテットによる2回のセッションを纏めたものですが、豪華な参加メンバーに加えて、もちろん演奏も秀逸! モダンジャズ黄金期の最先端が記録された1枚だと思います。

まず、トリオによる録音は1956年春頃、メンバーは秋吉敏子(p)、オスカー・ペティフォード(b)、ロイ・ヘインズ(ds) という物凄さ! またカルテットでの録音は同年夏頃とされており、メンバーは秋吉敏子(p)、ブーツ・ムッスリ(as)、ワイアット・ルーサー(b)、エド・シグペン(ds) というクセモノが揃っています――

A-1 Keio (Quartet)
 J.J.ジョンソンが書いたビバップ曲ですから、バド・パウエルに心酔していた秋吉敏子にとっては水を得た魚の如き、爽快なアドリブを披露しています。実際、この頃のモダンジャズ界で、これほどリアルにハードコアなスタイルを貫いていたピアニストは稀ではないでしょうか。もちろん個性という点では、まだまだでしょうが、その意気地は見事だと思います。
 また流麗な歌心を発揮したブーツ・ムッスリは、スタン・ケントン楽団の看板スタアでしたが、この頃は引退してボストン周辺で地味な活動をしていたところを引っ張り出されての参加だったようです。そして些かも衰えていないその実力には秋吉敏子も仰天したと、彼女は自著で告白されています。如何にも白人らしいフレーズの積み重ねは、ビバップ以前の味わいも感じられる好演♪

A-2 Salute To Shory (Quartet)
 タイトルどおり、西海岸派のトランペッター=ショーティ・ロジャースに捧げられた秋吉敏子のオリジナルで、どうやら大編成バンドでの演奏を念頭に書かれたものだと言われています。
 その意味ではカルテットの演奏も興味深く、如何にも西海岸系ジャズの味わいを持ったテーマメロディと爽やかなノリは魅力的! アドリブパートでも適度なアレンジが入っていて、ブーツ・ムッスリは白人系プレイヤーならではのクールスタイルに独特の「味」を入れた名演を聞かせてくれます。
 また秋吉敏子は、どのような曲調でも自分のスタイルを崩しませんが、ここでは自身の作編曲だけあって、完全にツボを抑えた快演! しかし厳しさに撤しすぎた感が……。

A-3 Pear, Bee And Lee (Trio)
 これはトリオによる壮絶な演奏! もちろん曲はリー・コニッツを想定して書かれたクールなスタイルですから、アップテンポの快演が聞かれます。あぁ、この直線的な鋭いツッコミは、バド・パウエルのコンセプトを充分に咀嚼して成し遂げたものかと思います。
 ロイ・ヘインズのシャープなブラシ、オスカー・ペティフォードの包容力のあるベースワークも、流石ですねっ♪

A-4 Taking A Chance On Love (Quartet)
 これは私が大好きなスタンダード曲を素材にした和みの演奏♪ まずテーマを素直に展開していくブーツ・ムッスリにシビレます。もちろんアドリブも良いですねぇ~♪ ちょっとクセのある歌心は好き嫌いがあるかもしれませんが、私的にはOKです。
 肝心の秋吉敏子は、クールスタイルに微妙なファンキーが混じっスタイルを披露して、後の新展開を予想させてくれます。
 安定したグルーヴを提供するドラムスとベースの存在感も素敵です。

B-1 All The Things You Are (Quartet)
 モダンジャズ創成のカギを秘めたスタンダード曲ですから、秋吉敏子も真っ向勝負! テーマを爽やかに吹奏するブーツ・ムッスリの背後で厳しい伴奏をしているあたりから、凄みが感じられます。
 しかし決して難解な演奏ではなく、明らかにテンションが高くなっているブーツ・ムッスリの熱演はジャズの楽しみに満ちていますし、秋吉敏子の正統派ビバップ魂の発露が素晴らしい限り♪ 緊張感と和みを両立さるべく奮闘するバンドの勢いが最高です。
 クライマックスのドラムスとの対決では、エド・シグペンが名手の貫禄を披露しています。

B-2 No Moon At All (Trio)
 ビアノトリオ物では隠れ人気のスタンダード曲ですから、ここでも聴く前から期待して、全く正解の仕上がりです。
 オスカー・ペティフォードのベースに存在感が強く、明らかに演奏全体をリードしている雰囲気ではありますが、ひたすらに自分の信じるアドリブに打ち込んでいく秋吉敏子の健気さには、グッときます♪
 間に入ってサクサクと刻まれるロイ・ヘインズのブラシも、気持ち良いですねぇ~~♪ 終盤のピアノとの遣り取りはスリル満点!

B-3 I Remember April (Quartet)
 これもモダンジャズでは大定番のスタンダード曲ということで、バンドにとっては一丸となっての熱演が「お約束」でしょう。テーマ吹奏から熱気が感じられるブーツ・ムッスリは、アート・ペッパーに迫る鋭いツッコミで、間然することの無い快演です。
 もちろん秋吉敏子はパウエル派の面目躍如というスピードがついた厳しいアドリブを披露! う~ん、これには本場の業界人も仰天したのが判ろうかというもんです。
 エド・シグペンの小技の効いたドラミングも素晴らしいと思います。

B-4 Thou Swell (Trio)
 ロイ・ヘインズのグルーヴィなドラムソロをイントロにしたスタンダード曲の演奏です。全体としてはトリオの3者が対等に渡り合った快演として、何度聞いてもシビレますが、大物共演者に全く動じることが無く、むしろ鋭く突っかかっていくような秋吉敏子のアドリブの凄さに感銘を受けてしまいます。
 オスカー・ペティフォードの容赦ないアドリブも強烈ですし、瞬発力が凄いロイ・ヘインズのドラムスも最高ですねっ♪

ということで、モダンジャズの基本を大切にした1枚だと思います。

ご存知のように秋吉敏子は、当時としては珍しかった本格的な女性モダンジャズピアニストして本場アメリカでも渡米直後から注目されたわけですが、そこには大物興行師や高名ジャズ評論家の後押しがあったとしても、彼女自らのピュアなジャズ魂があってこその活躍だったと思います。

実際、なんでも率直に取り組んで妥協しないガンコさは、後に大輪の花を咲かせるとはいえ、失意と不遇の要因だったと言われているほどです。

このアルバムには、ちょっと聞きやすさを狙ってプロデュースされた思惑を私は感じるのですが、しかし演奏そのものは決して妥協していないはずです。まあ、逆に言えば「女バド・パウエル」としての商品価値が上がったという見方もあるのですが……。

ちなみに我国で再発された時には、その音質に問題ありというか、はっきり言えば音が悪いとされました。おそらくオリジナルマスターテープが劣化していたのでしょう、明らかに「針落とし」でアナログ盤から再録されたトラックが含まれていたと感じています。

そして後に発売されたCDでは、なおさらそれが顕著となったのが、ますます残念です。

技術は日進月歩ですから、いつの日か、オリジナル盤と同等の音質で復刻されることを、心から願っています。