モダンジャズの巨匠が、またひとり、天国へ召されました。
マックス・ローチ、享年83歳……。
オフビートとタイトなポリリズムを融合させた、当にモダンジャズの基礎となるドラミングを編み出した天才性は永久不滅でしょう。
チャーリー・パーカー(as) やバド・パウエル(p) との歴史的セッションやクリフォード・ブラウン(tp) と組んだ完全無欠のハードバップ! さらに変拍子演奏の追及や黒人の地位向上とジャズそのものの関わり……等々、もうこれは黒人芸能史上、屈指の演奏家であり、真の活動家だったと思います。
それゆえにユダヤ系白人が仕切っている米国音楽業界では、ある意味、けむたい存在だったようですが、マックス・ローチが居なければ今の音楽状況は別なものになっていた可能性は、きわめて高いと私は思います――
■Clifford Brown & Max Roach Incorporated (EmArcy)
さて、このアルバムは天才トランペッターとして俄かに注目されていたクリフォード・ブラウンと組んで旗揚げしたクインテットによる、最も初期のスタジオレコーディングを集めたアルバムです。
タイトルからして、ニクイですよねぇ~♪
ちなみにこのバンドは、西海岸の有力興行師だったジーン・ノーマンの後援を受けていただけあって、仕事もレコーディング契約も順調だったようですが、残念ながら一般的な人気を獲得する前にバンドメンバーのクリフォード・ブラウンとリッチー・パウエルが交通事故で他界して……。
もちろんマックス・ローチは、その後もバンドを再編して活動を続けていったわけですが、その意味では、このアルバムにおける初々しい演奏の記録は、特に感慨深いものがあります。
録音は1954年8月、メンバーはクリフォード・ブラウン(tp)、ハロルド・ランド(ts)、リッチー・パウエル(p)、ジョージ・モロウ(b)、マックス・ローチ(ds) というオール黒人のバンドでした――
A-1 Sweet Clifford (1954年8月3日録音)
有名スタンダードの「Sweet Georgia Brown」を改作した痛快なハードバップ! ドロロロロロロ~、というイントロのドラムの響きから烈しく燃え上がる演奏は、当にモダンジャズの新しい風が吹いている感じです。
もちろん全篇で強烈に煽りまくるマックス・ローチのドラミングはシャープで力強く、クリフォード・ブラウンも安心して自らの信じるアドリブに撤していますが、決して予定調和ではありません。予期せぬスルリとハードボイルドな雰囲気が横溢した名演だと思います。
またハロルド・ランドやリッチー・パウエルの必死のプレイ、そして猛烈なスピード演奏をがっちり支えるジョージ・モロウの存在感も素晴らしいです。
さらにクライマックスで炸裂するマックス・ローチの豪快なドラムソロはスピード感満点! この感覚は後のロック系ドラマーにも確実に影響を与えているはずです。例えばヴェンチャーズのメル・テイラーとかセッションドラマーのハル・ブレインあたりは、偽りの無いところでしょう。
A-2 I Don't Satnd A Ghost Of A Chance (1954年8月3日録音)
古いスタンダード曲を素材にして、クリフォード・ブラウンが天才的な歌心を存分に聞かせた名演です。まずスローテンポで原曲メロディを絶妙にフェイクしていくあたりから、グッと惹きつけられます。ややハスキーながら、艶やかな部分を秘めた音色も魅力的♪
そしてアドリブパートに入ってからはテンポを上げて、開放的な節回しと最高のリズム感を堪能させてくれるのです。ブラシ主体のマックス・ローチのドラミングも繊細ですから、全く何時までも聴いていたいと願う他はありません。
またリッチー・パウエルは、実兄のバド・パウエル譲りというか、なかなかに幻想的なタッチとアドリブ構成が、これまた素敵だと思います。
クライマックスのクリフォード・ブラウンの吹奏は、熱き心の真情吐露として忘れられません♪
A-3 Stompin' At The Savoy (1954年8月5日録音)
1930年代後半のスイング時代に流行った和み系のスタンダード曲ですが、ここでは力強いリズム隊の存在ゆえに、立派なハードバップに仕立てられています。
とは言っても、決して闇雲な黒っぽさの追求では無くて、かなり凝ったテーマメロディのアレンジとか、メンバー各々のアドリブの完熟度が極めて高い芳醇な演奏になっています。
もちろんクリフォード・ブラウンのソフト&ハードボイルドなアドリブは、そのトランペットの音色共々に輝いているのです。非常に丁寧なんですが、けっして作り物ではない自然体が最高です。
またマックス・ローチのドラムソロは、各種の太鼓を万遍無く使ったメロディアスな展開で、流石の構成力を聞かせてくれるのでした。
B-1 I'll String Along Wiht You (1954年8月5日録音)
ホーン陣が抜けたリズム隊だけの演奏ということは、リッチー・パウエルのトリオとして聞くことが王道でしょうか。ちょっと地味なスタンダード曲を素材にして繰り広げられるピアノ解釈は最初、カクテルラウンジの演奏を思わせますが、ベースとドラムスを呼び込んでからは黒いフィーリングと洒落たコード選びで、なかなか聞かせますねぇ~♪
B-2 Mildama (1954年8月5日録音)
これはマックス・ローチのドラムスを存分に聞いてもらおうという企画で、もちろんクインテットの演奏なんですが、徹頭徹尾、千変万化のドラミングが主役になっています。
しかも中間部ではクリフォード・ブラウンとスリル満点の遣り取りまで用意されています。あぁ、これがジャズです!
また後半では、ちょっとテンポを変えたバンドアンサンブルから、ポリリズムやロックビートまでも内包したドラムソロになって、全く飽きない素晴らしさです。
B-3 Darn That Dream (1954年8月2日録音)
今度はハロルド・ランドを主役に据えた雰囲気満点の歌物演奏です。ちょっと硬質で灰色の音色が魅力のテナーサックスが、じっくりと味わえる喜び♪
非常に繊細な伴奏に撤するリズム隊も秀逸です。
B-4 I Get A Kick Out Of You (1954年8月5日録音)
コール・ボーターが書いた大名曲を、如何にもハードバップらしいアレンジで演奏した名演が、これです! テンションの高いリズムアレンジが痛快ですねぇ。
そしてアドリブパートに入っては、猛烈な4ビートの中で炸裂するクリフォード・ブラウンのトランペットが凄い! 全てが「歌」のフレーズとリズムに烈しく抵抗し、逆に引っぱりまくるノリは本当の神業でしょう。
ですからマックス・ローチも思いっきり敲きまくって痛快無比の大暴れですし、ハロルド・ランドがモリモリと突進すれば、リッチー・パウエルはボケとツッコミの一人舞台で笑わせてくれます。
完璧でド迫力のドラムソロに続いて現れるラストテーマの和みと潔さは、これがハードバップの素晴らしさだと痛感させられるのでした。当に大団円!
ということで、このアルバムはバンドメンバー各人を主役にした演奏もあってタイトルに偽り無しの楽しさ満載♪ そして翌年に行われたセッションに比べれば、まだまだバンドとしての纏まりに可能性を残している部分が、逆に素晴らしいというか、上昇期の勢いに繋がった結果オーライの名演集だと思います。
肝心のマックス・ローチについては、ここに収められた「Mildama」なんか脂っこくて……。という御意見もありましょうが、その正確で豪快なドラミングは、やはりひとつの完成形でしょう。もちろんジャズもロックも垣根無しに飛越えて屹立したスタイルだと思います。
それは1960年代に入って、ますます深化していくのですが、それはまた別の機会に譲ります。
個人的にはピリー・ハーパー(ts) やレジー・ワークマン(b) を率いて来日した公演に接していますが、この時はラッキーにもリハーサルを見学出来たのが、大きな思い出となっています。そこでは非常にシビアで恐いマックス・ローチが居ましたですね。全く笑わずに淡々と進行していたリハーサルは、バンドメンバーが必死でしたから、ほとんどライブと同じ有様の演奏で、凄いなぁ~、と感銘を受けたのでした。
合掌。