《社説①・01.24》:トランプ2.0 高関税政策の発動 貿易戦争に勝者はいない
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:《社説①・01.24》:トランプ2.0 高関税政策の発動 貿易戦争に勝者はいない
世界経済に打撃を与えるだけでなく、国際秩序も揺るがす。「米国第一」を振りかざす独善的な保護主義は混乱を広げるだけだ。
大阪市で開かれた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の関連イベントに出席したトランプ米大統領(前列左)と習近平中国国家主席(同右)=2019年6月28日(代表撮影)
トランプ米大統領は、政権2期目の政策の柱に再び高関税の発動を据えた。メキシコとカナダに25%、中国には追加で10%を2月1日にも課す意向を表明した。
不法移民と麻薬の流入への対抗策として打ち出した。相手国から取り締まり強化などの譲歩を引き出したいのだろうが、筋違いの圧力を強めれば、反発を買うばかりだ。報復の応酬を招きかねない。
影響が及ぶのは3カ国にとどまらない。人件費の安いメキシコでは日本や欧州の自動車会社の工場が多数操業し、対米輸出の拠点となっている。業績が落ち込めば、日欧の経済悪化も避けられない。
◆米経済にも打撃の恐れ
トランプ氏は、より強硬な高関税政策の実行にも意欲を示している。同盟国である日欧も含めた全ての国に10~20%、中国には60%を課す案だ。
1期目よりも税率が高く、対象国も拡大させている。世界で高関税をかけ合う深刻な事態が広がる恐れもある。
国際通貨基金(IMF)は、今年の世界経済について、インフレが落ち着き、成長率は3%強に上向くとの予測を示してきた。だが「トランプ関税」で1%近く押し下げられる可能性があると試算する。リーマン・ショックやコロナ禍に次ぐ打撃となりかねない。
トランプ氏が以前から問題視しているのは、米国が抱える多額の貿易赤字だ。「外国製品が製造業を痛めつけ、雇用も失わせた」と批判する。「外国に課税して、米国を富ませる」と関税を徴収する組織の設置も決めた。
だが米国の国益も大きく損なわれるリスクがある。
関税を実際に負担するのは米国の輸入業者である。コストの大半は販売価格に転嫁されるのが通例だ。世界各国に関税を課せば、値上がりする輸入品も多くなり、生活に苦しむ国民が増える。
製造業の衰退に歯止めを掛けるのも難しい。1期目も日本などの鉄鋼製品に高関税を課したが、米国企業の高コスト体質が温存され、競争力を一段と低下させただけに終わった。
多国間の枠組みを軽視する姿勢も見過ごせない。
大国が経済力や軍事力に物を言わせて高関税で相手を威圧し、自国に都合の良い譲歩を勝ち取る。不動産売買で富を築いたトランプ氏が得意とする2国間の「ディール(取引)」だ。
だが、一方的な高関税の発動は世界貿易機関(WTO)のルールで禁じられている。各国の利害が対立する場合、WTOなどを通じ、対等の立場で調整するのが国際法の原則である。
ロシアのウクライナ侵略で「法の支配」が揺らいだ。多国間の枠組みを主導してきた米国が自らルールをないがしろにすれば、秩序は根底から覆りかねない。
◆自由貿易守る努力こそ
第二次大戦後、各国は協力して互いに関税を引き下げる自由貿易を推進してきた。戦前の大恐慌後、高関税政策が対立を先鋭化させ、大戦の引き金となったことへの反省が背景にある。
冷戦終結後は経済のグローバル化が加速した。先進国は新興・途上国に工場を建設し、自由貿易によって国境を超えた取引が活発化した。安い製品が出回り、多くの消費者が恩恵を受けた。
ウクライナ危機などを受けて、安全保障に関わる重要物資の国内生産体制を強化する動きが目立っている。各国の経済的な結びつきを無理に断ち切れば、悪影響は世界に及ぶ。
とりわけ協調を支えてきた日本や欧州の役割は大きい。
日本など12カ国で自由貿易圏を構成する「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)」を拡充する必要がある。
トランプ政権が1期目に離脱した後も、東南アジア諸国やオーストラリアなど残る11カ国で維持してきた実績がある。昨年末には英国も加盟し、経済規模は世界の15%を占めるようになった。
インドネシアなど参加を希望する国も多い。加盟国を増やせば、保護主義の広がりを食い止める「防波堤」にもなりうる。
貿易戦争に勝者はいない。国際社会に求められるのは、自由貿易を柱とした多国間の枠組みを守っていく取り組みである。
元稿:毎日新聞社 東京朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2025年01月24日 02:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。