元自民党の仲間であった田中直紀防衛大臣の無料能力振りを百も承知していた石破元防衛大臣の確信犯的質問について、まとめておこう。資料が多いが・・・・。
それは、こんな記事から始まった。そしていっせいに「政局」が加速していった。内閣支持率を見れば明らかだろう。
田中防衛相、芦田修正「理解していない」…自衛隊合憲の根拠答えられず
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120202-00000110-jij-pol
衆院予算委員会は2日午後、野田改造内閣で新たに入閣した5閣僚に対する質疑を行った。資質が疑問視されている田中直紀防衛相に質問が集中。「自衛隊が合憲とされる根拠は何か」との自民党の石破茂前政調会長の質問に、防衛相は明確に答えられず、「素人」ぶりをまた露呈した。石破氏が「憲法9条2項の『芦田修正』が根拠ではないのか」と助け舟を出すと、田中氏は「私自身は理解していない。ご知見を拝聴しながらよく理解したい」と述べた。時事通信 2月2日(木)17時50分配信
「産経」の「主張」と「正論」に、この石破質問の意味・意図が手際よく出されていた。
【芦田修正 やはり9条改正が必要だ2012.2.9 03:08
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120209/plc12020903080004-n1.htm
自衛隊と憲法の関係があまりに複雑すぎて、ほとんどの国民は理解できないだろう。
衆院予算委員会で、自民党の石破茂前政調会長が憲法9条2項の冒頭に「前項の目的を達するため」と挿入された、いわゆる「芦田修正」が自衛隊合憲の根拠ではないかと指摘した問題だ。
これに対し、田中直紀防衛相は「ご知見を拝聴してよく理解したい」と述べたが、藤村修官房長官が7日の会見で「直接の根拠」ではないと否定したように、政府は芦田修正を自衛隊合憲の根拠として認めていないのである。
芦田修正は、連合国軍総司令部(GHQ)が示した憲法草案を審議する昭和21年の衆院の秘密小委員会で、芦田均委員長が提案した修正案を指す。
「前項の目的」のくだりを挿入することで侵略戦争のみを放棄し、自衛のための「戦力」を持てるという解釈だ。芦田氏は自衛戦争、さらに国連の制裁活動への協力もできるとした。
これに対し、歴代内閣は自衛隊は「戦力」ではなく必要最小限度の「実力」とみなしてきたが、極めて分かりにくい解釈である。
芦田解釈を認めないまでも、このような考え方を政府は一部受け入れており、安全保障の専門家ですら合憲の根拠が奈辺にあるかを把握するのは容易でない。
戦後日本はこうした解釈により、「武力による威嚇又は武力の行使」の放棄と「陸海空軍その他の戦力」の不保持を規定する9条の下で自衛隊の存在について無理やりつじつまを合わせてきた。
自衛権の行使についても急迫不正の侵害がある場合や必要最小限の範囲にとどめられ、集団的自衛権の行使は「必要最小限」を超えるため許されないとされた。
北朝鮮が米国に向けて弾道ミサイルを発射しても、日本は迎撃できないという。これでは、互いに守り合う真の同盟関係を構築することはできない。
国連の制裁活動は憲法が禁止する武力行使にあたらないのに「武力行使と一体化する行為」はできないと判断した。
問題は、こうしたつじつま合わせの憲法解釈と解釈改憲が限界を超えていることだ。芦田修正は認めるべきだが、やはり憲法を改正し自衛隊を軍と位置付けなければ、国家の防衛と国際社会の一員としての責任は果たせない。
芦田修正が自衛隊合憲根拠なら 大阪大学大学院教授・坂元一哉 【正論】
2012.2.9 03:08
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120209/plc12020903090005-n1.htm
自衛隊が合憲とされる根拠は何か。先週、国会でそう質問された田中直紀防衛大臣は答えに詰まった。質問者はいわゆる「芦田修正」に言及したが、大臣は「理解していない」とあっさり白旗をあげたのである。
せっかく「助け舟」を出してもらっているのだし、防衛大臣なら、そんな大事な質問には、きちんと答えてほしかった。昔だったら国会が止まりかねない失態ですよ、と言いたくなる人も多かったのではないか。私も大臣の答弁にはいたく失望した。ただ、「理解していない」のに「助け舟」に乗ったりしなかったのは、賢明だったかもしれない。
≪全く違う近年の政府見解≫
というのも、政府が自衛隊を合憲とする根拠は「芦田修正」ではないからである。少なくとも近年の説明はそうではない。たとえば、平成16年6月18日付の政府答弁書には次のようにある。
「憲法第9条の文言は、我が国として国際関係において実力の行使を行うことを一切禁じているように見えるが、政府としては、憲法前文で確認している日本国民の平和的生存権や憲法第13条が生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利を国政上尊重すべきこととしている趣旨を踏まえて考えると、憲法第9条は、外部からの武力攻撃によって国民の生命や身体が危険にさらされるような場合にこれを排除するために必要最小限度の範囲で実力を行使することまでは禁じていないと解している」
≪平和的生存権と幸福追求権≫
憲法は、自衛のため必要最小限度の範囲での実力(武力)行使を禁じていない。そのための組織である自衛隊は憲法に違反しない。その根拠はといえば、前文の「平和的生存権」と13条の「幸福追求権」だ、という答弁である。
いわゆる「芦田修正」は、憲法制定時に芦田均(後に首相)を委員長とする衆議院の憲法改正小委員会が、憲法9条の草案に対してなした修正である。9条2項の冒頭に「前項の目的を達するため」という文言を入れ、日本が陸海空軍その他の戦力を持たないのは、国際紛争解決の手段としての武力行使をしないという目的のためであることを明確にした。芦田は憲法制定後に修正についてそう説明している(芦田の説明に対して歴史家の中に疑問を呈する向きもあるが、それはここではおく)。
芦田の主張はこうだ。
憲法9条は第1項で国際紛争解決の手段としての武力行使を放棄している。そして2項で戦力の不保持をうたっているが、冒頭に「前項の目的を達するため」とあるから、不保持はあくまで、国際紛争解決のための武力行使を目的とする戦力の不保持であって、自衛のための戦力を持てないわけではない。であれば自衛のために戦力を保持する自衛隊は憲法違反ではない。
私は、政府が「芦田修正」と芦田の主張を自衛隊合憲の根拠にしていれば、戦後日本の安全保障政策は随分と違ったものになっただろうと思う。なぜなら、もし「芦田修正」と芦田の主張を根拠にしていれば、自衛隊には、自衛(個別的自衛)のための武力行使以外に、集団的自衛や国連の集団安全保障のための武力行使の道も開けただろうからである。どちらの武力行使、そしてそのための戦力保持も、9条1項に言う意味での、国際紛争解決を目的とするものではない。
≪政府解釈進めて他国民守れ≫
だが政府のこれまでの憲法解釈は、引用した政府答弁にもあるように、武力行使を「外部からの武力攻撃によって国民の生命や身体が危険にさらされるような場合」に限って「必要最小限度」の範囲で認めているに過ぎない。ここで言う「国民」はもちろん自国民のことで、他国民は含まれない。
政府の解釈は、自衛権すら否定しかねない戦後日本の特異な言論空間の中で、自衛隊創設を可能にした。そのことは高く評価すべきである。だが、自国民を守る武力行使はよいが他国民はだめ、という解釈は、国連にしろ日米同盟にしろ、安全保障を集団的な枠組みで維持する日本の現実とは平仄(ひょうそく)が合わないのもまた事実だろう。
これをどうすればよいか。私はいまさら政府が「芦田修正」と芦田の主張に戻るのは、難しいだろうと思う。
それより、政府の解釈を一歩進めるやり方で平仄を合わせてはどうだろうか。すなわち憲法前文が「平和的生存権」を日本国民だけでなく全世界の国民に認めていること。同じく前文が、自国のことのみに専念して他国を無視してはいけないと戒めていること(これは「幸福追求権」についてもあてはまるだろう)。さらには、日本が平和の維持などにつとめる国際社会において、「名誉ある地位」を占めたいとしていること。
それらのことを踏まえて、他国や他国民が不法な武力攻撃を受けた場合、わが国がその排除のために、必要最小限度の範囲で武力(実力)行使を行うことを憲法は禁じていない。そういう解釈にしてはどうかと思うのである。
「読売」も社説と「COME ON ギモン」で、石破元防衛大臣の意図をサポートします。
9条と自衛隊 憲法改正へ論議の活性化を(2月10日付・読売社説)
(2012年2月10日01時16分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20120209-OYT1T01207.htm
歴史的な経緯を踏まえて、現実に合致した憲法に改正するための議論を進めることが必要だ。
衆院予算委員会で自民党の石破茂・元防衛相が田中防衛相に自衛隊合憲の根拠をただした。「芦田修正」がその根拠ではないかとも指摘した。
田中氏は、答弁に窮し、「その点、私は理解していない。先生のご知見を拝聴しながらよく理解したい」と述べるにとどまった。
芦田修正とは、憲法改正を論議した1946年の衆院帝国憲法改正案委員会小委員会で芦田均委員長が主唱し、実現したものだ。
原案は9条1項で侵略戦争を放棄し、2項で戦力不保持を明記していた。2項の冒頭に「前項の目的を達するため」を挿入した。
これにより、自衛の目的であるならば、陸海空軍の戦力を持ち得るとする解釈論が後年、生まれることになる。
だが、政府解釈は、芦田修正を自衛隊合憲の根拠としてこなかった。自衛のための「必要最小限度の実力組織」であれば、憲法に反しないとの見解で一貫している。自衛隊は、憲法の禁じる「戦力」ではないというわけである。
「防衛問題の基本的な知識に欠ける」との批判を浴びる田中氏だが、防衛相なら本来、そうした経緯も含めて説明すべきだった。
ただし、従来の、つじつまあわせのような政府見解を墨守すればよいわけではない。
日本を取り巻く安全保障環境は憲法制定時から様変わりした。自衛隊を巡る憲法解釈は、今や国益を害する事態を招いている。
典型的なのが、集団的自衛権である。権利を有しているが、行使は「必要最小限度の範囲」を超えるため許されない――この解釈は米軍などとの協調行動を制約し、日米同盟の深化を妨げている。
内閣法制局が戦後積み重ねてきた政府見解こそ、政治主導で早急に見直すべきである。
憲法9条と現実との乖離(かいり)は大きい。やはり、自衛隊を明確に位置づけるため、正面から憲法改正に取り組むのが筋だろう。
読売新聞は2004年の憲法改正試案で、9条の平和主義は継承し、「自衛のための軍隊の保持」を明記することを提起している。
政府解釈とそれに対する批判を踏まえて、各党は衆参両院の憲法審査会で9条の在り方について大いに議論を深めてもらいたい。
改正の論点は9条にとどまらない。各党間で考え方の開きはあるが、国の根幹である憲法の論議を停滞させてはならない。
国会審議で再び脚光を浴びた憲法9条の芦田修正って何?(2012年2月10日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/job/biz/qapolitics/20120210-OYT8T00946.htm?from=yoltop
9条第2項の修正を意味
芦田修正とは、戦後間もない1946年の第90回帝国議会(第1次吉田内閣時代)で、芦田均氏(衆院議員11期、のちに首相=1948年3月就任、7か月余りで退陣)が委員長を務めた衆院帝国憲法改正小委員会が、憲法改正の政府案にさまざまな修正を加えたことを指します。
とくに、日本国憲法第9条第2項冒頭に、「前項の目的を達するため」を加えたことを意味する場合が多い、といえます。
この憲法制定過程における芦田修正は、戦後の憲法論争の中でたびたび、取り上げられ、学説上も様々な見方に分かれてきました。そして、今国会でも再び、脚光を浴びました。それは、2月2日の衆院予算委員会で、自民党の石破茂・元防衛相が田中防衛相に対して、自衛隊合憲の根拠をただした経緯にあります。石破氏は、芦田修正がその根拠ではないか、と指摘しました。田中氏は答弁に窮し、「その点、私は理解していない。先生のご知見を拝聴しながらよく理解したい」と述べるにとどまったのでした。その後、7日の記者会見で、藤村官房長官は「政府としては、これまで通り、芦田修正を根拠として自衛隊を合憲と解釈しているものではない」と、政府の立場を述べました。
実のところ、芦田修正は、さまざまな角度から論議を生んできました。
同小委員会で修正作業が行われていた頃、芦田氏自身が意図的に第9条第2項へ「前項の目的を達するため」と挿入したのかどうか、疑問だとされています。新憲法制定の後、新憲法公布の日(1946年11月3日)になって、芦田氏は、著書「新憲法解釈」を出版。その中では、この芦田修正によって、「戦争と武力行使と武力による威嚇を放棄したことは、国際紛争の解決手段たる場合」のみ、すなわち、「侵略戦争」の場合のみであることがはっきりした、と主張し、この第2項冒頭の挿入が最も重要なのだ、と訴えました。これは、将来、自衛戦争や国際的安全保障のための武力行使を行うことが新憲法の条文のままでも可能だと自覚していたことを示すもので、重要な示唆を含んでいます。
ところが、当時の政府は、芦田修正の考え方を憲法解釈に取り入れませんでした。そして、現在に至るまで、内閣法制局は芦田修正の考え方を採用していません。近年の政府見解は「憲法第9条は、外部からの武力攻撃によって国民の生命や身体が危険にさらされるような場合にこれを排除するために必要最小限度の範囲で実力を行使することまでは禁じていない」(2004年6月・政府答弁書)としています。独立国家に固有の自衛権に基づく「自衛のための必要最小限度」の武力(実力)行使までも放棄するものではない、というわけです。
なぜ、芦田修正は政府に採用されなかったのでしょうか。
当時の吉田首相は、国会における共産党の野坂参三氏との論戦で、侵略戦争だけでなく、自衛戦争も否認しました。吉田首相が本気でそう考えていたかどうかは、はなはだ疑問ですが、新憲法を早く制定して連合国軍総司令部(GHQ)の信頼を勝ち取り、一日も早い独立回復を目指していたのでしょう。
また、吉田、芦田両氏は戦後間もない日本の政界ではライバル同士でした。芦田氏は1947年に自由党を離党し、民主党を創設。片山内閣成立にあたって、日本社会党・民主党・国民協同党による3党連立を実現し、片山首相退陣後、禅譲される形で芦田内閣を作ったのです。野党に回っていた吉田氏は芦田氏を厳しく批判。その後、吉田氏が首相に返り咲き、サンフランシスコ条約と日米安保条約を結んだ直後の1951年10月には、両者の間で自衛権をめぐる憲法解釈論争が起きています。戦後の保守本流を自任する吉田氏が芦田氏の考えを受け入れる余地はなかったのかもしれません。
「もし芦田が指摘したような解釈を政府が打ち出していれば、日本の安全保障をめぐるその後の神学的ともいえる論争は防げたかもしれない」(田中明彦著「安全保障」読売新聞社刊)
田中明彦東大教授は、そのような評価を下しています。
田中防衛相には、憲法をめぐる歴史的経緯について、しっかり勉強した上で答弁に臨んでもらいたいものですね。(調査研究本部主任研究員・笹島雅彦)
こうした動きを石破元防衛大臣はどう評価しているのでしょうか?自分のブログで得意気です。
一つは、元防衛大臣として、現在の政府見解は熟知していること。
二つは、この見解を「過ち」として、「解釈の変更」を求めている。
三つは、「最近の政権に対する失望感」「どうしてこんなにやることなすこと駄目」「人事の下手さ」などを利用して、「変更」にまで変えていこうとしている。
四つには、「3.11」を九条問題似利用している。
予算委雑感、芦田修正など 石破 茂 2012年2月10日 (金)
http://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-62ce.html
先日の予算委員会で私が言及した憲法第9条の所謂「芦田修正」について、いくつかの論説で取り上げられ、「安全保障のスペシャリストでもよくわからない複雑な問題」とのご指摘を頂きました。どうも私の芦田修正に対する思い入れが強すぎて、言葉が足りなかったようです。
ご指摘の通り、政府は一貫して芦田修正の立場をとっておらず、「自衛隊は『戦力』ではない」との見解を堅持しています。これを変えない限り、自衛隊の本質は今のままであり、自民党として憲法改正以前に解釈の変更を正面から掲げなくてはなりません。野党でいる間に今までの過ちを認めることこそ、今の時期の意味があるのだと改めて痛感しております。
田中防衛相との議論を「田中いじめ」だの「クイズみたい」、果ては「田中大臣が可哀相」だのという人がメディアなどにも居られますが、このような考えの方が居られる限り民主党政権は安泰でしょうし、日本の未来もないでしょう。きっと「日本に有事は無い」「3・11のようなことはもう起こらない」と信じているのでしょうね。真面目に物事を考えることを蔑むツケは必ず廻ってきます。そうなってからではもはや遅いのであり、可哀相そうなのは田中大臣ではなく国民であることを知るべきでしょう。
そこで、この問題について、一つの資料を掲載しておこう。
「戦力」解釈の欺瞞の仕掛け 田中伸尚「憲法九条の戦後史」岩波新書
警察予備隊発足から半年ほど経った五一年一月一四日付『毎日新聞』の第一面に、憲法制定時に衆院帝国憲法改正案委員小委員会委員長だった芦田均議員が、九条二項の冒頭の「前項の目的を達するため」の文言を挿入したいきさつについて寄稿した。「平和のための自衛」と題する芦田の小論は、九条二項の冒頭にある「前項の目的を達するため」というのは「私の提案した修正であって」「戦力を保持しないというのは絶対的ではなく、侵略戦争の場合に限る趣旨である」と記していた。当事者の芦田元小委員長の「芦田修正」についての「証言」は、戦争放棄の中から、自衛のための戦争を「救い出し」、戦力不保持に大きな影響を与えることになったが、前述の公法研究会が「憲法改正意見」で当初から指摘していた危惧(一二ページ参照)を想起させる。警察予備隊が創設され、さらに再軍備が進行し九条との整合性が大きく聞かれていくと、この「芦田証言」の政治的影響力はさらに増していった。しかし「芦田証言」は、ほとんど「虚言」だったのである。それは約半世紀後に明らかになる。長く秘密にされていた同小委員会の速記録を、衆院が九五年九月、四九年ぶりに封印を解いて公開した。その記録(四六年八月一日)によれば、芦田小委員長はなんと二項冒頭の文言挿入についてこう言っていたのである。「前項のというのは、実は双方(九条一項、二項)ともに国際平和ということを念願して居るということを書きたいけれども、重複するような嫌いがあるから、前項の目的を達するためと書いた。詰(ママ)まり両方(一、二項)共に日本国民の平和的希求から出て居るのだ、斯う言う風に持っていくにすぎなかった」(括弧内引用者)と。
つまり芦田小委員長は、平和のためにはいかなる場合でも戦力不保持を明らかにしたいという思いから「前項の……」を挿入した、というのだった。だが真相が明らかになったときには、芦田その人はすでにおらず、挿入語句が、自衛のための戦力保持を憲法九条は否定していないという解釈を成り立たせ、再軍備への有力な根拠にされた後たった。九条が捻じ曲げられていく歴史は、朝鮮戦争や「安保」といった外からの「嵐」だけではない。政治家の言葉とは、けだし疑ってかかるべきであることを教えているが、九条の歴史を考えるうえで、「芦田修正」に関わる真実が半世紀近く封印されてきたことは、痛恨事だった。
前述の公法研究会が「憲法改正意見」で当初から指摘していた危惧(一二ページ参照)について
九条については、まず第一項の「国際紛争を解決する手段として」は、あらゆる戦争を放棄した徹底的平和主義の規定からすると、制限があるように誤解されるおそれがあるので、削除する。そして新たに、人民が個人としてもあらゆる戦争に参加することを禁止する規定を加える。個人としての戦争参加を禁止するというのは、九条の理念と規範力をより徹底させる興味深い提起である。また、第二項の冒頭の「前項の目的を達するため」を「如何なる目的のためにも」と改める。これは「解釈上何らか限定のあるように曲解されるおそれがある」からと述べている。公法研究会の「改正意見」は、まだ「芦田修正」が問題になる前にに出されており、後の戦力論議なども含めて九条の歴史を見ていく場合にも大いに参考になる。
日本国憲法が、四六年六月二〇日に召集された第九〇回臨時帝国議会で四ヵ月におよぶ審議を経て公布されたのは同年一一月三日である。施行はその半年後である。九条の戦争放棄について制憲議会で論議の中心になったのは、自衛権放棄にかかかる問題だった。六月二六日の衆院本会議で吉田茂首相は、以下のように九条についての政府の見解を明解に述べた。「戦争抛棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定して居りませぬが、第九条第二項に於て一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、又交戦権も抛棄したのであります。従来近年の戦争は多く自衛権の名に於て戦はれたのであります。・・・・我が国に於ては如何なる名義を以てしても交戦権は先づ第一自ら進んで抛棄する、抛棄することに依つて全世界の平和の確立の基礎を成す……」
このように政府は制憲議会では、この憲法は直接には自衛権を否定していないが、九条二項で一切の戦力と国の交戦権を認めていない以上、自衛権の発動としての戦争も交戦権も放棄した、として事実上自衛権も放棄しているという解釈でほぼ一貫し、議会もそれを積極的に肯定した。小園さんらが感動して受け止めた『あたらしい憲法のはなし』は、当時の政府・議会の意思を語り、それが民衆の「九条観」、すなわち民衆の新しい生き方と一致していたのである。
しかし制憲議会では、衆議院帝国憲法改正案委員小委員会(委員長芦田均、委員一四人)で政府案の九条二項が修正されていた。政府案の第二項の冒頭は、「陸海軍その他の戦力は……」となっていたが、修正された第二項は冒頭に「前項の目的を達するため」という語句が芦田委員長の提案によって挿入された(「芦田修正し。これが、後に再軍備を可能とする九条解釈に政治的に利用される文言になるのである。
さらに政府の戦力放棄についての本音が、吉田答弁などと違い、別のところにあった事実も指摘されている。憲法施行直前の四七年四月に、政府高官が英国やカナダに対して講和後を射程に入れて一〇万人の陸軍を創設したいと、事実上の再軍備を提案していたというのである(古関彰一『「平和国家」日本の再検討』)。また片山内閣時代には、芦田均外相が米軍の駐留による講和の希望を占領米軍司令官に伝えている(『資料憲法I』)。けれどもこうした裏側の事実を、当時の人びとは全く知らず、憲法九条は熱い支持を受けながらも、しかしかなり危うい要素を抱えて出発したのであった。
今日のところは、これだけに留めておこう。
武器よりも強きものとは何ぞやと流るる赤き血潮にこそと