今日の「朝日」の「社説」、「安倍元首相―思慮に欠ける歴史発言」には、小アッパレをあげたい。この「社説」に対して、今後どのような反応が出てくるか、楽しみだ。小アッパレの理由は、「自分なら近隣国との外交をこう前進させるという展望を、しっかり示す責任が伴う。その覚悟なしに持論にこだわるなら、一国の政治指導者として不適格だ」という意見について、一言あるからだ。
この指摘そのものは、全くその通りだ。この「朝日」の指摘に安倍氏は応えられないだろう。そういう器ではないからだ。だが、これだけでは、従軍慰安婦問題は、根本的には解決できないと思う。「朝日」の立場からすれば、もう一歩踏み込めないことは、当然すぎるくらい、理解しているつもりだ。だが、なのだ!
その点、「従軍慰安婦問題は第三者の国際機関で決着するしかない(上)」で書かれている、以下の指摘は、まさに正しい。http://blogs.yahoo.co.jp/lifeartinstitute/44276484.html
実際、日本の歴史認識問題の不明瞭さは、天皇をはじめとする戦争責任が曖昧にされたことに起因する。責任者を明確に断罪することを考える必要があろう。
そうすれば、戦争に責任のない日本の戦後世代は「いつまで自分たちまで責任を負わせられるのか」と悩むこともなく、精神的に解放されるであろう。言うまでもなく、戦争責任を曖昧にした張本人はGHQの実体である米軍、米政府である。冷戦対策からA級戦犯らを無原則に釈放し、反共に利用したことに主因がある。(引用ここまで)
「朝日」の健闘はここまでとして、同時に、問題にしなければならないのは、「毎日」のコラム「風知草:慰安婦論争史を読む=山田孝男」(09月03日 東京朝刊)だ。
これは、従軍慰安婦問題に対して、曖昧にしてきた「毎日」のスタンスがでたのだろうか?「社説」にはでていないので、断ずることはできないが、「産経」政治部記者で、現在は首相官邸キャップを務めるという阿比留 瑠比氏が「今朝の毎日新聞に目を通し、少し驚きました」「全体の文意は留保を置いたあいまいなものですが、それでも『私自身、見直しに賛成だ』と明確に書いてあります。山田氏個人の意見であり、社論とは異なるのでしょうが、『うわぁ、あの毎日新聞でとうとうこういう意見が表明されるようになったか』と新鮮な思いがしました」とブログで書いているが、「なるほどな」と思った。http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/2828079/
このような輩から「新鮮な」と評価されるように、この問題についての「変化」に対しては、徹底して異論を唱えていく必要がある。
そこで、山田氏が「労著」として評価した秦郁彦氏の「慰安婦と戦場の性」について、どのような批判が出されているか、調べてみた。いくつかを紹介しておこう。
秦郁彦『慰安婦と戦場の性』批判『週刊 金曜日』290号、1999年11月5日 林 博史
http://www32.ocn.ne.jp/~modernh/paper44.htm
秦郁彦の「慰安婦と戦場の性」の知られていない事実(1)
http://d.hatena.ne.jp/abesinzou/20070531
以上のような資料があることを紹介しておこう。愛国者の邪論は「研究者」ではないので、秦氏の指摘に一つひとつ指摘することはできないので、今日のところは、紹介するに留めておこう。
もう一つある。それは軍の関与を指摘した以下の資料だ。
「陸軍慰安所の設置と慰安婦募集に関する警察史料」 永井 和
http://nagaikazu.la.coocan.jp/2semi/nagai.html
女性のためのアジア平和国民基金編『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』1~5(龍渓書舎、1997・98年)を入手したので、その中からいくつかの史料を紹介する。この資料集は、1991年12月以降に実施された日本政府の調査で発見された関連資料の影印復刻版である。影印版であるため、より原史料に近い形で史料に接しうるメリットはあるが、採録されている史料のかなりの部分がすでに吉見義明編『従軍慰安婦資料集』(大月書店、1992年)に収録済みであり、その意味ではとくに目新しいものはないともいえる。しかし、1991年と92年の二度にわたる政府発表には含まれていなかった内務省史料が、少数ではあるが、警察庁関係公表資料として第1巻の冒頭に収められており、日中戦争の初期段階で慰安所の設置と慰安婦の徴集とに軍と警察がどのように関与したかについて、従来知られていなかったきわめて興味深い事実を明らかにしている。
警察資料は、その重要性が指摘されておりながら、非公開のために今までほとんど利用することができなかった。慰安婦問題を考える上でこれは大きな制約となってきたが、この資料集に収められた警察庁関係資料は部分的とはいえこの欠落を埋めるものといえる。
まず最初に、資料集第1巻に収録された警察庁関係公表資料の全タイトルを紹介する。次の10点である。このうち、1と8-2は外務省外交史料館所蔵の外務省関係資料にも同じものが含まれており、前記吉見編資料集などですでによく知られているものである。(引用ここまで)
上記の説明に掲げられている資料の作成に尽力された吉見義明氏の著書をあげておこう。ここに掲載されている事例をあげることはしないが、山田氏には、こうした書物に書かれている事例と秦氏の「労著」を比較してコラムを書いていただけるとありがたい。
吉見義明『従軍慰安婦資料集』(大月書店)
吉見義明・林博史『共同研究日本軍慰安婦』(大月書店)
吉見義明・川田文子『「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実』(大月書店)
吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書)
ことは、「対韓戦後賠償」問題ではないのだ。山田氏は日韓基本条約(65年)で「完全かつ最終的に解決され」「確認を交わし」たとしているが、強制連行や植民地問題にしても、その後日本の政治家がどのような発言をしてきたか、そのことで韓国人をどれだけ怒らせ、傷つけてきたか、そのことを山田氏は、率直に語るべきだろう。
「新たな補償はしないと決めたにもかかわらず、勢いに押されて相手に期待を抱かせる表現を盛った」という「河野談話」という認識からすれば、「見直しに賛成」となるだろう。だがこれは、先ほど述べたような政治家の暴言・妄言の根底にある植民地正当化論、さらに言えば、戦前の皇国史観に対する立場を正当化することにならないか、そのことについて、山田氏はどのように考えるか、明確にすべきだろう。
「河野談話の存廃だけを争って国論の分裂を招くことは避けたい」としているが、事実上、決着のついている問題を蒸し返している「産経」をはじめとした大東亜戦争肯定論者たちにこそ、この問題の本質的役割がある。
つい最近、共産党笠井亮衆議院議員の尽力などのあり「明成皇后国葬都監儀軌」が返還された。このことは、慧門『儀軌』(東國大學出版部)・笠井亮「党創立九〇年 党史の力、野党外交の力-『朝鮮王朝儀軌』返還のとりくみを中心に」(「前衛」12年7月号)に詳しい。このことの意味が大切だ。朝鮮王朝をはじめとした朝鮮の文化財をどれだけ強奪してきたか、これも調査・整理し、返還する必要があるだろう。
こうした植民地支配の負の遺産を克服しない限り、条約を交わしたからと言ってチャラにすることはできないことは明らかだ。当時の政府=国家間における「条約」が成立したからと言って、国民が納得するかどうか、それは別問題だ。とりわけ加害者と被害者の関係を無視して論じることは、非生産的だろう。山田氏には、このことを肝に銘じて発言をしてほしい。
最後に一言、明成皇后が、日本軍などによって無残に暗殺されたこと、しかも死体を辱めたこと、こういうことを、従軍慰安婦を否定する輩はどのように受けとめ、反省し、朝鮮人民に対してどのような態度を取るか、こうした歴史の一つ一つにきちんと向き合うことこそ、真の友好と連帯の関係がつくられるのだろう。このことを安倍氏や山田氏には言っておきたい。
「毎日」のコラム風知草と「朝日」の社説を資料として掲載しておこう。
風知草 :慰安婦論争史を読む=山田孝男毎日新聞 2012年09月03日 東京朝刊
事ここに至った以上、「慰安婦」をめぐる日韓摩擦は原点から見直したらいい。
韓国大統領は「竹島上陸の動機は慰安婦問題」だと言っている。日本政府の対応があいまいなために韓国は不満、日本国民も不満。諸外国で「慰安婦は日本軍独特の蛮行」という理解が広がっている。なぜこうまでこじれたか。経緯を知り、誤解を解く努力も必要だ。
問題の原点を知るには現代史家、秦郁彦(79)の労著「慰安婦と戦場の性」(99年、新潮選書)が参考になる。慰安婦の実態から国際比較まで書き込んで慰安婦百科の趣があるが、第1章(=冒頭16ページ)が特に重要である。日韓摩擦の発端を解明して読み応えがある。
秦は保守の論客、右寄りの評論家と見られているが、真骨頂は徹底的な実証主義にある。近著「陰謀史観」(新潮新書)でも、張作霖(ちょうさくりん)爆殺事件(28年。日本の関東軍による謀略と見るのが定説)はスターリンの陰謀だったという右寄りの異説を緻密な立証でやっつけており、イデオロギー色は薄い。
元大蔵省(現財務省)財政史室長。退官後、米プリンストン大客員教授。「昭和史の謎を追う」(文芸春秋)などで93年度菊池寛賞受賞−−。
その秦がこう言っている。90年代以降、慰安婦問題が先鋭化する原因は日本がつくった。旧日本軍による慰安婦募集を裏づける資料を日本人の研究者が発掘、朝日新聞(92年1月11日朝刊)が1面トップで報じ、大反響を巻き起こした。 他のマスコミも追随して両国の世論が沸き立つ中、直後に訪韓した宮沢喜一首相は謝罪を余儀なくされ、「真相究明」を約束して帰国する。日本政府は実際に調査し、それを踏まえて公表されたのが93年の河野洋平官房長官(後に自民党総裁、衆院議長)談話である。 談話のミソは、戦時中、日本兵の相手をした慰安婦(植民地支配下の朝鮮半島出身者が少なくなかった)に対する旧軍の責任を認めて謝罪し、その「気持ちを表す方法を検討する」という決意表明にある。
だが、対韓戦後賠償は日韓基本条約(65年)で「完全かつ最終的に解決された」と確認を交わしている。新たな補償はしないと決めたにもかかわらず、勢いに押されて相手に期待を抱かせる表現を盛った。
そこで日本は半官半民の「アジア女性基金」を設けて元慰安婦に「償い金」を渡す一方、歴代首相が謝罪を重ねたが、評価されず、補償要求はエスカレート。今年5月の首脳会談で李明博(イミョンバク)大統領が慰安婦問題の解決を求め、野田佳彦首相が「知恵を絞ろう」とソフトに応じたところ、かえってこじれたというのが目の前の現実だ。
当然の帰結として、いま日本では、河野談話の見直しが盛んに議論されている。私自身、見直しに賛成だが、擁護論も根強いようであり、河野談話の存廃だけを争って国論の分裂を招くことは避けたい。
外務省による慰安婦の英訳はcomfort womenだが、海外報道は、日本の慰安婦をsexual slavery(性奴隷)と表現した記事が多い。そもそも国連人権委報告書(96年)がそうだった。なぜか。「慰安婦と戦場の性」は翻訳をめぐる問題も実証的に論じている。
問題の根は日本にある。韓国の出方待ちではなく、日本自ら誤解を解く。まずは秦の労作を的確、良質な英訳で世界に発信したらどうか。(敬称略)(毎週月曜日掲載)
http://mainichi.jp/opinion/news/20120903ddm002070053000c2.html
「朝日」 安倍元首相―思慮に欠ける歴史発言2012年9月7日(金)付
自民党総裁選に向け、安倍晋三元首相がみずからの歴史観について活発に発言している。
たとえば月刊誌のインタビューで、こう語っている。「自民党は、歴代政府の答弁や法解釈を引きずってきたが、新生・自民党では、しがらみを捨てて再スタートを切れる」「新生・自民党として、河野談話と村山談話に代わる新たな談話を閣議決定すべきだ」 そして、自分が首相に返り咲けば、靖国神社に「いずれかのタイミングで参拝したいと考えている」と述べている。 自民党の一部で根強い主張である。それにしても、首相経験者、さらには首相再登板をねらう政治家として、思慮に欠ける発言といわざるをえない。
河野談話は慰安婦問題で旧日本軍の関与について、村山談話は過去の植民地支配と侵略について、それぞれ日本政府としての謝罪を表明したものだ。6年前、首相になる前の安倍氏は「自虐史観」に反発する議員の会の中核として、村山談話や河野談話を批判してきた。だが、首相になるや姿勢を一変させ、両談話の「継承」を表明した。政権を担う身として、対外宣言ともいえる外交の基本路線を覆せなかったからだ。安倍氏自身が靖国参拝を差し控えたこともあり、小泉政権で冷え切った中韓との関係を改善したのは安倍氏の功績だった。
私たちは当時の社説で、そんな安倍氏の豹変(ひょうへん)を歓迎した。 それがにわかに先祖返りしたかのような主張には、驚くばかりだ。再び首相になればそれを実行するというなら、方針転換の理由を説明してもらいたい。 ふたつの談話は、安倍政権をふくめ、その後のすべての政権も踏襲した。韓国をはじめ近隣国との信頼を築くうえで重要な役割を果たしてきた。 かりに首相に再登板した安倍氏がこれを引き継がないということになれば、日本外交が苦労して積み上げてきた国際社会の信頼を失いかねない。 自民党の一部に再び安倍氏への期待が出ている背景には、尖閣諸島や竹島をめぐる中韓の刺激的な行動があるのだろう。 しかし、それに安倍氏流で対抗すれば、偏狭なナショナリズムの応酬がエスカレートする恐れさえある。 政治家が信念を語ること自体を否定するつもりはない。 ただし、それには自分なら近隣国との外交をこう前進させるという展望を、しっかり示す責任が伴う。その覚悟なしに持論にこだわるなら、一国の政治指導者として不適格だ。http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1