日本史上画期的な革命が、霞ヶ関と永田町ムラで党首選挙でうつつを抜かしている時、はるか遠くの沖縄で起こった。これから起こるべき革命とは、こういう人民のたたかいによって、行政が変革され、行政が住民のために機能していくなかで達成されるということを愛国者の邪論は学んだ。
革命とは権力を人民が握ることだ。そうした点からみれば、現在人民は権力を握ってはいない。だが、沖縄では、県民のパワー(統治力)が沖縄県と各自治体の「権力」を動かしたのだ。オスプレイ配備というのは、、きっかけだ。戦前・戦後本土によって虐げられてきた歴史が、沖縄県民をして起ちあがらせた。
保守革新を問わず、集会には参加しなかった県知事も各自治体の首長も、オスプレイ配備反対で一致し、行政権力が国家権力に物申したのであるから、日本各地の行政権力と国民は、国家権力がどのように対応するのか、固唾を呑んで見守っていると言える。「おらが地域にも沖縄のような無法がやってくるのか!それとも・・・」だ。
まさに保守も革新もなく、住民の命と財産と生活を行政権力が守るかどうか、そこが問われているのだ。それを地方分権などとのたまわっている国家権力がどう対応するか、まさに正念場、日本の民主主義と革命の歴史にとって画期的な局面がきたということだ。
谷垣総裁が出馬を断念し、その代わりに誰がなるか、などということは、枝葉末節的なことだ。民主も自民も、沖縄のこと意味づけないで選挙をしていたら、とんでもないことになるだろう。
さらに言えば、志位委員長なども参加した共産党が、こうした人民の動きを機敏に捉えて、全国各地の草の根の支部とやらが、沖縄県民のたたかいから学び、自分たちの周りで、何をやるか、解釈ではなく、まさに実践するかどうか、そういう段階に、日本の革命運動、民主主義運動がきたということを自覚的に捉えることができるかどうか、そこにかかっていると思った。
この歴史的事件は、70年代「革新自治体」が3割に広がった時以上に、インパクトのある歴史的事件と言える。だからこそ、興奮したのだ。
琉球新報と沖縄タイムスが、どのような記事を書き、どのような社説を掲載したか、掲載しておこう。まず最大のポイントになる記事は、以下の通りだ。
琉球新報 八重山と宮古の地区大会に参加した5市町村長を除く全36市町村長や代理が大会に参加。壇上には県議、県選出・出身国会議員や市町村議会議長らが並んだ。県民大会は実行委構成団体の31団体と、153団体が共催した。参加者は県内配備を推進する日米両政府に「レッドカード」を突き付けるため、シンボルカラーである「赤」の衣服や小物を身に着けて、会場を赤く染めた。
沖縄タイムス 大会には、出張中の与那国町長を除き、県内40市町村ほとんどの首長または代理が出席。仲井真弘多知事が「県民の不安が払拭されない限り配備には絶対に反対だ」とするメッセージを寄せたほか、党務のため欠席した島尻安伊子参院議員(自民)を除く県出身国会議員7人が出席。県議、市町村議も超党派で駆けつけた。日米両政府は民意を正面から受け止めなければならない。配備はあり得ない民意だ。強行すれば「怒りのマグマ」は臨界点に達するだろう。
愛国者の邪論は、共産党が設置した画面をみていて興奮した。特に昨年の選挙で伊波さんを破って当選した宜野湾市長佐喜眞淳氏の怒りの言葉には、市長個人の立派さに感動したが、同時に県民や市民のたたかいの結果だったことを踏まえると、大感動だった。
http://www.jcp.or.jp/web_tokusyu/2012/08/kuruna-osprey.html
おらが地方も、沖縄県民のように、権力を握っていない段階でも自治体を動かした運動をどのようにつくあげていくか、そこにかかっているように思った。まさに「住民が主人公」を実践していくということだ。あれこれ批判しているだけでは動かない。どうやって行政を動かし、国家を動かしていくか、それこそ沖縄県民は生きた教科書だ。住民の要求にこそ、この原点があるということだ。
赤旗がリアルタイムで記事を掲載したのは、評価に値する。アッパレだ。
http://www.jcp.or.jp/akahata/web_daily/2012/09/okinawa-kenmin.html
それでは最後に、琉球新報と沖縄タイムスの記事を掲載しておこう。
琉球新報 オスプレイ沖縄配備 オスプレイ拒否 10万3千人結集 強固な意思発信2012年9月10日
オスプレイ配備に反対し、「NO!」のプラカードを掲げる県民大会の参加者ら=9日午後0時3分、宜野湾海浜公園(花城太撮影)
墜落事故が相次ぐ米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの県内配備計画の撤回を求める「オスプレイ配備に反対する県民大会」(同実行委員会主催)が9日午前11時から宜野湾市の宜野湾海浜公園で約10万1千人(主催者発表)が参加して開かれた。八重山、宮古の地区大会を合わせ約10万3千人が結集。米軍基地問題で抗議の意思を示す県民大会として復帰後最大となり、配備を拒む強固な民意を示した。オスプレイ配備計画の撤回と米軍普天間飛行場の閉鎖・撤去を強く要求する決議を採択した。党派を超えた民意を背に、実行委員会は12日に上京し、野田佳彦首相や森本敏防衛相ら政府関係者や、各政党に配備撤回を求める。10月初旬には訪米要請行動を取る。
八重山と宮古の地区大会に参加した5市町村長を除く全36市町村長や代理が大会に参加。壇上には県議、県選出・出身国会議員や市町村議会議長らが並んだ。
大会では5人の共同代表があいさつ。県議会を代表して喜納昌春県議会議長は「オスプレイは、今年も墜落事故を起こしており、まさに構造的な欠陥機と言わざるを得ない」と批判。市町村長をまとめた翁長雄志県市長会会長は「頻発する事故を受けて、住民の頭上をオスプレイが飛行するのは到底認められない」と訴えた。
オスプレイが配備される予定の普天間飛行場を抱える宜野湾市の佐喜真淳市長は「市民のさらなる基地負担につながり、安全性の担保のないオスプレイを普天間に配備する計画を決して認めることはできない」と述べ、断固として配備に反対する決意を示した。
仲井真弘多知事のメッセージが紹介されたが、欠席した知事への怒号が飛び、一時騒然となった。
実行委の玉城義和事務局長は、オスプレイの運用で影響を受ける全国の自治体に大会決議の採択を要請することや、毎週末の普天間飛行場ゲート前での抗議集会、署名活動など今後の運動を提起。城間俊安県町村会会長のガンバロー三唱で締めくくった。
県民大会は実行委構成団体の31団体と、153団体が共催した。参加者は県内配備を推進する日米両政府に「レッドカード」を突き付けるため、シンボルカラーである「赤」の衣服や小物を身に着けて、会場を赤く染めた。
ttp://ryukyushimpo.jp/news/storyid-196701-storytopic-252.html
琉球新報社説 県民大会決議/差別と犠牲の連鎖断とう 沖縄の正当性は自明だ2012年9月10日
続々と会場に向かう人の波を見て、沖縄の人々の良識を思った。オスプレイ配備に反対する宜野湾市での県民大会に10万1千人(主催者発表)が参加した。一文の得にもならないけれど、貴重な時間を投じ、公のために動く人々がこれほど大勢いる。われわれはそれを誇りに思っていい。
それに引き替え、「配備は米政府の方針で、日本がどうしろこうしろという話ではない」(野田佳彦首相)という国家トップの発言の、何と軽いことか。住民の命を守る責任も、国の主権も放棄するこの政府にもはや当事者能力はない。沖縄が主体的に解決したい。
生けにえのごとく
それにしても、「差別」や「犠牲」を強要されているという認識が、これほど繰り返された大会はかつてなかった。
大会で共同代表の平良菊・県婦人連合会会長は「沖縄の心を、子どもを犠牲にして、日本の平和が成り立つのか」と問い掛けた。翁長雄志那覇市長は「沖縄は戦前、戦中、戦後、十分すぎるほど国に尽くしてきた。もう勘弁してほしい」と述べた。
日本が米国の歓心を買うために、生けにえのごとく県民が差し出される構造は、もうたくさんだ。あいさつにはそんな思いがにじみ出ていた。今やこれは県民の共通認識と言っていい。
過去、沖縄への基地集中は「地理的優位性」などという論理で正当化されてきた。だが、軍事合理性に照らしても配備の集中はむしろ非合理的だというのは、軍事専門家も指摘することだ。
国土の0・6%の沖縄に米軍専用基地の74%があることの不条理は繰り返し指摘されてきたが、政府に、県外移設でそれを改善する意思はない。基地の集中は単に本土が嫌がった結果だというのは、もはや隠しようもない事実だ。
非民主主義的差別性は米国にも共通する。ハワイでは環境影響評価によって訓練計画を撤回した。ニューメキシコ州では住民の要求で訓練を延期した。だが沖縄では全く聞く耳を持たず、米国内なら厳格に守る設置基準も沖縄ならば無視する。まさに二重基準、差別にほかならない。
差別は「足して二で割る」手法では解決できない。「差別が半分だから許す」という人はいないからだ。ひとたび差別的扱いを自覚すれば、それを解消するまで引き下がれない。その意味で県民の認識は分水嶺(れい)を越えているのだ。
こうした認識は必然的に、本来あるべき状態の模索に行き着く。犠牲を強要される身分を脱し、尊厳ある取り扱いを求める。県民大会はその表れにほかならない。
分断統治
大学生の加治工綾美さんが話す「この青い空はアメリカのものでも日本政府のものでもなく、県民のもの」という言葉は、胸を打った。われわれは誰かの犠牲になるために生まれてきたのではない。その思いは県民共通だろう。
近現代史に連綿と続く差別と犠牲の連鎖を断とう。大会の成功を、そのための出発点にしたい。
ここで大切なのは、県民が結束を維持することではないか。植民地統治の要諦は「分断統治(divide and rule)」という。植民地の住民が仲間割れしていれば、宗主国はさも善意の第三者であるかのように装って君臨できる。米国にも日本政府にも、そのような顔をさせないことが肝要だ。
大会決議はオスプレイ配備を「断じて容認できない」と強調した。つい3日前にも安全飛行できず緊急着陸したばかりの欠陥機を、住民がひしめく沖縄に配備する危険性は誰の目にも明らかだ。
日米両政府は撤回の意思をまだ示さないが、理は沖縄にある。二重基準がまかり通る今の日米の姿を、100年後の世界ならどう見るか。決議は「沖縄はこれ以上の基地負担を断固拒否する」と述べたが、沖縄の要求には世界史的正当性がある。丹念に国際世論に訴え、揺るがぬ決意を示したい。http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-196700-storytopic-11.html(引用ここまで)
沖縄タイムス オスプレイ拒否 10万人 「差別」に抗議2012年9月10日 08時08分
>>9月10日1面(2.29MB)
「オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会」(主催・同実行委員会)が9日、10万1000人(主催者発表)が参加して宜野湾海浜公園で開かれ、オスプレイ配備計画の即時撤回と米軍普天間飛行場の閉鎖、撤去を日米両政府に求める決議を採択した。参加人数は、復帰後に開かれた米軍基地関係の県民大会としては過去最多で、「非常に大きなインパクトを持つ歴史的な大会」(共同代表の喜納昌春県議会議長)となった。
大会あいさつで、共同代表の県市長会の翁長雄志会長は「沖縄県は戦前、戦中戦後、十分すぎるくらい国に尽くしてきた。もう勘弁してくださいと心から国民全体に訴えたい」と述べた。経済団体として今回初めて共同代表に就いた県商工会連合会の照屋義実会長も「配備反対は生きていく上で当然の要求だ」と指摘した。
日本政府に対米追従姿勢を改めるよう求める声も相次ぎ、連合沖縄の仲村信正会長は「沖縄は米国の植民地ですか」、県婦人連合会の平良菊会長は「日本国民を守るのが日本政府ではないですか」と問いかけた。宜野湾市の佐喜真淳市長も「1996年の普天間飛行場返還合意の原点は県民の基地負担軽減だったはずだ」と疑問を呈した。
大会には、出張中の与那国町長を除き、県内40市町村ほとんどの首長または代理が出席。仲井真弘多知事が「県民の不安が払拭されない限り配備には絶対に反対だ」とするメッセージを寄せたほか、党務のため欠席した島尻安伊子参院議員(自民)を除く県出身国会議員7人が出席。県議、市町村議も超党派で駆けつけた。
大会では「すでにイエローカードを超えている」との警告を込めて統一カラーを赤に設定。会場は赤く染まり、会場に来られない人々も赤いリボンなどで意思表示した。同時開催された宮古大会には1500人、八重山大会には500人が参加した。
実行委員会は13日に上京し、首相官邸や防衛省に要請する。さらに「大会を出発点にする」(玉城義和大会事務局長)ため、10月初旬の訪米や普天間ゲート前での定期的な抗議、全県的な署名活動、オスプレイの飛行ルートにあたる県外自治体との連携を検討する。
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-09-10_38770(引用ここまで)
沖縄タイムス社説 [オスプレイ県民大会]民意は明確に示された2012年9月10日 10時15分
沖縄戦を体験したお年寄りから子どもまで、家族ぐるみで、個人で、団体で、会場に向かう人の列が途切れることがない。会場は怒りの「レッドカード」の赤で染まった。
宜野湾海浜公園で開かれた米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ配備に反対する県民大会に、主催者発表で約10万1000人が参加した。米軍基地がらみの集会で復帰後、最大。民意のうねりが鮮明になった。宮古、八重山でも大会が開かれた。
ソーシャルワーカー與古田ちはるさん(29)=那覇市=は居ても立ってもいられずやってきた。1歳の長女をだっこしながら、おなかには7カ月の長男がいる。「子どもたちの未来を守りたい。オスプレイは配備されれば、必ず落ちる。最近の事故が証明している」と危機感に駆られている。仕事で参加できなかった夫(39)や、職場の同僚らの思いも携えてきた。
今帰仁村老人クラブは男女約20人で早朝に出発した。仲松保雄さん(68)は「オスプレイは沖縄中を飛び回る。宜野湾市だけの問題ではない。私たちも当事者だ。はっきりと意思表示をしなければならないと思った」と語った。
会場を回ると、日米両政府の強行配備に対する批判とともに「自分の問題として参加した」「沖縄中が危険地帯になる。人ごとではない」など切羽詰まった声が聞かれた。
1996年に日米合意した米軍普天間飛行場返還の原点は何だったか。過重な基地負担の軽減と危険性の除去だったはずである。日米両政府が危険性の除去を何ら行わない中で、オスプレイを配備しようとするのは暴挙である。
野田佳彦首相は当初「米政府にどうしろ、こうしろという話ではない」と語っていた。県民の生命・財産よりも安保体制優先である。どこを向いているのか。対米従属姿勢は情けない限りだ。森本敏防衛相も「地元を説得する自信はない」と言いながら配備計画を変更する考えはない。問答無用の無理押しである。
県民大会は、県民の代表である県議会、市町村民の代表である41市町村議会の反対決議に支えられている。
日米両政府は民意を正面から受け止めなければならない。配備はあり得ない民意だ。強行すれば「怒りのマグマ」は臨界点に達するだろう。
2004年8月13日、沖縄国際大学に普天間所属のCH53大型輸送ヘリが墜落、炎上した事故は、奇跡的に民間人の被害は出ず、「最後の警告」といわれた。
相次ぐオスプレイの墜落と緊急着陸は普天間配備に対する危険性のシグナルである。
広大な土地の中にある米本土の基地と住宅密集地の中にある普天間飛行場とでは基地の在り方が全く違う。
米国の軍事専門家でさえ「普天間飛行場周辺で緊急着陸の場は確保されているのだろうか」と懸念するくらいだ。そもそも、狭隘(きょうあい)な沖縄でオスプレイの訓練をすること自体が県民を事故に巻き込む危険性と背中合わせである。
飛行・離着陸訓練は、伊江島補助飛行場を含め、北部訓練場、キャンプ・シュワブ、キャンプ・ハンセンなどで行われる。至る所で飛ぶことになり、危険性は県内全域に拡散する。東村高江で建設が強行されている着陸帯はオスプレイと連動しているのは明らかだ。
県民大会は終わったが、正念場はこれからである。
実行委員会は今週半ばに政府に要請し、来月初旬には訪米を予定している。
県内では地域ごとに集会を開催し、反対の声を草の根から積み上げていく。普天間飛行場のゲート前では、曜日を決めて継続的に反対集会を開くことを検討する。最近では見られなかった取り組みだ。
オスプレイの低空飛行ルートは全国に張り巡らされ、「本土の沖縄化」が進む。関係自治体に大会決議を送付して議会決議を働き掛けるなど連携と交流を強める考えだ。
危険の警告が発せられ、民意は示された。森本防衛相は11日に県を訪れ、米フロリダ州での墜落事故を「人為的ミス」と報告する。宮森小に米軍戦闘機が墜落した追悼の日の6月30日に佐喜真淳宜野湾市長にオスプレイの受け入れを要請した件といい、感情を逆なですることばかりだ。http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-09-10_38798(引用ここまで)