民主党が大敗し、自民党・公明党が政権に返り咲いた2012年総選挙。
政権交代は「一強多弱」の始まりとなったが、同時に90年以上続く「長寿政党」共産党の新たな興隆の始まりでもあった。2013年参院選では改選3に対し8議席獲得。2014年総選挙では8議席から21議席と、まさに躍進続きだった。
そんな「波に乗る」共産党が、2015年9月に国会を通過した「安全保障法制」を廃止にするべく、「国民連合政府」構想を打ち上げた。民主党をはじめとする全野党に協力を呼びかけ、「安保法制廃止」一点に絞って本年7月の参院選で選挙協力をしようというのである。
しかし民主党保守派を中心に抵抗感が強く、「あり得ない」(民主党 岡田克也代表)、「シロアリみたいなもの」(民主党 前原誠司元外相)、とまで言われてしまい、構想は進んでいない。
一体、なぜ共産党はそこまで嫌われるのだろうか?(特に若い世代は知らない人が多いだろう)
愛国者の邪論 前原氏らが何故共産党を嫌うか!その点について、具体的に検証すべきです。以下、ホンネが出ています。前原氏らの思想の背後にある者が浮き彫りになります。
民主党 前原議員「 共産党はシロアリみたいなもの」15/11/14
https://www.youtube.com/watch?v=wW0TMHFQ70A
あぁ~~ぁ~~。。。言っちゃった。。シロア・・・ぷぷぷっw 司会者&コメンテーター笑いを堪えるのに必死w 前原君、離党して自民党に来なさい。
民主党解党を画策の前原、細野、長島の本音は安保法制推進! 背後に米国ジャパンハンドラーとの癒着が
そもそも共産主義とは何か
共産主義とは、財産の一部または全部を人々の共有のものとし、階級と、階級間の搾取のない社会を作りだすという政治思想である。
では、どのようにそのような社会を作るのか。資本家をはじめとする特権階級は、労働者階級に同情し、自らの財産や特権を話し合いなどの平和的手段によって手放し、抑圧を止めることはあり得ないと考えられた。したがって、暴力革命によって労働者階級が特権階級を駆逐するしかないという立場を取るのが共産主義である。
愛国者の邪論 まず第一に、「財産の一部または全部を人々の共有のものとし」論が間違いです。これは戦前の治安維持法思想と同じです。
治安維持法 https://ja.wikipedia.org/wiki/
1925年(大正14年)法の構成要件を「国体変革」と「私有財産制度の否認」に分離し、前者に対して「国体ヲ変革スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シタル者又ハ結社ノ役員其ノ他指導者タル任務ニ従事シタル者ハ死刑又ハ無期若ハ五年以上ノ懲役若ハ禁錮」として最高刑を死刑としたこと
共産党宣言 一 ブルジョアとプロレタリア
http://redmole.m78.com/bunko/kisobunken/sengen1.html
共産党宣言 二 プロレタリアと共産主義者
http://redmole.m78.com/bunko/kisobunken/sengen2.html
共産党宣言 三 社会主義的および共産主義的文献
http://redmole.m78.com/bunko/kisobunken/sengen3.html
共産党宣言 四 種々の反政府党にたいする共産主義者の立場
http://redmole.m78.com/bunko/kisobunken/sengen4.html
第二には、「資本家をはじめとする特権階級は…話し合いなどの平和的手段によって手放し、抑圧を止めることはあり得ないと考えられた。したがって、暴力革命によって労働者階級が特権階級を駆逐するしかないという立場」論も問題です。一つは、この論者の「特権階級」の「抑圧」=「暴力」は全く問題にしていないという事実です。二つは、ヨーロッパにおいては、「共産党宣言」が書かれた1848年頃の時代の前後の歴史を検証しながら、そもそも「共産主義運動」が、「暴力一辺倒」だったかどうかです。更に言えば、その後の、いわゆる「共産主義革命」が「暴力」を伴ったのは何故か!そのことの検証をぬくことはできないでしょう。
このことを抜きにして「暴力革命によって労働者階級が特権階級を駆逐するしかないという立場を取るのが共産主義」だというのは誤りと言わなければなりません!
市民革命 https://ja.wikipedia.org/wikiBD
1848年革命https://ja.wikipedia.org/wiki/1848
http://www.y-history.net/appendix/wh1201-093.html
パリ・コミューン https://ja.wikipedia.org/wiki
チャーティズム https://ja.wikipedia.org/wiki/%
それでは、そもそも「共産主義」とは何でしょうか?そのヒントは、ここでは「共産党宣言二 プロレタリアと共産主義者」「パリ・コミューン」にありますので、そこで掲げられた政策をご覧いただければと思います。簡単にいえば、「COM]とは何か!です。
日本共産党の発足
日本共産党は1922(大正11)年に「共産主義インターナショナル」(通称コミンテルン)日本支部として結成された。戦前・戦中は政府による激しい弾圧を受けるが、戦後合法政党として活動を再開し、「細胞」と当時称された学校や党員の職場等における基礎組織を中心に、党勢を拡大する。
愛国者の邪論 何故弾圧を受けたか!どのような弾圧を受けたか!その弾圧は現在の憲法では絶対に許されるものではないことは一目瞭然です。しかし、この点を曖昧にして「なぜ共産党は嫌われているのか」は解明できません!多くの国民が「嫌っている」のは、実は「嫌わされている」のか、それとも、そもそも「共産党」「共産主義」そのものを「理解した」うえで「嫌っている」のか、全く解明されていないからです。ゴマカシ・スリカエ・デタラメはやめるべきです。
1951(昭和26)年には「日本の解放と民主的変革を、平和の手段によって達成しうると考えるのはまちがいである」とする「51年綱領」を決定。さらに、「われわれは、武装の準備と行動を開始しなければならない」と「軍事方針」を定めている。
当時共産党が直接・間接的に関与したとされる事件は数多いが、一例を挙げると1952(昭和27)年の「吹田事件」(朝鮮戦争反対に関して暴力的なデモ行進を行った)や、同年の「血のメーデー」(デモ隊1名が死亡、デモ隊・警官隊合わせて約1,000名が負傷)などがある。
しかしこのような路線は国民の理解を得られず、1952年の衆議院議員選挙と翌年の参議院議員選挙では全ての候補者が落選する。困難な状況に直面した日本共産党は、1958年には方針転換を行う。それまでの混乱や武装闘争路線は一部の指導層の独断によって行われたものであり、党中央組織とは関係がないとした。この認識は現在に至っても同じである。
愛国者の邪論 天皇制政府によって非合法化され、敗戦によって投獄から解放され、そして、占領軍によって非合法化される一連の経過と共産党の方針を解明する必要があるでしょう。戦後は占領軍によって監視の対象とされ続けていたことは、今日明らかです。
知られざる“同胞監視”
NHK クローズアップ現代 2013年11月5日
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3425_all.html
アメリカ=GHQの占領政策 ① 「マスコミ他編」
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2007/07/329.html
ぬぐえない暴力に対する不信感
これ以降、徐々に内部抗争や金銭的腐敗を一掃し、クリーンなイメージを打ち出すことになる。近年では共産党関係の目立った暴力事件は見られず、また党の綱領からも先鋭的な表現はなくなってきている。
しかしこれは第一段階として資本主義体制の枠内で民主的方法で勢力を伸ばし、第二段階で社会主義・共産主義国家樹立 へと動く戦略に基づくものであり、将来的に再び暴力的な手段に訴えないとはいえない、という慎重な見方も根強い。警察庁では、依然として共産党を「暴力革命の方針を堅持する日本共産党」 として「重大な関心」 を払っている。
愛国者の邪論 そもそも「警視庁」を引き合いに出すことそのものが憲法的感覚を欠落させていると言わなければなりません。戦前の特高思想が現在進行形です。しかも、そもそも、現行憲法下の現代日本において、政治を暴力的に行うなどということがあり得るか!許されるか!です。全くの妄想と言わなければなりません。そのことは、以下の「宣言」を視れば一目瞭然です。
共産圏の世界的な退潮
また、共産圏の現状も共産党に対する信頼喪失につながっている。第一に旧ソ連の崩壊はソ連型社会主義の理論的失敗を露呈した。それにも関わらず、綱領で表現されている「社会主義・共産主義社会の実現」という理想や、党名を変えない点が、時代錯誤であると考えられても不思議ではない。
次に中国や北朝鮮、旧ソ連を含む他のほとんどの社会主義国で見られるように、いずれの国も「民主的」を謳いながらもおよそ一般的な感覚の「民主的」とはかけ離れた政体となっていることである。
これは、共産主義の実現のためには、一時的に「プロレタリアート」(労働者階級)による独裁(プロレタリアート独裁)が必要であるという理論に依っている。理論上共産主義の実現と(一時的な)独裁は切り離せないものであり、社会主義国家の多くが独裁体制になっているのはこのことによる。
日本共産党も1961年の綱領からプロレタリアート独裁の文言が入っていたが、1973年綱領では「プロレタリアート執権」となり、1976年にはその言葉も消えている。現在は革命の第一段階では「議会制民主主義の体制、複数政党制、政権交代は堅持する」と綱領に記載されている。
愛国者の邪論 一つは、外国の「共産党」の事例を出すことで、「日本共産党」の「イメージダウン」を謀ってきたことを黙殺することはアンフエァーです。「日本共産党」が日本の政治の中で、「ソ連共産党」「中国共産党」「朝鮮労働党」などと同じような蛮行をやったのであれば、批判されて当然です。しかし、実態は全く逆で、外国の共産党の蛮行を利用して、宿敵共産党のイメージダウンを謀って選挙などに勝ってきたことを曖昧にすることはできません!
二つ目は、共産党の「綱領」をよくよく読めば、「第一段階」「第二段階」などという言葉、「段階」論は使っていません!論者の思い込みでしょう!もっと丁寧な読解力が必要不可欠です。以下関係する部分をピックアップしてみました。
1.現在、日本社会が必要としている変革は、社会主義革命ではなく、異常な対米従属と大企業・財界の横暴な支配の打破―日本の真の独立の確保と政治・経済・社会の民主主義的な改革の実現を内容とする民主主義革命である。それらは、資本主義の枠内で可能な民主的改革であるが
(1)当面のさしせまった任務にもとづく共同と団結は、世界観や歴史観、宗教的信条の違いをこえて、推進されなければならない。
(2)統一戦線の発展の過程では、民主的改革の内容の主要点のすべてではないが、いくつかの目標では一致し、その一致点にもとづく統一戦線の条件が生まれるという場合も起こりうる。党は、その場合でも、その共同が国民の利益にこたえ、現在の反動支配を打破してゆくのに役立つかぎり、さしあたって一致できる目標の範囲で統一戦線を形成し、統一戦線の政府をつくるために力をつくす。
2.民主連合政府の樹立は、国民多数の支持にもとづき、独占資本主義と対米従属の体制を代表する支配勢力の妨害や抵抗を打ち破るたたかいを通じて達成できる。
民主連合政府は、労働者、勤労市民、農漁民、中小企業家、知識人、女性、青年、学生など国民諸階層・諸団体の民主連合に基盤をおき、日本の真の独立の回復と民主主義的変革(へんかく)を実行することによって、日本の新しい進路を開く任務をもった政権
3.民主主義的変革によって独立・民主・平和の日本が実現することは、日本国民の歴史の根本的な転換点となる。日本は、アメリカへの事実上の従属国の地位から抜け出し、日本国民は、真の主権を回復するとともに、国内的にも、はじめて国の主人公となる。民主的な改革によって、日本は、戦争や軍事的緊張の根源であることをやめ、アジアと世界の平和の強固な礎の 一つに変わり、日本国民の活力を生かした政治的・経済的・文化的な新しい発展の道がひらかれる。日本の進路の民主的、平和的な転換は、アジアにおける平和 秩序の形成の上でも大きな役割を担い、二一世紀におけるアジアと世界の情勢の発展にとって、重大な転換点の一つとなりうるものである。
4.日本の社会発展の次の段階では、資本主義を乗り越え、社会主義・共産主義の社会への前進をはかる社会主義的変革が、課題となる
(1)社会主義的変革の中心は、主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手に移す生産手段の社会化である。社会化の対象となるのは生産手段だけで、生活手段については、この社会の発展のあらゆる段階を通じて、私有財産が保障される。
(2)社会主義的変革の中心は、主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手に移す生産手段の社会化である。社会化の対象となるのは生産手段だけで、生活手段については、この社会の発展のあらゆる段階を通じて、私有財産が保障される。
(3)社会主義的変革は、短期間に一挙におこなわれるものではなく、国民の合意のもと、一歩一歩の段階的な前進を必要とする長期の過程である。その出発点となるのは、社会主義・共産主義への前進を支持する国民多数の合意の形成であり、国会の安定した過半数を基礎として、社会主義をめざす権力がつくられることである。そのすべての段階で、国民の合意が前提となる。(引用ここまで)
独自路線の貫徹が独善的との批判を招いた
また、共産党は他の政党とめったに選挙協力をしない。これは政策の違いの他に、日本社会党と長年対立してきたこと(したがって元社会党議員が多く在籍する現在の社民党や民主党とも相容れない)や、組織強化の戦略として選挙ごとに独自候補を擁立する方針を取っていることなどが理由として挙げられる。(このことは、結果的に野党陣営の票を割ることになり、共産党が打倒したいと考えているはずの与党を多くの場合利する結果になっている。)
加えて、これまでの歴史で共産党系の団体の多くが分裂を起こしてきた。1948年に生まれた「全日本学生自治会総連合(全学連)」は共産党の強い影響を受けていたが、1955年の共産党の方針転換により影響下から離れる。その後新左翼系学生達と共産党系の学生達の間で激しい争いが起こった。
また、1965年に部分的核実験禁止条約への対応をめぐって「原水爆禁止日本協議会(原水協)」(主流派:共産党)から社会党系グループ、日本労働組合総評議会(当時)系グループが脱退し、「原水爆禁止日本国民会議(原水禁)」を設立した。
解放同盟は元来共産党の影響が強かったが、政府の同和対策方針に対する確執から、同盟内における支持を失い、険悪な関係となっている。
愛国者の邪論 このことは、一つ一つの「事実」をその時その時の状況の中で検証すべきであって、十把一絡げに論ずることはできません!共産党の選挙問題で言えば、沖縄・岩手・大阪・堺市などを視れば一目瞭然です。しかし、このことは全く触れていません!
1963年部分的核実験停止条約の評価とその後の問題、ソ連の評価の問題、70年代の「革新連合政権構想」問題、1980年の「社公合意」に対する評価と革新自治体構築と崩壊の問題、総評解体と連合結成の問題、解放運動と同和行政の一本化、差別糾弾闘争の問題など、全く語っていません。
ここに、論者のアンフェアーぶりを指摘しておかなければなりません。
変革への本気度が問われる共産党
以上、共産党につきまとうネガティブなイメージは、主に党が実現しようとする「共産主義」そのものに対する嫌悪感と、これまでの歴史で積み上げてきた様々な不信感が基盤となっているようである。
上記で紹介したように、近年は暴力事件も起こしていなければ、綱領も現実路線に切り替わってきている。しかしそれがどこまで「共産党の本心」なのか、共産党は本当に変わる気があるのか、多くの人がいまだ疑心暗鬼であることの表れが、冒頭の「国民連合政府」構想の否定につながっているのだろう。結党94年を迎える老舗政党の本気度が、今問われている。
愛国者の邪論 「共産党の本気度」論は別の視点から視れば、この言葉に共感するものです。それは
1.論者のような視点を踏まえると、外国の事例で「共産主義」を論ずるのではなく、日本の歴史の中に、実は脈々と「共産主義」が流れていたことを整理して解明いて日本型共産主義運動を語ることです。そのためにも「党名」問題の検討は必要不可欠です。「com」の正しい解釈です。
2.その中心に日本国憲法を活かす!を位置付けることです。憲法を徹底いていくことこそが、日本の『共産主義』社会を実現いていくことになるということです。その中核は「民主主義」です。
3.このような視点にたって、日本の「保守」層と言われている人びととの連携を構築するための理論を整理することです。とりわけ戦前は天皇制を支えていた勢力との連携です。このことは現在日本の沈没化を視れば、また安倍首相の政策を視れば、急いでやるべきです。
4.以上を踏まえると、どこの目線で一致して「共同」行動を推進していくのか、「原則性と柔軟性」、「多様性の統一」論を磨いていくこと、「自分の言葉で語る共産党」論を多様に展開できるようにすることです。