迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

あらためてあらためてあらためて。

2015-05-02 18:45:27 | 浮世見聞記
春の大祭が行われている明治神宮で、伝統芸能の奉納を観る。


狂言は和泉流の「清水」、能は半能で喜多流「養老」。

力強い謡いや囃子の音色が、新緑に囲まれた神前に澄み渡り、我が国の芸能の原点-神仏との結び付き-を改めて感じる。




昼過ぎからの奉納は長唄の日本舞踊で、素踊りの「外記猿」と衣裳付の「藤娘」。



今年二月に梨園随一の舞踊の名手が急逝したことは、いかに大きな痛手と損失であるかを、改めて思わせる。


そして、能楽の地謡が完全な肉声であるのに対し、こちらの地方(長唄)はマイクを用意しており、



近代に入るまで主に野外の舞台でうたわれてきた謡曲と、芝居小屋や座敷などの屋内で発達した江戸音楽とのはっきりした違いを、改めて知る(もっとも、薪能では普通にマイクが使用されているが、現在のそれは“イベント”として行われているのがほとんどなので、話しはまた別である)。
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