公園のフウが、だんだんと秋色に染まり始めた。このころにはちゃうどいくつかの色が重なり、いとをかし。令和三年も、あとひと月。今年もここまで来た。ここまで生きてきた。それを、来る年へとつなひで行かん。 . . . 本文を読む
都内忘所の時間貸し駐車場脇に設置されてゐる自販機で見つけた、「黒糖ラテ」。大阪の大手ではない會社の製品で、琉球産と云ふ黒糖と、生クリームとが素直に融合し、嘘のない美味を奏でる。微妙な微糖モノばかりで藝のない大手に飽き飽きしてゐた折柄、百圓玉でちょっとしたシアワセを得る。 . . . 本文を読む
東京では日中に冷たい風が強く吹き、街路の樹々は寒さに枝を震はし葉を散らす。白く照った道をいく人々は肩を尖らせ、まだひと月あるはずの年の瀬が、まう来たのかと心を惑はす。窓の内にひとり坐し、かうしてゐることがいまは利口と知る。そのうちにあの風が、なにか嬉しい噺を聞かせてくれるだらう。 . . . 本文を読む
ラジオ放送で、觀世流の「屋島」を聴く。讃岐國屋島を舞台に、武運絶頂期にあった頃の源義経を燦爛勇躍に描ひた戰勝曲なれど、修羅の瞋恚もちゃんと語られてゐる點に皮肉な面白さがある。私も過去に仕舞でつとめたことがあるが、ひねくれたところの無いぶん直球かつ豪快に……、舞へるやうになったら一人前だらう。原典の「平家物語」を讀むと、義経軍にはこの合戰中にも後の火種を思はせる暗闘が顔を覗かせてゐて、いくさとはただ . . . 本文を読む
傍らにあった半世紀近く昔に出版された國語辞典を何の気なしに手に取り、パラパラとめくってゐるうちに、巻末付録の「金言名句集」に目がとまる。年齢の數だけ思ひ當る金言名句の數々、そして苦笑の數々。その一句一句を戒めと心得てゐたら、とても私が私でなくなる。ほかにもいろいろな付録がある。私のまだまだ識らぬことが、そこには詰まってゐる。ややや。こんな寶庫が、私の傍らにゐたとは……! . . . 本文を読む
縁あって訪れた寺院で、縁起ものに逢ふ。なんてんせんりゃう来る年に良きことへ望みをかける、さういふひと時が、いちばん樂しい時間なのかもしれない。浮世では、感染者數が少なく推移してゐることを受けて、觀光事業の再開を計画云々。昨年ならば、なにをばかな……! と呆れるところだが、今ではそろそろ可能なところから再開してみても良いのではないか、と思ったりする。けっきょく浮世が動かなければ、私自身 . . . 本文を読む
鎌倉歴史文化交流館にて、「頼朝以前~源頼朝はなぜ鎌倉を選んだか~」展を観る。源頼朝が初の武家政権を樹立したことで、俄かに鎌倉の地名が歴史の表舞台に現れた感があるためか、それ以前の鎌倉につひては全く考へたこともなく、漠然と「未開の地」だったやうに思ってゐたが、それはとんでもない認識不足であることを思ひ知らされる。奈良時代の天平年間には既に古東海道の要所として「鎌倉郡家(かまくらぐうけ)」のおかれた地 . . . 本文を読む
都内忘所の裏道で、賃走中のタクシーが後輪をガードレールの先端にぶつけ、激しい衝突音と共にホイールが歩道に吹っ飛ぶ事故を目撃す。タクシーは急停車し、運転席から中年女の乗務員が「あらあらあら……」と間の抜けた表情で飛び出して、ぶつけた後輪の様子を見に走った。後部席では乗客が二人、額を打ったらしく、そこへ手を當てながら怯へた表情を浮かべてゐる。女乗務員がまず取るべき行動は、タイヤを見ることではない。或る . . . 本文を読む
昭和二十五年(1950年)七月に青年僧の放火によって炎上する鹿苑寺金閣を目撃した、その弟弟子だった僧の逝去を知る。 戰火を免れて放火で焼失した金閣の運命は、それから數十後に生まれた私にも強い衝撃を與へ、學生時代には三島由紀夫の「金閣寺」を、成人後には市川雷蔵主演で映画化された「炎上」(昭和三十三年 大映)を名画座で観てゐる──そこでは二代目中村鴈治郎が師僧役で名演をのこしてゐる──。私が初めて金 . . . 本文を読む
ラジオ放送で、觀世流「野宮」を聴く。古作「葵上」では嫉妬が昂じて生靈となって現れた六條御息所が、この曲では死後も嵯峨野の齋宮跡でいまだ光源氏との思ひ出から解脱出来ずにゐる姿となって現れる。謠の詞章も、「火宅の門をや出でぬらん、火宅の門」と尻切れトンボに終る珍しい書き方をすることで、この高貴な女性が現世に強い未練を残してゐることを、抑へた調子のなかにも強く印象付けることに成功しており、不詳の作者の非 . . . 本文を読む
私はバスと云ふ乗り物が、あまり好きではない。しかし、一時間に一便しか来ないその路線バスだけは、別である。これから先も永く記憶されるであらう出来事のなかにゐる時、必ずお世話になってゐる。とても助けてもらってゐる。それら出来事がきれいな印象を残してゐるのは、この一時間に一便の路線バスのおかげでもある。それは、私が人生で感謝する事柄の一つに入ってゐる。 . . . 本文を読む
落語家の川柳川柳師が今月十七日、九十歳の天壽を全うしたと知る。六代目三遊亭圓生門下を破門されたのちに五代目柳家小さん一門へ移り、「川柳川柳(かわやなぎ せんりゅう)」と洒落た高座名を名乗って一代限りな特異の新作物で活躍した噺家。代表作の一つである「ジャズ息子」を音源で初めて聴いたときの毒の効いた破壊力抜群な面白さは、いまでも忘れられない。最晩年に出演した橫濱市港北區の大倉山記念館で催された「敗戦落 . . . 本文を読む
樂しみに利用してゐる地元地区センターのリサイクル本コーナーへ、今日は讀み終へた本を提供しに行く。その棚にいつの間にやら、↓な注文が貼り出されてゐた。曰く、“シミやヤケてゐる本は誰も利用しません”──さうか……?少なくとも私は、それが讀みたいと感じた本ならば、全く氣にせず有り難く頂ひて帰る。さういふ本はむしろ歴史を感じさせて、いとをかし。そもそも本とは見た目にあらず、中身なり。転賣屋で . . . 本文を読む