「三河島事故」
『戦後、国鉄(当時)常磐線で起きた列車の大衝突事故』-その程度の知識は、小学生の頃より私にもあった。
確か、父の勤めていた企業が発行した記念誌を暇つぶしに何となくめくっていたら、社会的事件のページに写真入りで紹介されているのを、見たのだと思う。
めちゃくちゃに壊れた電車が横転している様子は、子ども心にも衝撃的だったと記憶している。
北村薫の小説「リセット」のなかにも、こ . . . 本文を読む
そこで目にしたものは
おびただしい数の屍
ここは人が住む場所ではない
そうなのだ
なにもここでなくてもよいはずなのだ
すべては
荒波に揉まれる笹舟
こちらから頼ったのか?
向こうがわたしの袖をとらえたのだ
だからわたしは振り払う
卑怯か?
袖をとらえた己れを恨むことだ
いくら畳を叩いたところで
その法力など効きはしない
心はまだ朦朧としている
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少年時代を過ごした町へ出掛ける用事があったついでに、その頃よく通った図書館を、久しぶりに訪ねてみた。
エントランスまで来て、今日は休みの日であることに気が付く。
学校から帰ると、すぐに自転車を飛ばしてここへやって来て、「伝統芸能」コーナーで蔵書の全てを、閉館時間まで読み漁っていたもの。
その時に蓄積されたデータは、今も現役フル稼働中。
かつて本の栞に、こんな一文が印刷されていたのを . . . 本文を読む
“あら、待ったのよ”
その人はわたしの顔を見るなり、口を尖らせた。
わたしは何と返事をするべきか、戸惑った。
“どうせ、他にオンナでも出来たんでしょう”
わたしは、それはないさ、と、それだけはすぐに答えた。
そうしなければならない予感がしたから。
“ま、いいわ。そういうことにしておいてあげる”
そして、
“さあ、行きましょ”
と、わたしの手を取ろうとした。
しかし、その人 . . . 本文を読む
向こうに見える明かりの先には、一体なにがあるのだろう、などと考えてはいけない。
なにもないよ。
いいがっこうも、
いいかいしゃも、
なにもないよ。
夢は夢だから楽しい、などと気が付くころには、もう手遅れになっているんだ。
それよりも、自分の足元をよく見てごらん。
そこに落ちている小銭を拾うほうが、
よっぽど利口だ。 . . . 本文を読む
「おや」
「あら」
「お久しぶり
お久しぶり」
「どちらまで行かれますの?」
「この切符が使える駅まで」
「ふふ。変わっていませんのね」
「わたしは変わるつもりなんてないさ。それであなたは?」
「“あの町”まで」
「ほう。またどういう風の吹き回しで?」
「そうねえ…。時が解決してくれたから、かしら?」
「なるほど。あれから…」
「七年、ですわ」
「そうだ、七年だ。あなたに . . . 本文を読む
うつくしき盛りを過ぎんとせし頃、
やうやうその心に出逢ふ。
あまりにも
近くにゐるがゆゑに
気が付かざりし我が身の
おろかさよ。
待て暫し。
五衰はまだ早きぞ。
再び逢わんその日のために
けふを限りに咲きたまへ。
けふを名残りに咲きたまへ。 . . . 本文を読む
京浜急行線の横浜駅~戸部駅間にかつて存在していた、「平沼橋駅」。
第二次大戦さえなければ、東急東横線の旧並木橋駅と同じく、空襲で姿を消すことなど、なかったはず。
旧並木橋駅は、線路の地下化によって跡そのもの消滅しようとしているが、こちらはまだ、かつてのホームが遺されている。
改札口からホームへ上がる階段も遺ってはいるが、
現在橋脚の耐震化工事が行われているため、近いうちに撤去されて、 . . . 本文を読む
第二次大戦によってその美しい姿を長らく損なわれていた東京駅丸の内口の駅舎が、いま復原工事の大半を終えて、開業当時の姿を見せている。
明治の大建築家、辰野金吾博士の代表的建造物が、いま半世紀以上の時を経て、蘇ろうとしているのだ。
この美しい建物を見上げると、かつてこれらを破壊した戦争と云うものに対して、愚かさと、強い怒りを感じずにはいられない。
そして、この美しい駅舎を取り囲むようにして . . . 本文を読む
先日、アメリカでバスの運転手が走行中に心臓麻痺を起こして意識を失い、乗車していた十代の少年が咄嗟の判断でバスを停めて運転手に心臓マッサージを施して難を救った、と云うニュースを見た。
その後の取材で少年は、救命行動について、
「前に読んだ漫画(コミック)の主人公がやっていた通りに実行した」
と答えたと云う。
そのシーンを明確に記憶していた少年もさることながら、これは社会的に眉を顰められがちな . . . 本文を読む
街を歩いてゐると
すれ違ふ人のすべてが
あなたに見えてしまふ。
それなのに
あなたの顔が
思ひ出せない。
このなかのどこにあなたがいるのか
わたしはちゃんと知ってゐる。
それなのに
あなたの顔が
思ひ出せない。
ほら
そこにゐるんだらう?
やっぱりさうだ。
あなたではない。
みんなあなたなのに
あなたは
ゐない。
どこにゐるのか . . . 本文を読む
薄ぼんやりと浮かぶそれが何なのか、
わたしにはわかっていた。
それでもわたしは近付いて行く。
すさまじい力だ。
わたしにはどうにもならない。
断ち切ることは、
出来ないらしい。
いや、
出来なくともよい。
どうやらわたしは、
おまえの魔力ゆえに、
生きているらしいからな。
これからもわたしは、
おまえを追い続けることだろう。
止まりはしない。
. . . 本文を読む
今年の桜は、今が満開のようだ。
そして楽しめるのも、今が最後のようだ。
まさに、「花の命は短し」。
短いから、人はその美しさに強く魅了される。
来年もまた逢いたくなる。
“今日まで生きていてよかった”
そう言って来年も、
あなたの微笑む姿に逢えるやうに、
今日からをまた、
生きるとしませう。 . . . 本文を読む
梅香崎橋のたもとにて、
春のかほりに、
暫し足を留むる。
「見渡せば 柳桜をこきまぜて 都は春の 錦なりけり」
と西行が歌を口ずさみ、
春は桜ばかりにあらず、
緑の美しさにも目を向けるべしと、
教えらるる。
その時、
梅香崎橋の袂にて、
ひとり桜を愛でし法師、
しばらくと我を呼び止むる。
何事と振り向けば、
いま口ずさみし歌、西行に非ず。素性法師の詠みし歌なり
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あら、これは何と云ふ花だったかしら?
どこかで
あなたと一緒に
この花を見た
あの日のことは
よく覚えているのに
花の名前だけが
どうしても
思ひ出せません。
こんなことなら
すべて忘れてしまったはうが
はるかに嬉しゐのに
神様は
酷いことをなさゐます。
綺麗に咲ゐても
わたしの心には咲きません。
見なければよかったかしら。
逢わなければよか . . . 本文を読む