箱根登山電車で強羅へ登り、標高約660メートルの山中にある奥座敷で催された、謡曲仕舞大会に参加する。
これまでに習得した曲のすべてを大いに謡い、そして舞う。
こういう芸事はとにかく、場数を多く踏んだ者が勝ち、である。
-などなど、もっともらしいことはさておき、今回のもうひとつの楽しみは、生まれてからまだ一度も乗ったことのない、箱根登山電車に乗ること。
この我が国初の本格的な山岳鉄道 . . . 本文を読む
小田急線の伊勢原駅より、かつての大山詣りの参道を路線バスで行くこと、約二十分。
大山阿夫利神社の「倭舞」と「巫女舞」を見る。
明治の初めに奈良の春日大社より伝わった神楽舞で、現在は秋季例大祭において、大山の麓の社務局に設けられた行在所で、地元の中高生たちによって神前奉納されている。
衣冠に身を正した神職たちの祝詞が済むと、氏子たちとわたしのやうな何人かのもの数寄が見守るなか、三名の楽人が奏 . . . 本文を読む
久しぶりに能の舞台へ上がり、「高砂」を舞い仕る。
先週に黒川能でこの曲を観て、旅のよい思い出となっているだけに、その気分を壊さないやう、つとめる。
装いは夏らしく、浴衣に袴をつける。
浴衣は、祖母の形見を男物に仕立て直したうちの一枚を、用意した。
芝の鳶職の家に生まれ、若い頃は清元をたしなみ、その後は晩年まで踊りを生き甲斐とした祖母。
遺してくれた浴衣の柄はいずれも、生粋の江戸っ子 . . . 本文を読む
先週に訪ねた東北地方の暑さに比べて、首都圏のはどうも不必要なものを上乗せしたような、余計なものを感じる暑さだ。
いまや、
「暑いから外出は控えよう」
から、
「キケンだから外出は控えよう」
へと呼び掛けが変わっているのだから、まったく異常事態だ。
「ひるのいこい」を聴こうとラジオをつけたら、高校野球の中継でお休み。
熱中症の危険性が本気で叫ばれている今のご時世、よくそん . . . 本文を読む
某ラジオ番組の公開放送で、中年のパーソナリティーが聴衆の若者たちに、
「わたしが大学を卒業したとき、まだ皆さんは跡形もなかったわけで……」
と口にしたのを聴いて、オヤと思った。
辞書は「跡形(あとかた)」の意味を、
“そのものが無くなったあとにのこる、しるし”
と、示している。
つまり、跡形もないとは、痕跡すらもないことを、意味する。
『まだ皆さんは、跡形もなかった』
……?
. . . 本文を読む
羽越本線の象潟(きさかた)駅から、西へ歩くこと約二十分。
広大な水田地帯に、盛り土のような小山が点在している。
古墳群のやうに見えるが、さにあらず。
秋田県にかほ市の象潟は、その名が示すとおり、かつてこのあたりまで、いくつもの小島が浮かぶ入江だった。
水田のなかの小山は、当時の小島の名残りだ。
江戸時代には松島と並ぶ景勝地とたたえられ、かの松尾芭蕉も、
『きさかたや 西に西施が ねぶの . . . 本文を読む
昨年に京葉線から東北本線(宇都宮線)へと転属した、205系に乗る。
“湘南カラー”の帯をまとった姿も、なかなか悪くないと、わたしは思う。
かつては中距離近郊型の王者115系が、またつい最近までは211系が担当していた、駅間の長いローカルエリアを、首都圏の通勤型電車としてつくられた205系が、内装も乗り心地も往年のままにふっ飛ばす-そのギャップが、わたしには楽しい。
ローカルエリアといえども . . . 本文を読む
世田谷美術館の「ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展」を見る。
修復成って世界初公開となるクロード・モネの「ラ・ジャポネーズ」(1876年)、女性がまとっている着物は、これまで歌舞伎の衣裳をモチーフにしていたと考えられていたが、どうやら謡曲の「紅葉狩」を図案化したものらしい。
言われてみれば、袖のところに楓が描かれている。
ちなみにわたしは、「紅葉狩」という能が好きだ。
美女に化けた鬼が . . . 本文を読む
銀座の画廊を会場におこなわれた、金春流宗家の講座を聴きに出かける。
テーマは「獅子の舞について」だったが、そこから派生するさまざまなお話に、宗家とは能楽の歴史そのものなのだということを、実感する。
その多岐にわたるお話のなかで、ほぼ同時代に発生したと考えられる“猿楽”と“幸若舞”のうち、後者が中央の舞台から姿を消したのは、
「時の権力者だった徳川幕府から、猿楽よりも高い地位を与えられて、そ . . . 本文を読む
都内でおこなわれた現代舞踏家・市川淳一氏のリサイタルのなかで、「猩々」を謡う。
猩々は中国の妖精だが、市川氏は独自の解釈で沖縄に設定を置き換え、役を舞う。
稽古がわずかな日数しかとれず、ほとんどぶっつけ本番でのぞんだ舞台だったが、能とはまた違う“土”の匂いを感じる作品に仕上がり、
「こういう考え方もあるのか……」
と、謡いながらちょっぴり感動する。
舞台という板の上で、一人は立 . . . 本文を読む