今年も能を舞う機会を得て、「蝉丸」を舞い仕る。
これまで「安宅」、「加茂」と、勇壮な男性系の舞が続いたが、今回は初めて、女性のシテをつとめる。
扇は、十年ほど前に、博多の骨董市で手に入れたものを用いた。
ふだんは箪笥の奥底にしまわれ、時おり取り出しては眺めるだけの古物で終わったかもしれないこの扇を、本来の用途によって“魂”を吹き込めたのを、嬉しく思う。
謡いは、「羽衣」「猩々」「天鼓 . . . 本文を読む
建物から出た途端、そばに立っていた男性が、
「地震だっ!」
と叫んだ。
その声によって、わたしはいま、地面が大きく揺れていることを、自覚した。
見れば、路肩に停車している路線バスが、どれも激しく横揺れしている。
交差点の角に建つビルなどは、いまにも横倒しになりそうだ。
揺れがおさまってから、わたしは自宅へと急いだ。
部屋のなかは、物が散乱していた。
それは同時に、わたしのこれ . . . 本文を読む
国立能楽堂で、金春流の「源氏供養」を観る。
「源氏物語」の作者である紫式部は、光源氏の供養をしなかったために地獄へ堕ち、僧に救いを求める―
現代の感覚では不可解な作品世界だが、作家は戯作という“嘘”をつくため死後は地獄へ堕ちる、という思想が室町時代にはあり、それを踏まえてつくられた曲らしい。
しかし、藤紫の長絹に緋色の大口袴を付け、立烏帽子をのせた紫式部の霊の、端麗な曲舞の前では、 . . . 本文を読む