都電7000形を更新した“7700形”が登場して、そろそろ一年。
残り七両の更新も完了し、全八両が、すでに第一線で活躍中だ。
車体の色はみどりの他、
あお、
えんじの、合せて三色。
そして、二両だけ残った“原形”の7000形は、そろそろ引退を迎へやうとしてゐる。
昭和49年に27系統、32系統が統合して“荒川線”となった三年後の昭和52年、ワンマン化に伴ひそれまでの7000形 . . . 本文を読む
浅草演芸ホールで、雷門助六の落語を聴く。
演題は、相撲の見物席をスケッチした「相撲風景」。
シモがかったところがいかにも上方系の噺だが、品よくまろやかに聴かせたところが腕。
さりながら、楽しみにしてゐた踊りをやらなかったのが、残念。
主任(トリ)は桂歌助で、 五代目古今亭今輔が昭和39年に初演した新作落語の「ラーメン屋」。
子宝に恵まれなかったラーメン屋台の老夫婦と、確信犯的食ひ逃げ男 . . . 本文を読む
都内某所の花壇で、藤が満開の花をつけてゐた。
花は、季節の道しるべ。
春が過ぎ、
初夏がきて、
それから来る梅雨のことはすっ飛ばして、
夏の計画を思ふ季節が、
今年もそろそろ、
やって来た。 . . . 本文を読む
明治大学博物館のコラム展「帳外」を見る。
江戸時代、その土地におゐて素行が悪く、また改善の見込みも無い者は、家族もろとも現在の戸籍にあたる人別帳から名前を削除する措置がとられてゐた。
これを「帳外」“ちょうはずれ”といった。
この時代は連帯責任が原則であったため、その一人が犯した罪は地域の人全体の罪となった。
つまり帳外とは、自分たちにまで害が及ぶのを防ぐ目的があったわけである。
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無事に帰京したのち、僕は平穏な日々を送っていた。
そんな十月の初日、
“葛原市朝妻町で開催された町おこしイベントの会場で、大爆発事故が発生して死傷者が多数”―
というニュースをTVで知り、僕は腰が抜けるかと思った。
神社境内の仮設ステージでバンドグループが演奏中、演出で大量に散らせた火花が折からの横風に乗り、近くの露店で自家発電機に注入中していた燃料へ引火したのが、原因とみられる―
しか . . . 本文を読む
「この土地の人間は古くから、自分たちの平穏を乱す闖入者には、容赦しない風習があります。
せやさかい、あかりの出生を暴露したあの男も……。
あ、まぁ、それは、いいとして、今からならまだ、東京行きの特急と接続する列車に、間に合います」
さあ近江さん急いで、と促す下鶴昌之に、僕は「なぜあなたは……」と問いかけると、
「東京で、あかりの命を救って下はったことへの、私からの恩返し……の、つもりですわ . . . 本文を読む
下鶴昌之は再び草に腰を下ろして、“告白”を続けた。
「彼女からそれを告げられた時、正直おどろき、焦りました。
子どもをつくる気ィなんて、さらさら無かったやさかい……。
せやけどそれが、私が立ち直るきっかけとなりました。
彼女は程なく、嵐昇菊師匠と夫婦になり、やがて先生の子として、あかりが産まれたのです。
私は内心ではいつも、嵐師匠にすまない気持ちでいっぱいでした。
先生があの子を、とて . . . 本文を読む
僕が図書館で調べた地元新聞の縮刷版によると、火元は社務所、折からの風に煽られて社殿に燃え移り、さらに敷地内に隣接する宮司宅にまで延焼して明け方にようやく鎮火、社務所、社殿、宮司宅は全焼―
社務所の焼け跡からは、隣接する宮司宅に住む“日本舞踊師匠”嵐昇菊氏の遺体が発見されたが、検死の結果、首に縄で絞められた跡のあったことから、出火は死亡後と考えられる―
なお、死因については自殺と他殺の両面で捜査 . . . 本文を読む
京浜急行の2000形が横浜港の大桟橋に現れた、との話しを聞きつけ、さっそく現地を訪れる。
大桟橋内の売店が並ぶ一角に、先日オープンした京浜急行のグッズショップ、「おとどけいきゅう」のなかに設けられた2000形の正面を模ったモニュメントが、すなわちそれ。
正前に商品を載せたワゴンの置かれてゐるのが、なんとも無粋でガッカリではある。
それはさておき、種別が“快特”ではなくて“特急”であると . . . 本文を読む
「『あんたが娘やと思うているあの子、ほんまに自分の娘やと、思うてるのか?』
……そのとき初めて、嵐師匠の表情が動きました。
何を言っている?― そうした不審の表情でした。
熊橋さんが、『君、失礼や!』と一喝しはりましたが、男は怯まずこう喚きました。
『あの娘は、あんたの奥さん、いや、あんたが奥さんと信じている女が、ほかの男との間につくった娘なんやぞっ……!』」
下鶴昌之は唇を噛みしめ、眼 . . . 本文を読む
「それで、お祭り当日の助六は、どうだったのですか……?」
下鶴氏の話しに、僕もいつしか引き込まれていた。
「それは、素晴らしいものでした……」
下鶴氏は感に堪えないような声を出してから、急に気恥ずかしそうな顔をした。
「失礼、つい……。せやけどな、あの時のあかりちゃんの舞台姿は、いまもよう憶えていますわ。むきみ隈がよう似合う、ちょっと色気のある化粧顔で……」
歌舞伎の“むきみ隈”は、年若 . . . 本文を読む
今年の春は、どうも肌寒い日が多い気がする。
四月も半ばにならうとしてゐるのに、いまだ春ならではの、あの“待ちかねた感”を覚えないのは、そのせいだらうか。
桜が咲いてゐるのを見て、からうじて現在を認識する私である。
. . . 本文を読む
「それはまず、“女人禁制”を改めることでした」
話しはいよいよ、核心に入ろうとしている。
僕は秘かに、生唾をのみこんだ。
下鶴昌之は、僕が話しに食い付いているのを確かめたかのように、ひとつ小さく頷くと、
「それを最初に言い出したのが、なんと宮司さん本人やったのです。われわれ一同、初めはほんまに耳を疑いました。熊橋さんは『何を言うてはります!』と、宮司さんに掴みかからん勢いやったですわ」
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横浜開港資料館にて、「時を超えて ハマの史跡の物語」展を見る。
時代の流れと共にその土地も姿を変えていくのは、世の必定だ。
しかし、かつてはここに何があり、どのやうな人たちが生活していたのか─
それを知っておくことも、大事なことだ。
そこには確かに、“人間の生活”といふ文化が、存在していたからだ。
この頃は都心も郊外も地方も、ありきたりな町並みばかりが続いて、いっこうに“文化 . . . 本文を読む
「しかし、そんな宮司さんに、朗報が舞い込んできました。
日本舞踊を習っている氏子の一人が、嵐昇菊先生を紹介したのです。
もと歌舞伎役者の日舞師匠、しかもまだ若いという点が気に入って、ちょうど今までお願いしていた振付の師匠が、老齢を理由に引退したがっておったのを幸い、宮司さんは保存会長の熊橋さんを通して、嵐師匠に後任を依頼したのです。
―もちろんこの時すでに、娘婿にする腹積もりやったのでしょう . . . 本文を読む