平成三十年も、大晦日に至る。
浮世にはなにも期待せずに始まったこの年は、実際その通りの、ろくでもない浮世なりけり。
さりながら、私は手猿楽師として、有意義な活動の出来た一年。
行きたいところに行き、見たいことを見る、そのすべてを実行できた、ありがたい一年。
京急2000系、そして東急7700系の東急線からの引退といふ、残念な、しかしいつかは訪れることが訪れた一年。
それらを通 . . . 本文を読む
ふと思ひ付ひてテレビをつけると、どう見てもイイ年齢(とし)をしたオジサンでしかない役者たちが、顔を真っ白に塗り、奇妙な聲色で張り子の虎よろしく首を振ってゐる映像が飛び込んできた。
真っ白い顔の役者たちは、若い人物になりきってゐるつもりらしいが、老け込んだ土台はもはや覆ふべくもなく、白さが却って汚さを引き立ててゐるのは皮肉だ。
見ろと云はんばかりに口許を絵取った紅に辟易して、すぐにテレビの電源 . . . 本文を読む
日が暮れてから、新幹線の驛へ行く。
構内は、これから帰省する人々で賑はってゐる。
キャリーバッグを引き、お土産を提げ、それぞれの故郷へ──
楽しみな帰省もあれば、
さうでないこともあることだらう。
それでも、
せはしない流れのなかに、
どこか浮きやかな匂ひが漂ふ。
下りの新幹線が、一部区間で降雪のため、遅れて東京驛を発車してゐるらしい。
やうやく到着した列車の荷物棚には . . . 本文を読む
気持ちに落ち着きを失ひがちなこの時期、
私もその一人らしい。
しかし、道沿ひで赤く熟した木の実に気が付ひたとき、
かういふことではいかん──と、私は足をとめる。
気持ちがいくら乱れやうとも、時間の流れは変はらない。
巡るべきものは、
その時になればちゃんと巡ってくる。
いくら先を急ひでも、
そこに早くたどり着けるわけではない。
當今の浮世は年中“師走”のごとく。
す . . . 本文を読む
私がお世話になってゐるその人は、既に私の倍の人生を歩んでゐるが、とても老齢とは思へない元気さで、現在も仕事であちこちを飛び回り、新幹線が満席でも一時間くらいは平気で立っていられると云ふ。
そして来年にはある資格を取るために勉強中で、また長年携はってゐるその仕事に関する本の執筆も、計画中だと云ふ。
つねに目標(やること)を持ってゐる人は、年齢は重ねても、老けることはない──
私は人生の大先輩 . . . 本文を読む
日本では公開されなかったラム•チェンイン(林正英)主演の「霊幻道士」後期シリーズが、DVD化されて市場に出ていたことがある。
日本では“最後の霊戦”とサブタイトルの付ひた四作目(1989年)をもって、ブームが去りつつあった「霊幻道士」シリーズは終焉したが、ご当地の香港ではその後もだいぶ貧弱化した内容で連作され、主演のラム•チェンインが急逝するまで続ひた。
これら一連の後期作品は化け物退治の呪術 . . . 本文を読む
横浜市歴史博物館の、「神奈川の記憶展──歴史を見つめる新聞記者の視点──」を見る。
一新聞記者から見た神奈川の歴史や文化を、その記事と、対象となった実物とを併せて展示した企画展で、内容が実に多岐にわたるため、とりとめの無い感じは受けるが、そのなかから自分の興味あるものを見つけ出せば良い。
なかでも私が目を惹ひたのは、明治美術史にまず名前が出てこない笠木治郎吉(1862~192 . . . 本文を読む
年末になると、裏道でやたら道路工事が始まるが、ちょくちょく出掛ける公園でも、再整備工事が始まってゐる。
樹木の根元を円形に囲ってゐた縁石を取り除くと、根っこがきれいにその形に沿って伸びてゐるのを見て、
「郷に入っては郷に従ふ」
とはこのことだな、と感心する。
……それは、私にはムズカシイ技だ。 . . . 本文を読む
父方と母方、双方のお墓参りに行く。
今年の無事を感謝して、ふと顔をあげると、お線香の煙の向かふに、伯父とよく似た恰幅の良い男性が、こちらへ歩ひて来るのが見へた。
私は伯父かと、一瞬ハッとした。
伯父はすでに、このお墓に眠ってゐる……、はず。
それはもちろん、伯父と体格のよく似た、別の人だった。
家族とお参りを済ませて、駐車場の車へ戻るところのやうだ。
しかし私は確信してゐる。
. . . 本文を読む
今年一月八日、多くの新成人女性の心を傷付けた上の卑劣漢、懲役5年の求刑に対し、懲役2年6ヶ月の実刑判決が、本日下る。
但し罪状は、「粉飾決算の書類を作成して銀行から6500萬圓をだまし盗った詐欺罪により」、である。
成人の日における確信犯的失踪行為につひて立件できなかったことは、やはり残念である。
日本の美しい傳統衣装を詐欺の道具などに使ひ、当日の晴れ姿を楽しみにしてゐた人たちの心を踏みにじ . . . 本文を読む
中学生時代、あまりにワケのわからない文章に三分の一も読まないで放り出したドストエフスキーの「白夜」を、それから数十年を経た現在、再び挑戦して今度こそ読了する。
再挑戦を決めたキッカケらしいキッカケは、無い。
今月に入って、ふと「読みたいな……」と思った、単純にそれだけである。
ただ、中学生のときに放棄したことが、いらい私の記憶の奥底に引っ掛かってゐたことは、事実である。
私のこれまでの読 . . . 本文を読む
四代目三遊亭小圓朝師が十五日の朝、肺炎のため四十九歳の若さで亡くなったことを、今日の訃報で知る。
まう十年近く前、東京都北区王子の文化ホール「北とぴあ」で催されたイベントに特別ゲストとして招かれ、ご当地ネタ「王子の狐」の口演を聴ひたのが、私が小圓朝師を知った最初だ。
無駄なこと、余計なことを一切挟まず、純粋に噺を聴かせる正統派の藝風にすっかり魅せられた私は、いらい小圓朝師を目当てに、「両国寄 . . . 本文を読む
横浜都市発展記念館にて、「奥村泰宏・常盤とよ子写真展 戦後横浜に生きる」を見る。
第二次大戦に敗れた後、横浜は中心部の多くを占領軍に接収され、都市としての機能が著しく損なわれた。
そんな昭和20年代の横浜に生きる々を、克明にカメラに写し取って歩ひたのが、アマチュア写真家の奥村泰宏氏と、その妻である常盤とよ子氏だった。
かつて自分たちが爆撃して破壊した街を、我が物顔で闊歩する異國兵たち、
. . . 本文を読む
今年も世田谷ボロ市に出かける。
特に今年は、国立歴史民俗博物館でボロ市の興りである“六斎市”を保障する戦国時代の書状を実見する機会に恵まれたので、思ひ入れも深い。
古着に冬物衣料に木工道具、趣味の小物、食料品に骨董品──
庶民の日常に密接したいろいろな物が、いろいろと集まってゐる。
するとそこには、いろいろな人も集まって来る。
人と物の、大見本市。
フトコロの豊かな人ばかりが、
. . . 本文を読む
五年前、私はいくつかの大学の学生たちと、渋谷で約三ヶ月にわたって接する機会があった。
弁護士をめざして鞄にいつも六法全書をしのばせてゐる人、
学費と下宿代と光熱費はすべてアルバイトでまかなってゐると云ふ、見た目は今風な人、
地方の会社の面接に、夜行バスを利用して費用の節約に汲々してゐる人──
いろいろな学生と接したなか、アナウンサーをめざしてゐると云ふ、地方出身の女の子がいた。
普段か . . . 本文を読む