木挽町の来る八月興行で、“第一部”の主演をつとめるはずだった役者に人災疫病の陽性反應が示され、また周辺の數名にも感染者を確認云々。さりながら、主演には代役を立て、予定通り三日に初日云々。だうせ不養生の賜物であらうが、木挽町でも感染者をちょくちょく出してゐながら營利第一の根性で興行を強行するあたり、茶番大運動會にそっくりだ。『新しい生活様式』とは、不要不急に命懸けで臨むことを云ふらし . . . 本文を読む
午前中に大粒の雨と雷に遭ふ。しばらくして止むと、少しだけ涼しい間があって、やがてジメジメのムシムシに。これも、夏。さうして、植ゑ込みなどで三つ葉を見つけると、四つ葉をけっこう真剣に探しはじめる私がゐる。 . . . 本文を読む
家の前にプールを出して水遊び──小さな弟と水鉄砲で撃ち合い──子どもの夏の遊びは、今年も変はらない。疫病への過度な警戒はかへって毒であることを、暑さ不知なその元氣さから教へられたやうな。一方で、今日確認された全國の感染者數は10,110人と、つひに壱萬人超えとなる。おそらくは、もっと早くにその數を超えてゐたはずだ。いま明らかに云へることは、この疫病は耐熱抗体を持ってゐる、と云ふこと。かうなってくる . . . 本文を読む
人災疫病の感染者を、全國で9576人確認云々。實際には、すでに壱萬人を超えてゐることだらう。東京都は3000人を超えて3177人、神奈川縣も初の1000人超えで1051人、四度目の“禁酒宣言”など全くの有名無實、私も含めてみんな宣言期間中であることすら、知らなくなってゐるのではないか。それにはもちろん、茶番大運動會の強行で“自粛”がバカらしくなったヒトが増へたであらうことも、関係し . . . 本文を読む
横濱の「港の見える丘公園」にある大佛次郎記念館で、「これぞ! 大佛歌舞伎」展を観る。主に十一代目市川團十郎に當てて戯曲を書き下ろした作家なので、資料も成田屋関係ものを中心に期間を分けて展示されてゐる。そんな大佛次郎の成田屋への戯曲提供は昭和三十六年の「大仏炎上」を以て断絶、その理由は大佛が口にしたとされる役者につひての“不遜な發言”に成田屋が不快感を示し、一方的に上演を中止したため云 . . . 本文を読む
世田谷區上馬五丁目の「駒繫(こまつなぎ)公園」に建つ、国旗掲揚臺。正面に彫られてゐた四文字が、不自然に削り取られてゐる。 側面にまわると、「世田谷區」と「昭和十三年」をのこして、やはり文字が削り取られてゐる。かつて正面には、『國威發揚』と彫られてゐた云々。さうすると、側面の「寄贈」にはかつてどんな文字が連なってゐたのか、だいたい察しがつく。刻んだ文字は消せても、刻んだ歴史は消せない。いまこの國は . . . 本文を読む
今日が「幽靈の日」と知ってにはかに東京都港區三田の「幽靈坂」を訊ねたくなり、そのためだけに出かける。坂下の角には荻生徂徠の墓がある忍願寺があるなど、坂の両側には小さな寺院が續き、江戸の昔にはいかにも“出さうな”雰囲気から、その呼び名が付ひたのも頷ける。一方で、明治時代の政治家で初代の文部大臣にもなった森有禮(もり ありのり)の邸がそばにあったことから、有禮を“ゆうれい”と音讀みしてそれを坂の呼び名 . . . 本文を読む
今日の東京は氣温が34.4℃まで上がったらしい。暑いのは困るが、しかし夏のスカッとした晴天は、氣分を高揚させるものがある。……それは、人間サマの場合。物見櫓から浮世を眺めてゐると、この炎暑下に犬を散歩させてゐる人をよく見る。ニンゲンが靴を履ひてゐてさへジワジワと熱さを感じるアスファルトを、胴が低い“裸足”の犬に歩かせて大丈夫なのか──?大丈夫なわけがない。實際、肉球をヤケドすると云ふ . . . 本文を読む
朝のラジオ放送で、喜多流の「烏頭(うとう)」を聴く。生前に鳥を獲って生計を立ててゐた猟師が、死後に地獄へ堕ちてかつての獲物に責め苛まれる ──他流では「善知鳥」と表し、“善きを知る鳥”と字面は優しげだが、内容は後半に凄惨な地獄責めを用意した曲。放送では喜多流ならではのさっぱりとした謠を聴かせてくれたが、私はかういふ願へど救ひも悟りもない曲は性に合はず、今日のラジオ放送がなければ、おそらく生涯接する . . . 本文を読む
樂しみであるところの“資料漁り”でトウキョウ都心へ出かけたつひでに、JR線の千駄ヶ谷驛で途中下車してみる。茶番大運動會は日本の歴史に汚點を遺しただの、中止だの、無視するだのと、自分の眼で何も見ずにただ他人(ひと)の流す情報だけで吠へるのは、持ち前の野次馬根性がどふしても許さなかったのだ。東京体育館から例の「性的暴行事件」の現場前までを歩いただけだが、外周にゐる末端の関係者たちを眺め . . . 本文を読む
日本國は今宵、「簡単なこと」すら出来ない愚昧な為政者と、しょせん徳の無いミカドのために、神武以来の歴史に拭ひ難き汚點を記す。日本國はしょせん敗戰國であり、米國の五十一番目の“州”であり、傀儡國にすぎぬ事實を全世界に示した歴史的瞬間に生きてゐることを、恥ずかしく思ふ。私は、いまほど自分が同じ日本人であることを恥ずかしく思ったことはない。忌むべし、忌むべし。令和三年七月二十三日 . . . 本文を読む
忘所のバス停で、近所の人らしい高齢者が、時刻表を手帳に書き写してゐる姿を見かける。スマホで写真に撮るか、或ひは検索するかの御時世に珍しや……、と思ひかけて、自分も本當に大切な情報は紙に記して残してゐるな、と氣が付く。自分の手で書ひたものは、記録にも、記憶にものこる。その高齢者の姿に、私は自信を貰ふ。 . . . 本文を読む
宙に浮く大きな風船。“テロ”監視のカメラがその下に括り付けてあるらしい。地上には厳めしげな関所が設けられ、幾人もの門番が厳めしげに往来を睨んでみせる。しかし往来はそんなものなど相手にしてゐないが如く、いつものままに通り過ぎて行く。門番どもの勝手に気負った表情が、為政者と民意の決定的な乖離を象徴してゐて、ひどく滑稽である。彼らが真剣になればなるほど、この哀しい可笑しさは味はひ深くなる。これはせっかく . . . 本文を読む
昨夜になって、浮世では今日から四連休であることを知る。なるほど、今日は“なにか”から逃げてゐると思しき人の姿をよく見る。この國難で、さういふヒトが増へたのはもっともだ。──いまや逃げ場なんて、どこにも無いのに。 . . . 本文を読む
梅雨明け早々の暑さがいかに連日酷いものであるかを示すが如く、午前中にご近所の庭の百日紅が一部枯れ始めてゐるのを見て、今日は城に一日籠もってゐやうと即決する。酷いと云へば、露國の茶番大運動會出場予定者が、選手ムラの部屋の設備を「中世」並みに酷いと、映像付きで暴露云々。テレビが無い、冷蔵庫が無い、洗濯機が無い、トイレは共同、インターネット環境は劣惡、風呂場は狭小、且つシャワーが出ない、冷房のリモコンは . . . 本文を読む