一方通行であることに気付かずに進入して、向かふから来たクルマにクラクションを鳴らされる母娘づれのクルマがいたり、
歩行者信号はとっくに赤に変わってゐるにもかかわらず、横断歩道をいつまでもゾロゾロと渡ってゐた行楽集団が、やって来たタクシーにクラクションを鳴らされて慌てて歩道に戻るなど、この時期に湧出するオメデタイ人種は、いづれもが呆けた表情(かお)をしてゐる。
やうするに、自分ではナニも考へ . . . 本文を読む
朝のラジオ番組のなかで、パーソナリティーがゲストのジャーナリストに、
「あなたが時めくものはなんですか?」
と質問してゐた。
中東諸国の最前線に赴ひて取材活動をしてゐるそのジャーナリストは、
「トンカツです」
と答へた。
「そんなもの、いつでも食べられるぢゃなゐですか」
と笑ひ出すパーソナリティーにジャーナリストは、
「中東はイスラム圏のため、豚肉を口にできません。だから、日本に帰 . . . 本文を読む
と、題名に掲げた質問に対して答へを一つ挙げろと言はれたら、私は迷わず↑の光景を示す。
いまのところ誰も盗まなゐのだから、
みんなイヰ人たちではなゐか。
持ち主にしても、そんなに座りたゐのなら、指定席の切符を買へばいゐのに、といつも思ふ。
ほんの数百圓をケチったがために、もし盗まれでもしたら──
その時は持ち主のお顔が、
見モノだわえ。
かういふ貧民な人種にだけは、
なり . . . 本文を読む
このごろ街中で、昔の知り人や、らしき人をちょくちょく見かける。
とっくの昔に縁の無くなった相手のはずなのだが、おそらくは様々な人生の線が交錯する都会におゐて、その線がたまたま接近しただけ、のことだらう。
或ひは、考へや行動が、どこかで似たり寄ったりだから、か?
「世間は狭い」の本質、すなわちこれなるか?
おそらく私も、
どこかで誰かに、
「あれ、アイ . . . 本文を読む
東横線の代官山駅からほど近い高架線跡で、かつての枕木とおぼしき木材を見かける。
これがかつてこの上を通ってゐた時代の物かは定かでないが、もしさうだとしたら、東横線がまだ“東急”だった時代の名残り、とでも云ふべきか。
さう、“東急”東横線は、田舎鉄道との直通運転を開始したとき、消滅したのである。
西武鉄道の車両が侵入すれば“西武”東横線、
東武鉄道の車両が迷ひ込んで来れば“東武”東横線、 . . . 本文を読む
街中の表通りを歩ひてゐると、クルマの怒気を含んだクラクションが、やたらと耳につく。
それだけ、運転に注意を払っていなゐ者が多ひ、といふことだらう。
なるほど、つまらなゐ事故が絶ゑなゐわけだ。
街中を表した効果音として、あちこちでクラクションが鳴ってゐる雑踏音が定番で使はれるが、現実にあれだけクラクションが鳴ってゐたら、異常事態だ。
が、それがこのごろ当たり前になりつつあるやうな……。
. . . 本文を読む
神宮外苑あたりがやけに賑やかだと思ったら、球場で大學野球が行なはれてゐるのだった。
まう一昔も前、妙に美化されたしょせん不良を主人公にした野球映画の、エキストラに参加したのがこの球場だったなァと、大した懐かしさも無く思ひ出してゐると、敷地からは気合ひを入れてゐるらしゐ男集団の野太ひ聲、そして私の傍を通り過ぎて行く、應援團らしき長ひ学ラン姿の男子学生たち──
男たちの硬派な世界が、そこには熱く . . . 本文を読む
近頃、自動ドアに接触する人が増へて、消費者庁が
「ドアの状態をよく確認するやう」
と、注意を呼びかけるほどだと云ふ。
普通にしてゐれば接触しないはずでは……。
さにあらず。
ああ、と自らも思ひ当たることありけり。
開くもの思って接近したら、センサーが鈍くて開かなかったり、
開く速度が思ひのほかノロくて肩が当たったり云々──
商業施設で幼児や高齢者が、そこに全面ガラスの自動ドア . . . 本文を読む
地元でもふだんあまり通らない道を、用事があって歩いてゐたら、思ひがけず藤を見つける。
そこに自生のやうな棕櫚の木があることは知ってゐたが、それに藤が絡み付いてゐたとは、今まで全く知らなかった。
藤は単体で見れば美しい花だと感心するが、
かうして他の植物に絡み付いてゐる様を見ると、生き物としての獰猛な本能を認めずにはいられない。
そして、歴史マニアどもがよく引き合ひに出す、
. . . 本文を読む
思考や行動のすべてを減退させる大嫌ひな天候が、昼過ぎに霧消していっぺんに陽が差したときには、ホッとする。
摂取に必要なだけの、最低限の分量だけあれば充分であって、それ以上は災ひをもたらすだけの厄介モノだと、我ながら身勝手なことを考へつつ、毎年楽しみにしてゐるご近所のを見に行く。
今年の藤は、今週いっぱいが見頃ださうな。
平常ならば今頃が蕾のはずだが、春の麗らかさを飛ばしていきなり湿り気を . . . 本文を読む
府中市美術館で、「リアル 最大の奇抜」展を観る。
江戸時代までの日本の絵画は、遠近感の無ひ平面的な構図ばかりと思われがちだが、十八世紀にもたらされたリアルな描写の西洋画に刺激を受けた有名無名さまざまな画家たちは、さうした写実性に富んだ作品づくりに挑んだ──
つまり、十九世紀のヨーロッパで大流行した“ジャポニスム”の逆輸入のやうなことが、江戸中期以降の日本で行なはれてゐたわけである。
さりな . . . 本文を読む
今日が喜劇王チャールズ•チャップリンの誕生日であることを、ラジオで知る。
私がチャップリンの映画に出逢ったのは学生時代、英語の教科書に「独裁者」(1940年)のラスト、あの演説シーンの原文が載ってゐたことによる。
授業のなかで教材として「独裁者」も観たが、
その時はヒトラーを皮肉った喜劇映画、程度の認識しかなかった。
しかし成人後、近衞文麿内閣の時代を通して1900年代の歴史を勉強す . . . 本文を読む
京浜急行800系を見て、ふと思った。
老け込んだ……?
共に走った先輩の1000系は金太郎飴な二代目に取って代わられ、すぐ後輩だった2000系は快特運転の連続が祟って老朽化を早め、今年の三月末で“勇退”、否応なしに800系が古株になってしまった。
が、その800系とても廃車が進行中で、おそらく2000系と同様にリバイバルカラーの一編成のみが、最後まで残ることになるのだらう。
年齢を重ねた . . . 本文を読む
100年を迎へた相模鉄道が、東急線やJR線への乗り入れに備へて新造した20000系が登場して、二ヶ月が過ぎた。
お仲間たちのお祭り騒ぎがいゐかげん落ち着ひたのを見計らゐ、見物に出かけばやと、存じ候。
多くのお仲間が突っ込んでゐる如く、正面の横皺がなんとも目障りだが、これは他社にはなゐ独自性のあるデザインを追求した結果、かうなったらしゐ。
鉄道におゐては確かにさうだらうが、“乗り物”とい . . . 本文を読む
東京都写真美術館の「写真発祥地の原風景 長崎」展を見る。
幕末の慶応年間から明治半ばにかけて撮影された“異域”長崎の景色から、日本が次第に日本らしさを喪っていく様を、目の当たりにする。
丘には洋館が、
海には洋鑑が、
町には紅毛人の紛れ込んだその光景はまさに“異域”であり、
異国情緒(エキゾチック)などと、そんな呑気なものではないなにか「違ふ」と感じさせるものが、そこには写ってゐる。 . . . 本文を読む