東京都品川區大井一丁目、JR線「大井町驛」西口の外れを通る、幅の狭い、長い踏切。「品川道踏切」と名付けられてゐるそれは、旧池上通りの一部であり、名殘りである。(─旧池上通り ─品川道踏切)戰後の再開發事業で、JR線を陸橋で跨ぐ現在の池上通りが昭和四十七年(1972年)に新設されたのちも、古以来の道筋はそのまま踏切とその前後に殘り、そのまま平面で通行で . . . 本文を読む
國内忘所の急傾斜地帯で、「兎坂(うさぎざか)」と札のあるイカニモな古道を見つけ、古道探訪者として大いにそそらるる。道に入って間もなく舗装は途切れて土道となり、片側の興醒めなマンションの境界フェンスは見ないやうにして、なかなかの急勾配に古への原風景へ想ひを馳せ……、る間もなく、頂きに着いてしまふ。坂の名の由来とかは、どふでもよい。頂きより、いま来た道を振り返って、昔と令和(いま)がフェンスを挟んで屹 . . . 本文を読む
東京都目黒區中目黒から恵比寿方面へと抜ける急坂を、「別所坂」となむ云ひける。老若男女あへぎあへぎ登って、〆は階段。やはり難所はかうでなくてはならぬ。その向かひ側には庚申塔群が、息つく通行人たちを静かに見守り續ける。かつて坂の上からは富士山が望めたさうだが、それも現在(いま)では昔語り。日々の見通しが立たないとすれば、それは自分でさうしてゐるにすぎないと、坂上に立って、振り返って、思ふ。 . . . 本文を読む
たまに通ることがある、東京都目黒區五本木の「謠坂(うたひざか)」。 現在(いま)はありふれた住宅地のなだらかな坂道だが、もともとは鬱蒼とした古道の坂だったらしい。「うたひざか」と呼ばれる坂道は日本各地にあるが、その由来はほとんどが不明で、この坂の場合も同様云々。間違ひなく、謠曲とは関係がないやうだ。おそらくは、地元の人々が自然發生的に呼んでゐた或る名稱があり、後にその独自な音に近い漢字を當てはめて . . . 本文を読む
さぁ秋になった──昨年までならば、地図を広げて旧街道探訪の計画を立てる、さういふ季節だった。しかし、今年はこれまでのやうな大掛かりな旅行は、するべきにあらず。よって、近場で手っ取り早く済ませることで渇を癒さんと、東京都品川區荏原に一部が残る旧中原街道を訪ねばやと、存じ候。東急“目蒲線”の武蔵小山驛より武蔵小山商店街を抜け、現・中原街道の都道2号線に突き当たって左折した先で左へ分岐し . . . 本文を読む