迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

帝国の関門、のちに海の玄関、そして永遠。

2018-03-02 18:44:12 | 浮世見聞記
横浜みなと博物館にて、「ずっと港のまんなかに 新港ふ頭展」を見る。


開港以来、増大する貿易量に鉄桟橋(現在の大桟橋)だけでは対応しきれなくなり、それを補強するかたちで大正三年(1914年)に誕生した新港埠頭は、いらい約100年にわたって横浜の貿易を支へてきた。


しかし「みなとみらい21計画」による港湾再開発によって、かつての港湾貿易施設は「赤レンガ倉庫」のほかはほとんどが姿を消し、更地となった9号岸壁には、



平成三十一年に新しく客船ターミナルが完成するといふ。


だが、密集する倉庫やクレーンなどが林立してゐたかつての新港埠頭の姿は、ドラマ「あぶない刑事」のなかで、いまも見ることができる。

少年時代の私に“ヨコハマ”といふ街を強烈に印象づけた「あぶない刑事」に映ってゐる横浜こそ、私の心のなかの「ふるさと横浜」だ。


──といふわけで、タカ&ユージが日産レパード「港303」で疾走したあの頃のヨコハマの面影を、



叶わないまでも訪ね歩いてみることにした。


まず、「馬車道」。



写真右手の神奈川県立歴史博物館の建物が、いろいろな場面で背景にちょくちょく映ってゐた。


それから、犯人の車を追跡する場面などでよく出てきた、「関内大通り」。



突き当たりに見える、日本郵船の重厚な建物が目印。

いかにも、横浜らしい景色のひとつだ。


また「日本大通り」も、



同じやうな場面に使はれてゐた。


「銀星会」など悪役が登場する場面といふと、



定番のやうに中華街だった。

実際の中華街は、ここで生活をしてゐる人々が常に綺麗で安全な街づくりを心掛けておられる観光スポットだが、当時は子ども心に、「コワイ人がいるところかも……」と想像してゐたものだった。 


最後に、元町。



犯人を尾行したり、トオルが女子大生を引っ掛けたりする場面などに出てきたが、撮影当時は町並みがなんとなく雑然としてゐるやうに見えた。

決して汚ひといふ意味ではなく、時代の流れ、といふ意味におゐて。


物語はつくりごとでも、そこに映る景色は本物である。


なんでもかんでもコンピューターで映像を偽(つく)りたがる現在(いま)の動画屋ではとうてい太刀打ちできない迫真味が、あの頃のテレビドラマにはあった。


だからこそ、つくりごとも輝きを放つのだ。
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1 コメント

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初めまして (Stargate)
2018-03-03 15:56:35
こんにちは。
横浜は前回訪れてから何年もたちます。
ブログを拝見していて行きたくなりました。
読者登録させていただきます。
よろしくお願いいたします。
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