望んでゐたことが、ほぼ叶った一年。行きたいところに行き、見たいものを見て、やりたいことをやり、手に入れたかったものが手に入る。そして現代手猿樂を、それぞれに素晴らしい環境で舞へた。「何事も無いことがいちばんの幸せ」──そのことを肝に銘じて過ごした2019年。實際、今年も浮世にはそれを痛感させる出来事が多々あり、平穏といふものにつひて深く考へさせらるる。来る年も、いまと同じに生きやう。 . . . 本文を読む
ラジオ放送で、山本東次郎の狂言「花子」を聴く。妻ではない異性を愛するといふ男の抗ひ難き“性(さが)”を、小謡で格調付けて糊塗しやうとするところにこの大曲の可笑し味があると、私は聴き取る。大藏流山本東次郎家の硬派な藝風は、私には長らく抵抗があったが、“人間を深く描くことで、そこから滲み出る人間の可笑しさ、悲しさを見せるのが狂言である”といふ山本東次郎師の解釈に接してからは、人間の赤裸々な姿を観る、と . . . 本文を読む
dmenuニュースよりhttp://topics.smt.docomo.ne.jp/article/sankei/life/sankei-lif1912280028?fm=dははあ、除夜の鐘がうるさい……?うるさいと感じるのは、その人の心が煩悩と邪心だらけで、それゆゑに耳、といふか、心に障るのです。世界で一番うるさいのは、さうやって文句ばかり言ってゐる、ア・ナ・タ。 . . . 本文を読む
横浜市神奈川区の神奈川公会堂へ、来る一月十八日(土)に予定してゐる“ミニイベント”の手製チラシを届けに伺ふ。演目はすでに回を重ねてゐる「那須与一」、そして正月らしいものとして、大藏流狂言から取材して踊りに仕立てた「すゑひろがり」のニ曲。令和二年はじめての現代手猿樂であり、またはじめてのチラシづくり。職員の方がラックの整理中に伺ったので、空のラックにまずは最初に入れてもらふ──賣れ残りではない . . . 本文を読む
師走はなぜかうも忙しいのか──?それは日の短さにも関係があるとか云々。なるほど、用事は日中の明るいうちに済ませたいと思ふのが人情だ。その明るい時間が短いとなると、たしかに気持ちは急く。私のやうなヒマ者でさへ、カレンダーの残り日数と予定件数とを照らし合はせて、気持ちが焦ったりする。あの本をなんとか大晦日までに読み終へて。さうさう、来年正月のミニイベントの“お話し”も、しっかり覺へなアカ . . . 本文を読む
見境なく何でも焼き尽くす火事は、文明社会の敵(かたき)のひとつ。近いところでは、首里城の焼失にその思ひを強くする。幕末の開港によって発展した横浜も、火事には何度も悩まされてきた。その厄介な災害と闘ひ、現在の消防につながる基礎をつくりあげた先人たちの記録を、横浜開港資料館の企画展示「横浜の大火と消防の近代史」に見る。嘉永七年(1854年)三月十三日──旧暦二月十五日──、日米和親條約を締結したペリー . . . 本文を読む
寶生流の「羽衣」を観に、横浜能楽堂へ。この公演は『眠くならずに楽しめる能の名曲』と銘打たれてゐたが、これはこの企画の立案者らしき“横浜能楽堂芸術監督”氏ご自慢の著書「これで眠くならない! 能の名曲60選」に因んでゐるらしい。その著書なら、いつであったか書店で手に取ったことがあるが、パラパラとめくるなり「……くだらん!」と、すぐに書棚へ戻した憶えがある。演能前の前座にご本 . . . 本文を読む
たぶん一年ぶりに、浅草へ出かけてみる。たぶん、と云ふほどに久しぶりの浅草、手猿樂に使へさうなものを手に入れるのにアテにしてゐた店のいくつかが、消へてゐたり縮小化されてゐたりで、あらあら……。と戸惑ふ。距離の問題で面倒に思ひ、また他の入手経路を見つけたりで御無沙汰してゐるうちに、現実世界は容赦なく変化せり。さりながら、御縁があればまた面白い”出逢ひ“もあるでせう。それを見たのが、今日の御縁。ふと気が . . . 本文を読む
都心圏にまだ残る、わずかな畑。じわじわと迫る、宅地化の波。かうして我が國は自力で食物を得るといふ能力を棄て、異國に他力本願の挙げ句、アレルギー体質だらけになってしまったのである。 . . . 本文を読む
今年は夏以降、甘酒缶を愛飲していますよ。江戸時代の庶民は甘酒で夏の暑さを乗り切ってゐたことを、今夏に初めて知りましてね。甘酒は小学生の時に飲んで気分が悪くなって以来、ずっと避けてきたのですが,熱中症予防のための先人の知恵、といふところに心動かされまして……。甘酒缶のなかには、なにか他の味が加はってゐるものもありますが、やはり混ぜ物をしていないはうが私の口には合ひます。私もかつては日本 . . . 本文を読む
近ごろ町に入り込むやうになった不審者の片割れが、交番の警察官に囲まれてゐる様を見かける。衣装でちょいワルを気取ったそれは何やら強がってゐたが、なんであれ地元の交番に認識されたことで、「有事」の際には話しが早くなる。戦國時代の民衆は、高い防衛と自治の意識をもって、時代を生き延びた。あの時代のやうに刀や鉄砲を手にしないまでも、私たちは“気を付ける”といふ武器を心得ることで、上のやうな不審者に隙を与へぬ . . . 本文を読む
dmenuニュースよりhttp://topics.smt.docomo.ne.jp/article/jiji/nation/jiji-191218X133?fm=d一番の問題は、警報器が鳴ってゐる踏切に平気でクルマを侵入させたり、車体幅と道幅との関係がまるで理解出来ていない、さうしたまわりの世界が見へていない無能な運転者を厳しく取り締まることでせう。鐵道側がいくら安全に腐心しても、かうした無能者は . . . 本文を読む
東急の二子玉川園驛──敢へて昔の驛名で言はせていただく──で下車したつひでに、玉電の支線だった砧線の痕跡をちょっと訪ねてみる。二子玉川園跡地に展開する二子玉川RIZEには、玉電が廃止された昭和四十四年(1969年)に開業した玉川高島屋の上空写真が掲示されてゐる。写真の右下には、廃止から間もない砧線の線路跡がハッキリと写ってゐる!そこは現在の世田谷区玉川2-24あたりで、道路がかつての . . . 本文を読む
その驛の御手洗は、洗面台がニつ並んでゐる。私が左側の洗面台で手を洗わうとすると、その前にいた十代後半とおぼしき男の子が、二つの洗面台の真ん中に立ち、右手を右側の蛇口に、左手を左側の蛇口に差し出して、指を洗ひはじめた。目の前で手を出された私は自分の手を洗ふことが出来ず、「嫌がらせか……!?」と不快感を込めて鏡越しに相手を見て、私は彼が障がゐ者であることに気が付ひた。彼は、すぐ後ろに人がゐることには気 . . . 本文を読む
鎌倉歴史文化交流館の企画展「和鏡」を観る。弥生時代に傳来した銅鏡は平安時代になると國風化し、以後江戸時代までの鏡を「和鏡」と云ふ。裏面の文様は室町時代に入るといはゆるマンネリ化するが、江戸時代になると日常風景や自然風景、または「源氏物語」などの古典文学から取材した絵柄が考案され、幅に広がりをみせる。形状も、それまでの圓形のほかに方形や小判型、または銭を模ったものなど、遊び心に富んだものも造られ、鏡 . . . 本文を読む