「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

          セミの声をはじめて聞いた!

2007-07-29 06:33:29 | Weblog
昨日、セミの声を今年はじめて聞いた。それもアブラゼミではなく、ミンミン
ゼミである。戦争前、東京の区部ではセミの鳴き声にも順番があった。7月
上旬、ニイニイゼミが鳴きだし、ついで夏休みの頃からアブラゼミが一斉に
鳴きだした。目黒川沿いの低地にはミンミンゼミやツクツクボウシなど羽が
透明なセミはあまりいなかった。ヒグラシの声は聞いたことがなかった。

トンボは町のどこにもいたが、たいがいはシオカラとムギワラであった。大型
の”高級トンボ"、ギンやチャンは皇后陛下の実家のあった池田山や島津山
などの台地へ行かないととれなかった。当時東京の子供達は竹竿に鳥もち
を塗り、セミやトンボをとっていたが、子供心にも残酷に感じていた。

夏らしい陽が照りつけた昨日、目黒不動の縁日へ出かけた。さすがに境内は
アブラゼミの大合唱であった。”男坂”横の独鈷の滝は昔、同様湧き水が流れ
ていたが水量は少なかった。子供のときは”男坂”を一気に駆け登ったが、今
はとてもそんな元気はない。傾斜のゆるい”女坂”をゆっくりゆっくり登った。

炎天下、どうしてこんなにお年寄りが集まるのだろうかー。僕らも、その仲間な
のだが、善男善女ぶりして手をあわせ、病気除けの線香の煙を頭に招き寄せた。
認知症予防に役立てばと願ってである。そして大日如来にもお賽銭をあげた。
これは宝籤に当たるのを願ってである。



           アジア杯敗退の教訓

2007-07-29 05:22:51 | Weblog
アジア杯サッカーの三位決定戦、日本と韓国の試合をテレビで観た。試合は
前後半90分、延長戦30分でも0対0のまま決着がつかず、結局、サドウンレ
スのPK合戦のすえ韓国に負け、次期2011年の大会のシード権を失った。

試合は両チーム”死闘”をつくして日韓の試合にふさわしいゲームだったが、
幾つかの教訓を残した。その一つはAFC(アジア・サッカー連盟)のたび重
さなる不手際で、日本チームの試合参加のコンディションが十分ではなかっ
たことだ。前開催地のハノイから、パレンバンまでの移動時間をAFC側に一
任した(本来は当然のことだが)が、途上国の飛行機は必ずしも時間通りには
行かない。またホテルのブッキングでもトラブルがあったが、これも言語習慣
の違いいというハンディがあることを事前にわからなかったことだ。これでは
戦う前から日本側に不利だ。

もう一つの教訓は勝利への執念が韓国より低いことだ。韓国は監督コーチ陣が
韓国人の気性を知り尽くしているのだろう。反則、退場処分を受けてもさらに
反則を繰り返し、選手達を奮い立たせた。一方の日本のオシム監督はPK戦に
なると、心臓に悪いからとベンチに引っ込んでしまった。PK戦では双方に技
術的な違いはない。最後は気力であろう。

最後に昨日のブログの関連で。画面で見る限り、韓国の国旗のほうが日の丸より
多かった。多分、インドネシアのテレビ・チームに製作を依頼したのであろう。
”ニッポン・ニッポン”のサポーターは画面に紹介されなかった。