「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

           残酷事件の報道は自制せよ

2008-05-30 05:32:27 | Weblog
あまりにも残酷な事件が多すぎる。東京・江東区のマンションで女性が惨殺された
事件など昔は”猟奇”事件だったが、今は同じような事件が多すぎて”猟奇”ではな
くなってきた。恐いことだ。僕らの神経が麻痺してしまったのかー。それ以上に恐い
のはマスコミの事件に対する無神経な報道ぶりだ。

昨日の朝、食事時のNHKのニュースが江東区の事件の被害者の死体の骨片が汚
水槽から発見された、と放送していた。食事時という時間の配慮がないばかりか、
こんな放送を聴いた被害者の家族はどんな気持ちになられるか、マスコミもこれを
公表した捜査当局もそれまで考えが及ばないほど無神経になってしまったのかー。

昭和30年の初め、僕は駆け出しの事件記者だった。当時もエリート技師が死体を硫
酸槽に入れ溶解させようとした事件があった。残酷な事件だが、僕らはこれを微に入
り細にいり報道しなかった。昭和の”猟奇”事件といえば、11年の「阿部定」事件だ。
阿部定という水商売の女性が愛人の男性の局部を切り取り、殺した事件である。彼女
が逮捕された時には号外まで出た騒ぎだったそうだ。が、当時の新聞を見ると、今の
ように興味本位ではない。

なぜ、こういった残酷な事件が連鎖的に起きるのかー。世の中がどこか狂っているの
だ。やはり、その一端はマスコミの報道である。報道の善悪については倫理規定があ
るはずだ。とくに週刊誌の報道はひどすぎる。”売らんかな”の報道姿勢は自制して貰
いたいものだ。