「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

      旧日本軍の「鉄道遺産」の再建

2010-05-20 06:49:17 | Weblog
インドネシアで発行している邦字紙「じゃかるた新聞」(5月18日)の見出しに
”(インドネシア)国鉄が歴史遺産再建へ 日本軍が運行した鉄道 ぺカンガ
ルーパダン”というのがあった。有料HPなので、残念ながら内容は読んでい
ないが、インドネシアに関係している日本人でも果たして何人、この歴史遺産
のことを知っているだろうかー 。

この「歴史遺産」の鉄道は正確にはスマトラのマラッカ海峡側シアク河の川港
ぺカンガルからインド洋側の内陸の町、ムアラまでの220㌔間に建設された。
大東亜戦争中の昭和18年1月、日本軍(第25軍)の兵員と物資を陸路運搬す
る目的で建設され、測量開始から僅か2年8か月で完成した。映画「戦場にか
ける橋」で有名な泰緬鉄道にちなんで”第二の泰緬鉄道”とも呼ばれ、建設に
は泰緬鉄道建設にも参加した鉄道第9連隊が従事、オランダ軍捕虜や現地の
労務者を使用した。酷暑と劣悪な労働条件下のため多数の犠牲者が出たため
戦後になって田辺盛武・第25軍司令長官らが責任を問われ処刑されている。

日本では一般にはスマトラ横断鉄道とも呼ばれているが、皮肉なことに鉄道は
日本が負けた20年8月15日に完成したため、ほとんど使用されなかった。戦後
はインドネシア独立戦争の混乱の中で放置され、いつか線路も撤去された。今
は沿線には昔の跡かたもないが、NASAの100万分の1の航測図には昔の跡が残
っているという。

昨夜東京でユスフ駐日インドネシア大使の送別会があった。いつもこの種の会合
には顔を出すM氏は見えなかった。M氏は泰緬、スマトラ二つの鉄道工事に従事
した方だが「歴史遺産」再建のニュースを伝えると、先人たちの苦労が報われれば
と語っていたが、あまり過去には触れたくないように伺われた。