
戦時中、大東亜共栄圏各地で発行されていた邦字新聞の一つ”幻”の「スマトラ新聞」が新たにジャカルタの国立図書館で発見されたという内容で”戦時下の軍政に詳しい”、慶応大学の倉沢愛子名誉教授のコメントまで添えている。しかし、「スマトラ新聞」については、すでに平成14年、同紙の記者だった菊池秀広氏(故人)=北海道新聞元論説委員=が「ムルデカに喝采を」(講談社出版サービス)のまえがきの中で”ジャカルタで発見された「スマトラ新聞」はマイクロフィルム化され自分の手元にある”と記し、本のカバーにも使い、実物の一部は日本新聞博物館”(横浜)に寄贈している。今さら新しい話ではない。
朝日の記事はジャカルタ発の原稿だが記事にする前に、記者はこんな基本的な事をチェックしなかったのだろうか。さらに恣意的なのか、無知なのか朝日の”御用学者”の一人、倉沢教授に論評を求めているが、恥ずかしくもなく教授は、”同紙(スマトラ新聞)に載った(ような内容の)研究者はいないはず。軍政の研究に大きな役割を果たし得る”と語っているが、僕らスマトラ研究者の間では倉沢教授が自著の中で、スマトラブキテインギの第25軍防空壕で戦時中ロームシャ虐殺の虚報を書いた人物であり、朝日の”慰安婦路線”のサポーターであることを承知している。
菊池秀広氏は僕が北海道のテレビ局に勤務していた時の上司で、退職後二人でスマトラ旅行をしている仲だが、自著「ムルデカに喝采を!」は系統的に「スマトラ新聞」について書いていないので、生前、菊池氏から聞いていた話をつけ加え小ブログ「1000都物語」(2012年1月)戦時下におけるスマトラ新聞」を6回にわたって書いている。ご笑覧のほどを!