昨日暖かい春の陽気に誘われて50日ぶりに老妻に付き添われバスに乗って大型スーパーの7階にある格安理髪店で頭を刈った。平日老人サービスでたったの千円である。昨年まで行っていた駅前の店は洗髪つきだが4千2百円、4分の一で済む。2年前、102歳の長寿をまっとうした先輩は、日頃年寄りは清潔にせよといわれており、僕もそれに努めてきたのだが、加齢とこの冬の寒さでつい無精になっていた。
反省しきりの生活の中で、97歳の先輩からお願いしていた戦時中のスマトラ.メダン(インドネシア)の紘原(ひろはら)神社の資料が届いた。残念ながら先輩はメダンには駐屯していなかったが、近衛歩兵第5連隊史に写真があったとコピーを送ってくれた(写真左)写真右は戦後の1998年、僕が撮った現在の神社だが、よくみると頂いた写真の右側には、今はない本殿らしい建物がある。戦争中の神社の写真は初めて見るものだ。
先輩は写真と一緒に近況を知らせて頂いたが、東京郊外のまだ自然が残る立派な有料老人施設に92歳の夫人と一緒に暮らされており、毎日、同じ施設内の仲間(97歳-78歳)と囲碁三昧の生活を送られている。”よき友人”に恵まれて今年の年賀状も百枚出状したそうだ。
先輩ご夫婦は僕らより10歳も年上である。僕ら夫婦は今のところ元気で自宅で生活しているが確実に老いは深まってきている。先輩ご夫婦の老後は理想的だと思いながらも先立つものはーである。
反省しきりの生活の中で、97歳の先輩からお願いしていた戦時中のスマトラ.メダン(インドネシア)の紘原(ひろはら)神社の資料が届いた。残念ながら先輩はメダンには駐屯していなかったが、近衛歩兵第5連隊史に写真があったとコピーを送ってくれた(写真左)写真右は戦後の1998年、僕が撮った現在の神社だが、よくみると頂いた写真の右側には、今はない本殿らしい建物がある。戦争中の神社の写真は初めて見るものだ。
先輩は写真と一緒に近況を知らせて頂いたが、東京郊外のまだ自然が残る立派な有料老人施設に92歳の夫人と一緒に暮らされており、毎日、同じ施設内の仲間(97歳-78歳)と囲碁三昧の生活を送られている。”よき友人”に恵まれて今年の年賀状も百枚出状したそうだ。
先輩ご夫婦は僕らより10歳も年上である。僕ら夫婦は今のところ元気で自宅で生活しているが確実に老いは深まってきている。先輩ご夫婦の老後は理想的だと思いながらも先立つものはーである。