パリの観光名所のノートルダム寺院が15日の大火災で威容を誇った大尖塔が焼失、屋根瓦もほとんど焼け落ちてしまった。12世紀に200年以上かけて建立、ユネスコから文化遺産にも指定されていた。僕ら夫婦も昭和の御代の終わりごろ観光旅行で内部まで拝覧したが、火災後の姿はまさにノートルダム.インフェルノで痛ましい。
僕ら昭和世代にとってノートルダムの名前は寺院そのものより、子供の時見た「ノートルダムのせむし男」の題名のほうで知られている。戦争がまだ激しくならない、”エノケン.ロッパの喜劇全盛時代だったが、子供たち間では、主人公の怪異の姿が話題になり、他愛もなくその真似などして遊んだ。映画の原作は文豪、ユーゴだが、読んだこともないし,映画の筋もいまだに知らないのだが。
重要文化財の焼失という面からは、戦後すぐの時代の昭和24年1月の法隆寺の火災による壁画の焼失,翌25年6月の金閣寺放火事件を想い出す。とくに金閣寺事件は、三島由紀夫の小説によって紹介され、犯人が僕と同時代の学僧だったことあり、忘れられない。今考えると二つの火災とも敗戦後の世相の混乱期に起きている。
ノートルダム寺院の火災の原因は調査中だが、修理中の木枠やぐら付近の失火らしい。フランスでは今年に入ってから毎週のようにマクロン大統領に対する反対デモが続いている。こういった政治混乱が失火の引き金になっていることはないか。対岸の火災とせず、貴重な文化財が多いわが国だ。いっそう注意を怠らないことに越したことはない。