「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

急遽 緊急事態宣言に切り替えるべきだ

2021-04-10 15:58:56 | 2012・1・1
来週12日から蔓延防止等措置が適用される東京だが、”あざける”ように10日の新規感染者数は560人、ここ連続4日間、500人を超えている。土曜日は曜日別では比較的少ない日が多いだけに今日は500人にはならないと思っていただけに心配だ。今年2月6日の633人以来の記録、明らかに第四波リバウンド始まっている。

先の緊急事態宣言が解除されたのが3月21日でまだ日が浅く、しかもそれに代わる蔓延防止措置の適用を決定したばかりである。政府としてはこの時期に再び緊急事態宣言の再発令を出すには抵抗があるかもしれない。しかし、大阪の激しいリバウンドの波が東京首都圏へ変異株に乗って押し寄せてきている。予想しなかった新事態である。

地域だけの情報だけでなく、国は全国の指令塔である。木だけでなく林全体を見て厳しく”幅広に対応してもらいたい。蔓延措置の上に緊急事態宣言を再発令してもおかしくない。ワクチンの効果が出るまでは非常措置が必要なのだ。






47都道府県「住んだ町」「旅した町」(北海道)札幌(2)日の丸飛行隊

2021-04-10 06:02:07 | 2012・1・1
35か国が参加した札幌冬季五輪大会は昭和47年2月3日から13日までの10日間、市内の真駒内会場を中心に開催された。わが国では初、アジアでも初めての冬のビッグ.スポーツイベントであった。開催前から銀輪の妖精と言われたジャネット.リンがマスコミの話題を呼び、スキーのジャンプで、笠谷幸生、今野昭次、青地清二の3人が金銀銅のメダルを独占、日本中が日の丸飛行隊”の快挙と沸き立った。しかし,残念ながら筆者は地元にいながら五輪を見ていない。4月に道内3番目の民放テレビ局として開局を前にその準備と東京のキー局からの取材陣の応対で忙しく観戦どころではなかった。

五輪を前に札幌の町は新しい町に生まれ変わろうとしていた。その象徴が地下鉄であり、地下街であった。南北線は北二十四条駅までしか開通していなかったが、初めての地下鉄ということもあって北二十四駅界隈は一時新開地のような賑わいをみせた。東西線も真駒内駅までで、駅前にできた高層の選手村宿舎が珍しく評判を呼んだ。大通り公園を中心にできた地下街も当時としては日本一の規模であった。地上の雪道を歩くより安全なので、昼も夜も縁日のような賑わいだった。