「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

         品川区教委の変な偏狭主義

2008-09-20 06:00:00 | Weblog
東京品川区教育委員会が、来年度から区”自前”で教員を採用する計画だという。
東京の場合、公立校の教員の採用は、東京都教委が一括して採用し各地に配置
しているが、品川区では、これとは別枠で来年度は5人、最終的には30人程度を自
前採用にする意向のようだ。自前教員は生涯、区内で勤務して貰うのだという。
なんとも偏狭で意味のない計画だ。

品川区教委は小中一貫教育に力を入れ、区内を数ブロックに分けて独自の432制
で教育をしているが、その教育効果は別として学校現場と地域社会との遊離が出
てきている。僕の卒業した小学校は、小中一貫教育の犠牲になり、明治以来百年
続いた伝統校の校舎はなくなり、名前まで奪われてしまった。地元住民にとっては
大部分、他地区から通ってくる子供たちには親しみがない。

どうも品川区の教育は子供のことを考えず、マスコミを意識し大向こうの受けを狙っ
たものとしか思えない。なぜ区独自の教員が必要なのか。区教委の方針に反対の
教員を排除すためのものだとの批判もある。あまりに地域偏狭主義におちいると、
愛知県犬山市教委の例がある。全国の学力テストを唯一ボイコットしているが、わが
国全体の教育向上にはなにも役立っていない。また大分県教委のような例もある。
自分たちだけの”狭い”社会をつくりだせば、おうおうにして犯罪の温床にもなりかね
ない。

新しいことへの兆戦は理解できるが、区という狭い社会だけの教員採用は意味がな
い。あまりにも井蛙的な発想である。

         消費者はじたばたしている!

2008-09-19 06:17:43 | Weblog
三笠フーズの事故米の流通先の奈良県の米穀会社の社長が自殺した。どういう事情が
あったのか知らないが痛ましい。太田政一農水相は”事故米の農薬汚染は低濃度で人
体には影響しない。だからじたばたしない”といっていたが、昨日の国会農林水産委員会
で平身低頭謝罪した。しかし、今回の問題の人心に与える影響はあまりにも大きい。
大臣はやっとその責任に気がつき辞意を表明した。

僕はどちらかといえば、食の安全に無神経で、消費切れの食品を冷蔵庫から出して食べ
ては孫に叱られる。あまりじたばたしないほうだが、今回だけはちょっとショックだ。一食
品メーカーの偽装ではない。流通ルートを巻き込んだ”偽装”である。これでは消費者は
防ぎようもない。

おかしいのは”じたばた”していない筈の農水省が、三笠フーズの流通先をいち早く公表
したことだ。流通機構についてはよく知らないが、公にされた会社の中には、まさに青天の
霹靂だった会社もあったかも知れない。鹿児島県の酒造組合は事故米使用の風評被害
について国を訴える動きもあるそうだ。

僕も風評とは知りながら、晩酌の焼酎を”サトウキビ、糖蜜、大麦、トウモロコシを原料と
した「甲種」に切り替えた。今まで飲んでいた「乙種」より純粋な気がするからだ。スーパー
のレジで売っている大福も買うことをやめた。これだけ事故米が出回っているのを知れば
買う気にはなれない。

食の安全について太田農水相は、消費者は騒ぎすぎるといったそうだが、中国からの毒
ギョウザ事件の解決さえできない政府である。彼の数重なる失言は本心とみられても仕方
がない。政治資金の不法についても疑いがある。福田総理より先に太田氏は大臣を辞める
べきだった。あまりにも国民との間の乖離がある政治家だ、

        小池百合子氏の”イタ食”政治

2008-09-18 05:24:35 | Weblog
自民党総裁候補の小池百合子氏が小泉元総理ら”同士”と東京・北青山のイタリア
レストランでワーキングランチをもった。この写真をみて新鮮な感じがしたのは、多分
僕だけではないと思う。政治は夜、赤坂あたりの高級料亭の密室で行われるものと
勝手に想像していた。料亭から”イタ食”へ「改革」の風が政界に吹いてくれれば有難
い。ムダな政治資金も少なくて済む。

このレストランは東京では”高級ファミレス”クラスで、僕らが日常食べる所より高級だ
が、ちょっと奮発すれば食べられなくはない。永田町の先生方の使う赤坂の高級料亭
や六本木の高い会員制のクラブとは違う。全国的な”イタ食”ブームであり、庶民にとっ
て”イタ食”をたべながらの昼間の会なら抵抗もないし親近感もある。

総務省が公表した平成19年分の政治資金収支報告書によると、自民党5候補のうち
お金持ちの麻生太郎氏は、”ミシェラン”の三つ星の銀座の寿司屋を使っていたし、石
原伸晃氏は六本木の高級クラブを使用していた。が、小池百合子氏や石破茂氏には
5万円を越える記載はなかったそうだ。

僕ら老人からみても僕らより若い政治家が、いぜん明治大正が残る高級料亭で、夜キレ
イドコロを侍らして”蜜室政治”をしているセンスがわからない。これが”イタ食”なら多少
高くても同じ視線で政治を見れる。改革はこんな身近なところから始めたらどうか。待合
政治では、政治資金がいくらあっても足りない。今は”金色夜叉”の時代ではない。

        ”三等国民”になり下がった日本人

2008-09-17 05:21:55 | Weblog
ロンボク島(インドネシア)のリゾート地のホテルで日本人の医師二組のカップルが
大麻を吸ったとして現地の警察に逮捕されたーというニュースをネットで知った。
一方、テレビでは50歳代の日本人女性が大麻所持でマニラ空港で逮捕された時の
模様を写していた。”一等国民”としての誇りはどこへ行ってしまったのかー。

東南アジアへの日本人移住史を読むと日露戦争で日本が勝利するまでは、日本人
は”三等国民”と蔑まれていた。シナ人と同じように汽車や船に乗るときは一等には
乗れなかった。現地同胞は”カラ行きさん”制度の追放につとめ日常の服装にまで
気をつかったそうだ。

日本人医師が逮捕されたロンボク島は、日本人がよく行くバリ島の東隣にあり、ここ
数年マリンスポーツの宝庫として人気が出てきた地だ。敗戦直前には日本の豪北部
隊が、チモールから飛び石伝いに西へ大移動した島で未開の地にすぎなかった。続
報がないので、詳しいことは解らないが、何故、医師たる人たちが、こんな地にまでで
かけ麻薬を吸うのだろうかー。

インドネシアを中心に東南アジア諸国を旅する機会が多いが、日本人観光客や短期
滞在者のガラの悪さには目をつぶりたくなる。特に悪いのは、最近増えている正体不
明、職業不詳の日本人だ。最近もタイで日本人同士がつまらぬ事から殺人事件を起
しているが、現地の刑務所にはかなりの日本人がお世話になっているそうだ。

40数年前、僕はノーネクタイで現地日本大使館へ行き、明治生まれの領事から注意
されたことがあった。時代は違うが、やはり外国に滞在中は日本人としての誇りを忘れ
てはならない。



          葬儀の簡素化と香典返し

2008-09-16 05:25:31 | Weblog
前に小ブログに書いた20年来行きつけの床屋の主人がガンで亡くなった。ま
だ60歳代前半の若さである。日曜日がお通夜、敬老の日の月曜日が告別式
連休だが、東京では理髪店は月曜日が公休である。最後まで働き者らしい彼
の気の使い方だと感心した。僕と彼との関係はいっかいの客にすぎないが、8
年前僕がガンの手術で入院した時、わざわざ見舞に来ててくれている。心のや
さしい人であった。

東京の葬儀の形式も昔と変わってきた。父が死んだ昭和40年代初めまではお
通夜は自宅で文字通り近親者のみで行われた。告別式も自宅の場合が多かっ
たが、最近は両方とも葬儀施設で催される。また参列者も告別式よりお通夜の
方が多くなった。勤務の関係で昼間参列できないからであろう。

20年前、勤務していた北海道(札幌)で母を亡くした。葬儀はわが家には似つか
わしくないほど盛大であった。が、感心したのは、香典返しの慣習がいっさいない
ことであった。これは遺族にとって煩わしくない。開拓時代の慣習が定着したの
かもしれない。東京でも、次第に簡素化され、最近では告別式の席上、喪主の挨
拶状とともに渡すケースが多い。

最近、葬儀をせずに"故人を偲ぶ会””お別れの会”だけで済ます家庭も出てきた
という。考え方に相違はあるが、一生に一度、最後の機会になにも葬儀をせずに
この世とお別れするのは、どんなものだろう。葬儀の簡素化には賛成だが、儀式
なしの葬儀には反対である。亡くなったご先祖の霊は必ず墓場にいる。そう信じ
なくてはいけない。



          百歳長寿時代の到来

2008-09-15 05:10:56 | Weblog
超長寿時代である。厚労省の発表によると、70歳以上の人口が全人口の1割を
越え、百歳以上のウルトラ高齢者が3万5063人もいる。まずは同慶の至りだ。た
だ驚いたのは、このうち男性は僅か5000人だけ、全体の7分の1にすぎない。世
のなか、あくまで女性上位に出来ている。

わが町の老人会の名簿をみると、113人の会員のうち90代が3人、80代41人、70
代54人、60代15人で、70,80代が84%を占めている。高齢化時代、60代で老人会
に入る人は少ない。性別では男性は僅かに15人、圧倒的に女性が多く、ここも女
性上位である。女性が男性に比べて長寿なのは、こんなところに原因があるのか。

「敬老の日」、老妻は町会に年齢を届けてなかったのにお祝いにカステラが届いた、
といささか不満である。後期高齢者入りののお祝いなのだ。僕は朝のラジオ体操会
から77歳以上のの参加者にお祝いの赤飯が届いた。国産のピカピカのもち米を使
った本物だ。

年寄といえば昔は"今年60のおじいさん、年をとっても・・・”(船頭さん)だったが、今
や60代は老人社会では"洟たらし”である。後期高齢者と勝手に”線引き”しても一
般社会では通用しない。僕の周囲にも80代、90代の友人、知人がゴロゴロいる。
2025年には日本人の平均寿命は93歳になるそうだ。100歳時代も夢ではない。大万
歳といいたいところだが、「後期高齢者医療」で象徴される年寄りいじめの社会では
果たして長寿が幸せなのかどうか。

          ウサギが月にいた時代

2008-09-14 05:28:05 | Weblog
今日は十五夜である。天気はどうだろうか?遠い記憶の中に”お月見"の想い出
がある。広い縁側に三方(さんぼう)を置き、その上に里芋や白いお団子を載せ、
近くで刈って来たススキを飾った。まだ戦争が激しくなる前、昭和10年初めの頃だ。
子供たちが”ウサギ、ウサギ何見てはねる。十五夜お月さま、見てはねる”と月に
見えるウサギの餅つき模様に夢を持っていた時代だ。

僕の住む東京では、もう十五夜の催しをする家庭はほとんど見られなくなった。昔
は近所で簡単にススキが手に入ったが、今はその原っぱがない。毎朝行くラジオ
体操の会場にはススキの親分みたいなバンバン・グラスがあるが、これでは月見
の宴にはふさわしくない。アポロ計画で人類が月に足を踏み入れて以来、月への
夢が失われ、行事もいま一つ盛り上がらなくなってきた。

▽月みればちじに物こそあわれなり、わが身ひとつの秋にはあらねどー人々の月
に抱いていた夢は薄れたが、やはり秋はものの哀れを感じさせる。遣唐使、阿倍
仲麻呂が異国で詠んだ▽天の原ふりさけみれば春日なる、三笠の山にいでし月か 
もーの心情は今も同じだ。北朝鮮では十五夜は秋夕(チュソク)といい、国祭日だそ
うだが、拉致被害者もこの同じ十五夜をみていると思うと心が痛む。

消息不明の金正日主席は、この月を見れる状態にあるのだろうかー。見れて心が
あるのならば、拉致被害者をすぐに日本に返して貰いたい。

     日本遺族会の無神経 海外慰霊碑の整理事業

2008-09-13 05:22:27 | Weblog
日本遺族会(会長古賀誠自民党選挙対策委員長)が今、厚生労働省の委嘱を受けて
海外にある「民間建立慰霊碑整理事業」を行っている。この事業を平たくいえば、かっ
て激戦地であった地に、戦後戦友や遺族の建てた慰霊碑を”整理”つまり壊そうという
のである。日本遺族会といえば、戦争で家族を犠牲にされた方々の会なのに、なんと
も無神経である。

数日前、知人のところへ遺族会の調査団の二人が、現地を調査したという報告書を
持ち、”整理”したいと了解を求めにやってきた。戦争末期、激戦地であった地に戦後、
日本、豪州、現地のの関係者が集まって慰霊祭までやって建てた碑である。たまたま
三基ある一基が台座だけになっているのを見つけ、これを海中に投棄するか土に戻そ
うというのである。

この三基の碑は、現地の方の私有地に建てた碑である。ところが現地調査団は了解も
なく敷地内に入り、報告書にはなんと、所有者”死亡”と死亡年月まで記している。
報告書を受けて、日本の関係者が早速、所有者の家族に連絡したところ、毎日元気で
働いています、とのこと。こんな報告書に基づいて”整理”したら大変なことになるところ
だ。豪州からも毎年、巡礼団がやってくるとのこと。日本政府がこれを壊したとなれば国
際問題にもなりかねない。

何故、厚労省がこのような民間の慰霊碑を整理するのか解らない。どこの地の慰霊碑
も生還できた戦友や遺族たちが、犠牲者の慰霊のために心をこめて建てたものである。
まだ当時の関係者も沢山元気でおられる。もともと、この地の慰霊碑の所在は知人が
一覧にして厚労省に提供したものだ。言ってみれば、建立者も現地管理者もはっきりし
ているものだ。なぜ高い調査費を支払いこんなズサンな調査をするのか。税金の無駄
使いだ。

調査団の報告で聞き捨てならないのは、慰霊碑の一つが現地政府の博物館で保存して
頂いているが、”入場料を支払ってまで入れるか”と現地まで行きながら参拝しなかった
とのこと。先日のテレビ対談で日本遺族会の古賀会長は、政治から手をひいたら妻と海
外慰霊碑の巡拝するのが夢だと語っていたが、早く政治から手を引かれないと慰霊碑は、
自分の会によって壊されてしまいますよ。
 





       自民党の”五人囃子(ごにんばやし)”

2008-09-12 05:22:44 | Weblog
昨日、友人と会うため渋谷駅前のハチ公広場を通りかかった。おりしも自民党総裁
選の街頭演説会をやっていた。僕は時間がないのので、聴かなかったが大変な人だ
かりだった。これが自民党の劣勢挽回の戦術だろうが、僕には何か白々しく”五人囃
子”のお囃子のように聞こえた。今日の朝刊に”若者は誰でも同じ”と演説会に冷や
やかだったと、書いてあったが、後期高齢者だって冷淡だ。

三笠フーズが販売した事故米の中国産もち米700㌔が給食会社を通じて高齢者福祉
施設に納入され赤飯などに使われていたという。有機燐系の農薬の残留量が高い汚
汚米をである。福田政権は、行政推進会議で5月を「消費者月間」とし”消費者、企業、
行政がそれぞれ安全安心な社会をつくる”と謳いあげていた。その舌の乾かぬ先に肝
心の総理が政権を投げだしてしまった。

北朝鮮による拉致問題が小泉訪朝で明らかにされてから,この17日でもう6年になる。
しかし問題解決の燭光は一向に見えない。”私の在任中に”と見栄をきった総理は職
を去り、それを口実に北は約束していた再調査を引き延ばしてしまった。建国60周年
の節目の年の式典に顔をださない金正日の消息さえつかめていない。

残念ながら、この国は無責任な二人の指導者によってタガがどこか緩んでしまった。
”二度あることは三度ある”という諺もある。危険な賭けかもしれないが、やはり政権
交替の時期にきている。政治の空白を一日も早く埋めて欲しい。

           日本人の”国際化”

2008-09-11 05:20:07 | Weblog
今、イスラム教徒は断食月(ramadan)の最中である。日の入りから沈むまで
の間、いっさい物を食べたり、飲んだりしない。幸い?日本在住のイスラム
教徒ににとっては、今年は秋のシーズン、釣瓶(つるべ)落としに日が沈む
のでラッキーである。といっても、それは異教徒である僕の見方であって彼ら
には関係のないことだが。

日本には現在10万人のイスラム教徒がいるという。その大半は外国人だが、
確かに昔に比べて増えている。東京近郊の外国人労働者が多い町では、イ
スラム教の礼拝所が、マンションの一角に出来たり、彼らのためのハラール・
ミート(イスラム教徒が祈りを捧げてト殺した肉)を売る店もある。10数年前、
イラン人が大挙して来日、東京の公園を占拠していた頃に比べれば、日本人
のイスラムを見る目も変わってきた。

変わってきたのは、日本人の外国人への接し方もそうだ。僕らの世代は外国
人コンプレックスがあり、オドオドした態度の人が多かったが、若い人にはそれ
がなくなった。周囲に外国人が多くなり、接する機会が多くなったためであろう。
先日の北京五輪で、日本人の若いメダリストが外国人のプレゼンターとホホを
接して挨拶を交わしていた。昔の日本人は出来ないことだ。

僕は小学校の英語教育の学習効果については疑問視する一人だが、子供の時
から外国人と接することには賛成である。接することで外国に興味をもてば、自然
と外国語なんか成人になってからでも勉強できるものだ。