「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

天皇誕生日にすでに終わってしまった労働者の祭典メーデー

2017-05-01 05:47:07 | 2012・1・1
日本最大の労働組合「連合」(日本労働組合連合)主催の”働く者の祭典、第88回メーデー中央大会は、メー(5月)ではなく、4月29日の天皇誕生日にすでに終わっている。産経新聞(30日付朝刊22面)は”小池知事 メーデー出席 連合との関係構築着々”という見出しでメーデーを伝えていた。メーデーそのものの報道ではない。

時代は変わるものだ。メーデーというと、僕は65年前の昭和27年の第23回”皇居前血のメーデー”想い出す。会場に皇居前広場が不許可になったのに反発した一部の参加者が、日比谷公園から皇居前に集結、警備していた警官体との間に衝突となり、死者まで出る騒ぎになった。当時の時代背景としては、前年発足した警察予備隊の再軍備があり、これが若い労働者や学生の不安を煽っていた。僕は大学4年であったが、僕の大学では衝突で警察に拘束された全員が退学処分になった。この年のメーデーは、全国300か所で開催され、110万人が参加している。

戦後復活した日本のメーデーは、昭和20年代から40年にかけて、労働者の祭典というより、国民あげての年中行事であった。”聞け万国の労働者、轟きわたるメーデーの示威者に起る足音と未来を告ぐる鬨の声”のメーデー歌は僕も歌ったことがる、日本だけではなく、ソ連(当時)中国のメーデーも新聞で大きく報道され、モスクワの赤の広場に集まった大群衆の前に新型のロケット弾などが披露された。

今年のメーデーには塩崎恭久厚労相も参加、”働き方改革”の加速化を訴えた。食糧難だった昭和21年の”コメ寄こせ”メーデーでは”働き方”ではなく、毎日の食の問題であった。一説には連合がメーデ―を天皇誕生日に繰り上げ実施するのは、”労働者”が黄金週間後半の連休を有効に使えるための便宜だそうだ。北朝鮮では、今でも”聞け万国の労働者”の朝鮮語版が歌われ手いるそうだが、今年もメーデーは、どんな形で行われるのだろうか。