「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

「山の日」の祝日より「終戦記念日」を休日に

2017-08-11 05:43:49 | 2012・1・1
8月11日は「山の日」の休日である。毎日が休日の僕にとっては、いつからこんな祝日があったのか忘れてしまっていたが、改めて調べると、2014年の祝日改正法で制定され、16年、つまり昨年から実施された祝日で、今年で2回目である。なぜ8月11日なのか寡聞にして知らなかったが、これといった理由はないのだ。漢字の「八よいのだが、」の下に「11」と書くと山の麓に木が日本立っているように見えるからだという説もある。まさかと思うが、改正法の制定の主旨には”山の恩恵に感謝し自然と親しむ”と書いてある。しかし、今年のように集中豪雨で山崩れが多いと、山の恩恵に感謝したい気持ちにはならない。

推測だが、「山の日」が8月11日なのは13日から始る”月遅れの盆”を意識して夏の連休を作りたいということから出発したものだろう。それなら12日が好いのだが、13日は日本航空の御巣鷹の墜落事故があった日なので11日に繰り上げたに過ぎない。全く意味のあることではない。それなら、この時期、日本人にとっては忘れられない8月15日の「終戦記念日」があるのではないか。

先日、テレビの番組で”終戦記念日がいつだかを知っているか”と街頭インタビューしていたが、かなりの若い人たちが知らないのに驚いた。毎年、8月15日には天皇陛下も臨席、総理も出席して「全国戦没者慰霊祭」が行われ、平和への誓いをあらたにする。敗戦の日を祝日として祝うわけにはいかないが、年16回ある国民の祝日の中には、何故祝うのか意味のない、単なる休日も多い、「国民の祝日」ではなく名前を変更して「山の日」に代わって「終戦記念日」を「平和の日」にして意義ある日にしたらどうだろうか。

体験的75歳以上老人のがん治療

2017-08-10 05:18:02 | 2012・1・1
国立がん研究センターが全国の188協力拠点病院を対象に行った、胃、大腸、肺、肝臓、乳房など主要がん12の生存率の調査結果が 新聞に載っていた。診療効果を判定する5年ごとの生存度を中心に調査したものだが、幸い4年前、老夫婦揃って手術した膀胱がん、乳がんは、他のがんに比べて生存率は高く、二人とも黙って胸を撫で下ろした。

僕の場合は今、二つのガン(膀胱、大腸)について「5年相対生存率」について、年に4回、通院して血液とCT,内視鏡の検査を行っている。膀胱がんは4年目、大腸がんは2年目にはいっているが、幸い、今のところ異常がない。しかし、5年のサイクルが過ぎたといって完治するとはいえない。僕は2000年、70歳の時初めて膀胱がんの手術をした。そのあと5年間チェックに通院したが、10年後の2010年、再発し、しかも2回も入院、手術している。

この国立がん研究センターも調査結果を伝える産經新聞の記事のの見出しは「75歳以上のがん”治療せず”とあった。75歳以上の高齢者はがん治療しないのかと誤解を呼ぶが、そうではなくて、例えば大腸がんの場合、治療が行われなかったのは、若い人は1.6%にすぎないが、75歳以上では4.6%、85歳以上は18.1%だというのである。”治療せず”ではなくて、老体から”治療出来ない”という医師の判断からではではないのだろうか。

83歳の時、僕は40日入院して、左膝の人口関節置換手術をうけているが、最初の1週間は手術のための予備入院であった。それぞれ人によって体力が違うし、がんの進行ステージにもよるが、僕の場合は早期発見が幸いした。僕は80歳を超えてから4回、大きな手術をしている。病院側と相談して高齢だからといって治療をあきらめないことだ。

何故8月は「北方領土返還」強調月間なのか 72年前のソ連の対日宣戦布告

2017-08-09 06:34:44 | 2012・1・1
内閣府のHPによると、毎年2月と8月は「北方領土返還」強調月間で”全国各地で集合、講演、キャラバンなど多彩な行事が開催される”とあるが、僕の周囲にはまったくない。マスメディアも一向に扱わない。どれだけの日本人が、そのことを知っているだろうか。2月が強調月間なのは、8日が「北方領土の日」であることだ。1885年(安政元年)2月8日、日魯両国は下田で通商条約を締結し歯舞、色丹、国後、択捉の四島が古来からの日本の固有の領土であることを確認している。一方、8月が強調月間なのは1945年(昭和20年)8月9日未明、ソ連(当時)が一方的に宣戦を布告し、満州、南樺太、千島列島に侵攻、以来、前記四島の島々を不法に占拠しているからだ。

72年前、昭和20年の歴史を振り返ると、ソ連の背信行為だけがめにつく。4月5日、わが国との間に結ばれていた不可侵条約を一方的に破棄した。ヨーロッパ戦線の連合軍の勝利が確実となり、一方日本では連日の本土爆撃で東京など大都市が焦土と化し、沖縄での地上戦も終わりに近ずいていた。7月にはポツダム宣言が発表され、さらには8月6日、広島に原爆が投下された。その期を見ての対日宣戦布告である。

対日宣戦布告は8月8日午後11時(ソ連時間)発せられているが、満州、南樺太(サハリン)など各地で一斉にソ連軍が侵攻してきた。この突然の侵攻に巻き込まれ、民間人を含む10数万人の日本人が殺害され、さらには戦後シベリアに抑留されている。まさに”火事場泥棒”的行為である。その上、戦後も北海道占領を要求してきた。

安倍政権下で、安倍総理とプーチン大統領との間で両国間の平和条約を目指して、その下地ともいうべき経済交渉が続いているが、ロシア側のしたたかな交渉にあって難航しているようである。肝心の返還運動さえ、僕が見る限り、盛り上がっているとは思えない。もう一度72年前のロシアの自己中心の背信行為を想起して、目の前の”利益”だけに走らないように。

終末期医療 自然死を選んだ96歳の知人女性の幸せ

2017-08-08 05:54:13 | 2012・1・1
昨日は暦の上では「立秋」だったが、東京は33℃と依然、真夏日が続き、秋が来た実感などない。しかし、「立秋」と聞くと人生80代歳代半ばを過ぎた僕には、なんとはなく”こしかた行く末”を想い、寂寥感みたいな思いを感じる。そんな生活の中で、今朝一番でメールを開いたら、親しくおつきあいさせて頂いてる旧友(故人)の夫人とから残暑見舞いが届き、実姉が希望通り老人ホームで皆に看取られて96歳の幸せな人生を終えたと知らせがあった。

知人の女性のお姉さんは、高齢により、老人ホームから病院に送られ治療を受けていたが、お元気な時から人工呼吸器や胃瘻(いろう)といった延命治療は受けたくない。最後は長年お世話になっている老人ホームで送りたいという意思を夫人に伝えていた。夫人の実家は親しい親族がすでに皆亡くなり”絶家”状態なので、お姉さんにとって老人ホームが最後の棲み家であった。

高齢化に伴い、終末期医療のあり方がこのままでよいのか社会問題になっている、厚労省ではこれを受けて今秋、医療、介護関係者など2万5千人を対象に意識調査をするという。昨年も義弟が胃瘻手当を受けている姿を見舞った。現役時代の旧友が人工呼吸器器でやっと生きている憐れな姿も見ている。人間の生命倫理に関する問題であるが、僕も老妻も延命治療は望んでいない。

終末期治療については、まだその在り方が徹底していないため、本人の意思に添わない治療が行われているケースが多いようである。医療費削減ではなく、人間の尊厳の問題として事前の本人の意思表示は、もっと啓発が必用である。

ペナン島の娼婦 英国所有のアンダマンの慰安婦写真

2017-08-07 05:28:45 | 2012・1・1
ユネスコ(国連教育科学文化機関)の「世界の記憶」(記憶遺産)へ中韓両国などと共同で申請中の英国戦争博物館の慰安婦資料30点が産経新聞(8月6日付け首都圏版1面)にロンドン発記事の中で紹介されていた。その中の一つ、アンダマン.ニコバル諸島の慰安婦の写真が、どこかで見たことがあると思ったら、10数年前、シンガポールの観光地セントーサ島で購入した「The Japanese Occupation 1942-1945」の写真と同じものだった。

アンダマン.ニコバル諸島はインド洋に浮かぶ島々(現在はインド領)で、戦争中は旧日本海軍第12根拠地隊が駐屯していた。文字通り孤島だが、昭和18年,インド独立の志士、チャンドラ.ボースが亡命中のドイツから潜水艦を乗り継いで、この地で自由インド仮政府を樹立している。しかし、戦局の悪化で外部からの補給路がたたれ、戦争末期には住民に餓死者も出て、戦後の連合軍裁判で刑死者も出ている。

日本軍にとってアンダマン.ニコバルは文字通り西の守りの最前線で、特に海軍は北スマトラのサバン島第9根拠地隊と並んだ重要拠点で、長期占領をにらんで、緒戦の勝利時にマレーのペナン島にあった娼家から華僑の娼婦を連行した。英国戦争博物館にある写真の女性もそうで、シンガポールの写真集には1945年10月25日撮影とある。おそらく戦後ペナンに送還するときに撮影されたものだろう。

僕の手元にサバン第9根拠地隊の戦友会誌があるが、その最終号に戦後スマトラからペナンへ慰安婦たちを送還するとき同伴した下士官の手記が載っている。韓国が主張する”性奴隷”の実態とはほど遠い。シンガポールの写真集には何故かアンダマンの慰安婦とは無関係な戦時中シンガポールにあった遊郭の朝鮮人娼婦が紹介されている。まさに歴史戦である。日本側も今からでも遅くない、戦友会誌など、当時の実態を発信すべきである。

72年目の広島 核兵器禁止条約不参加の日本の矛盾

2017-08-06 05:16:46 | 2012・1・1
昭和20年(1945年)8月15日午前8時15分、広島に原爆が投下されてから72年、今年も安倍総理をはじめ世界80か国の代表が参加して「平和式典」が開かれた。主催者の松井一実広島市長が”核兵器のない世界”を目指して「平和宣言」朗読、先月国連で選択された核兵器禁止条約にも触れ、唯一の被曝国として、わが国が核保有国との橋渡し役になって欲しいと語った。

国連はひと月前の7月8日、”核兵器のない世界”を目指して核兵器禁止条約を採択した。193加盟国のうち129か国が核兵器の使用、開発、実験、さらには使用するという”威嚇”まで禁止するという内容に賛成した。しかし、わが国は米国の”核の傘の下”にある立場から参加しなかった。外交には素人の僕だが、世界唯一の被曝国が参加しないのは矛盾である。この矛盾について安倍総理が何も語らなかったのは残念であった。

オバマ前大統領の昨年5月の広島訪問があまりにも印象的だったため、今年も米国からの高官の参加を期待していたが、今年は新しい大使が赴任前(8月下旬来日)という理由で臨時代理大使もが参加、国連からも事務総長ではなく、軍縮担当の次長{日本人)である。

トランプ大統領は昨日からホワイトハウスを離れ18日間の長い夏休みだという。大統領と平和式典とは直接無関係だが、気になるのは昨年の大統領選挙での発言である。曰く。”日本は金持ち国だ。自分で核兵器を作ればよい”曰く”(広島、長崎の原爆被害に触れ)戦争は仕掛けたほうが悪いのだ”などなど。広島被曝体験者の平均年齢も81歳を超えたという。政府はこれを踏まえ、唯一の被爆国として、世界に対して、広島、長崎を訪れ、その悲惨さを追体験して、核兵器絶滅の輪を広げよう。それには、まず、国連条約に参加することだ。

シルバー人材センター 真夏の垣根の剪(せん)定

2017-08-05 04:59:04 | 2012・1・1
季節はずれで申し訳ないが、童謡「たき火」の始りの歌詞”かきねだ かきねだ曲がり角”の垣根が東京では最近めっきり少なくなってきた。戦前、東京の山の手ではどこにでも見られた風景だったのだが。わが家の裏側には、その名残が生き垣として残っているが、手入れをしていないので写真(左)のような状態。あまりみっともないので、区のシルバー人材センターに頼んんで、昨日、思い切って剪定して貰った(写真右)

シルバー人材センターから二人のシルバーが派遣されてきて、手際よくハサミを入れてくれた。シルバーといっても杖突き老人の僕とは違い、まだ梯子にも自由に乗り降りできる”お年寄り”である。改めて65歳以上高齢者という定義に疑問をもった。それにしても定年を終えた後も、自分の趣味を生かし、こうして小遣い稼ぎできる人生は幸せだ。

戦前昭和の初めに開発された住宅街で、昔はどこの家のも広い庭があった。駅前には庭木を扱う造園業の植木溜めまであった。近所にも何軒か植木屋さんもあったが今はない。庭木が少なくなり、商売にならないのだろう。この季節、うるさくまで感じたセミの声も聞こえなくなったのも当然だが寂しい。

後期高齢者の医療介護年金費バランスシート

2017-08-04 04:57:18 | 2012・1・1
厚労省から先日平成27年度の社会保険給付費が発表になった。114兆円という過去最高の額、あまりにも巨額で庶民には理解しにくいが、国民一人当たり、赤子まで入れて90万3200円だと聞くと、その額の大きさに驚く。超高齢化時代、いわゆる団塊世代が後期高齢者入りする2025年を前に深刻な問題だ。4人に1人が75歳以上の超老人社会になるのだ。

60歳から年金(厚生年金)を頂戴しすでに25年、四分の一世紀になる。平成25年度の平均年金支給額は厚労省の資料によると、厚生年金は14万5596円、老齢年金5万4544円だそうだから、僕の場合、平均額は頂戴している。住んでいる家が自宅なので都会でも節約すれば何とか生活できる。しかし、土地まで所有している関係で住民税を支払っており、その関係で後期高齢者医療保健でありながら、窓口支払率は現役並みの3割、介護サービス料も2割である。それに保険支払額が後期医療、介護の二つを併せると、月にすると3万円をこえている。

加齢と共に健康な人間でも身体のどこかが痛んでくる。僕は幸い、日常薬なしの生活をしているが、4年前の膀胱ガンと膝の人工関節置換手術、それに2年前の大腸ガンの開腹手術後の再発、転移のチェックを年にそれぞれ3回行っている。チェックの中にはCT.MRIといった高額な検査もあり、その費用だけで月に換算すると1万円は支出している。幸い、どの検査も無事パスしているが健康を維持するにはこういった医療費も必要だ。

国の社会保険給費のお蔭で世界一の長寿国を誇示しているが、やはり、どこかで歯止めをかけないと破産してしまう。わが家の医療介護年金のバランスシートを見て、年金生活者には厳しく公平感にかけているが、保険の性質上やむをえないのかもしれない。

世襲型安定安倍内閣改造

2017-08-03 05:56:07 | 2012・1・1
第三次安倍晋三内閣の第三次改造内閣と自民党執行部の顔ぶれが発表になった。これを見ての僕の第一印象は、新入閣が少なく大臣経験者が多く、安定型な事。一方別の見方をすれば、不謹慎だが血筋を尊ぶ競馬馬みたいな世襲型内閣のようにみえる。野田聖子、鈴木俊一、河野太郎、林芳正、世耕弘成、梶山弘志、小此木八郎、江崎鉄磨、―いずれも祖父や父親や、近い親族が総理や外相などの重要閣僚の経験者、昭和の政治史に名を残した人たちだ。

新閣僚の若返りも特徴だ。ほとんどが50歳代から60歳前半の人たちだ。自分が歳をとったのを忘れていたが、僕の子供たちの年齢なのだ。戦前生まれは麻生太郎副総理と江崎鉄磨(沖縄北方領土担当)の二人だけ。団塊世代でさえ、菅義偉官房長官ほか数人しかいない。時代は推移しているのだ。ただ、僕が”世襲議員”の名前を聞いて抵抗があるのは、父親の現役時代についてである。

外務大臣の河野太郎氏だが、僕らの世代にとっては、父親の洋平氏の韓国の従軍慰安婦をめぐる「河野談話」が今でも頭にある。外相として誤った歴史認識に基づいたあの談話である。これに対して洋平氏からの談話の撤回がないことだ。その洋平氏の御曹司の太郎氏が外務大臣である。今回の改造で退陣した石原伸晃氏も父親、慎太郎氏ととかく比較され先般の都議会議員選挙ではイメージダウンにつながった。ありえないとは思うが、太郎氏の外交政策に父親洋平氏の意見が反映されないことを、”化石人間”の僕は望む。

韓国映画「軍艦島」の虚妄に抗議を!

2017-08-02 05:15:59 | 2012・1・1
戦争中、長崎港外にあった端島炭鉱に韓国から動員され、強制労働された徴用工を描いた韓国映画「軍艦島」が今、韓国内で上映され反響を呼んでいるそうだ。映画は過酷な労働に耐えきれず、島から脱走を計ったとされる徴用工400人の虚妄な話を描いているとのことだ。公開前から韓国では評判で、40万枚の前売り券が売れ、ポータブルサイト1億を記録しているという。

現地からの報道では、この映画は世界113か国で上映される予定だが。今のところ日本ではその予定はない。これについて先日、菅義偉官房長官は記者会見で”史実を反映した記録映画ではない”として、政府が抗議するかどうかコメントしなかった。

韓国とは2015年12月の慰安婦に関する”最終的、不可逆的合意”で、未来志向で交流することで合意している。にもかかわらず、韓国政府はソウルの日本大使館前の慰安婦像は撤去せず、新たに釜山の総領事館前に新設、文在寅大統領は、合意それ自体についてまで見直しを示唆している。そこへきての「軍艦島」の上映である。未来志向に水を差すものばかりだ。

端島島民の有志が映画は史実に悖ると抗議しているが、例えば昭和19年(1944年)8月の動員令の改正で、日本人(半島居住を含む)の男性は12歳から60歳まで、女性は12歳から40歳まで勤労動員が決まり、当時旧制中学3年だった僕も軍需工場へ学徒動員され、同学年の国民学校高等科生徒は「徴用工」の名前で工場、鉱山、炭鉱へ動員された。従って、端山炭鉱で働いていたのは12歳以上の少年であって合法的な労働である。

菅官房長官はコメントを控えているが、これは間違いである。明らかに2015年の「慰安婦」合意の未来志向の精神にもとる。慰安婦問題が、「挺身隊」についての韓国の誤った歴史認識から始まったように、韓国では「徴用工」の誤った歴史認識が独り歩きし、この「徴用工」像が「慰安婦」像と同じようにつくられようとしている。黙っていてはいけない。