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☆=☆☆☆☆☆
◎=☆☆☆☆
◇=☆☆☆
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▽=☆

海の淵

2024年12月24日 22時00分29秒 | 洋画2024年

 ◎海の淵(Landkrimi Tirol: Das Mädchen aus dem Bergsee)

 

 なんとなく感傷的なギターのメロディが好いなあっておもってたら、どんどんと人間関係の深みに嵌まっていく。そんな映画だった。

 ミリアム・ウンガーっていう監督も、パトリシア・アウリツキーという女優も、とにかく地味だ。ただ、物語は決して地味ではなくて、湖に重しを入れられたリュックを背負わされて沈められた売春婦の存在意義みたいなものを探っていくんだけど、この相関図がなんともいえない。相関関係は、サッカーの監督で、かつ、町の名士がいて、とうに離婚してるんだけど、こいつを父親に持った女刑事パトリシア・アウリツキーが捜査をする過程で徐々に知れてくる。むなくそが悪くなる関係で、どう書けばいちばんわかりやすいんだろう?

 パトリシアの実家には、母親がいる。12歳で、死んだ姉もいる。さて、この姉、死んだ理由がよくわからない。自殺らしい。なんで自殺したのかをつきとめてゆくんだけど、この謎を解こうとするうちに、パトリシアの家族が濃厚に絡んでくる。この展開があまりにも身近すぎて、どうかなあっておもっちゃう。

 つまるところ、パトリシアの父親のサッカーの監督は異常性欲の持ち主で、自分の長女に倒錯して、特別な女だといって執着し、性交渉を強要して妊娠させちゃう。娘は、女児を出産するんだけど、そのために気鬱になり、みずから命を絶つ。話はそれでは終わらなくて、生まれた女児は修道院に預けられるんだけど、働き始めても挫折し、ベルリンで売春屋に務め、それをつきとめたのか偶然なのかはわからないけれども、まあ、たぶんつきとめたんだろうけど、サッカーの監督つまり祖父が客になって現われるんだね。これまたいたたまれず、娼婦になっていた孫は逃げ出すんだけど、執拗に追われ、やがて性交渉を拒んだことで殺される。この因縁深い犯罪の真実を、父親とは離婚した母親と暮らしてきたパトリシアが偶然にも追いかけることになるんだけど、いやもう、この展開は偶然すぎないか?

 ちなみに、チロル地方の風景はとっても美しく撮られてるね。

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帰らざる日々

2024年12月24日 15時40分19秒 | 邦画1971~1980年

 ◇帰らざる日々(1978)

 

 懐かしい。

 たぶんそうなんだろうけど、藤田敏八の描いてきたこういう青春時代のやるせなさってのは、田舎の高校生とか地方出身の大学生には刺さるもんがあったんだろうなあ。

 それにしてもなんつーか、自主制作映画の35ミリ版っていうのがなによりしっくりくるかなあ。大掛かりな自主制作な感じ。ま、ともかく、飯田にデパートが進出して、中央高速が開通したばかりの時代。そうかあ、だから、あの頃、信州が舞台の映画が多かったのか。

 喫茶店に掛かるのは『旅の宿』だが江藤潤が不良に見えない。映画館は『日本侠客伝』で『唐獅子牡丹』が流れ、朝丘雪路の経営するスナックで掛かるのは『傷だらけの人生』だ。

 江藤潤の家、むかしの町家だなあ。向かって左の戸を開けると通り庭。入って右手が江藤潤の部屋。浅野真弓を手籠めにしようとしたとき、浴衣の足元から覗き込むようなアングルで下着を撮るんだけど、趣味の良くないカットながら白い下着ってのがなんとなく当時を匂わせる。

 しかし、当時の喫茶店はええね。特徴的な雰囲気は当時でしか味わえないなあ。

「太宰の斜陽の中に不良とは優しさのことではないかしらっていう一節があるよな」

 と、河原で友達にいうのは、5月生まれのタツオこと永島敏行で、その青春物語なんだけど、相手は竹田かおり。中学でて名古屋の美容学校に通って美容院にも勤めてたとかで、店主に強姦されて、だけど、かなり深入りしてたようで、見切りをつけて出直そうと飯田に帰ってきたんだが、だから、童貞の永島敏行が挿入しようとしたとき、ちがう、そこじゃないといわれちゃう。これは、めげるんだよなあ。

 そうか、飯田のパチンコはまだ手打ちだったのか。しかし竹田かおりを犯そうとした翌日に、江藤潤のたくらみで浅野真弓とデートするときの純情ぶりはなんだよって話だけど、まあ、それがばれて、竹田かおりが怒るのはいいとしても、母親の吉行和子が朝丘雪路と電話でお互いに店を知ってたりする話をしてるうしろではやくざの中村敦夫が大喧嘩したりと、まあ、そんなありがちの世界なんだが、まじ、田舎はそんなもんだ。

 とにかく、いろいろ懐かしいけど、いくらなんでも、アリスの『つむじ風』のかかるミュージックビデオみたいな画面で夢精するか?

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