世の中の見える世界から見えない世界まで思いっきり。特に、子供、教育、不登校、自閉症等 情緒に関心あり
天まで届け
自然は人を生み育て人は自然を壊し滅ぼしている
本末転倒し 暗中模索する私たち
土を踏み 風と小鳥に耳をやり 目を上げて天空を仰ぐ
何かが見え 何かが聞こえ 何かを感じ そして何かを知らせてくれる
私たちは 何を伝えているんだろう?
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
ジャーナリストの視野
ジャーナリズムは アメリカの中間選挙を国内問題としての報道を中心にしていた。
グローバルな視座で報道した方が良いのではないか。
評論も分断社会の溝の深さを指摘はするが 背景や原因である世界やアメリカの「経済社会の行き詰まり」
の認識を欠いている。
これでは 今後のアメリカや世界を推し測ることは難しい。
視野は自然界どころかグローバルにも及んでいない。視野の狭さは反応の鈍さに通じる。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
人類のボタンの掛け違い
温暖化が進み 生物の多様性が損なわれる中で
世界はアメリカの中間選挙の行く方を注目している。
世界の安全や経済にとって 自然の異変と中間選挙の結果はどっちの影響が大きいか。
人は自然に生かされているが アメリカの大統領に生かされているわけではないから答えは明瞭。
中間選挙のように自然の異変をニュースとして報道したことがあるだろうか。
人類がボタンのかけ違いをしていることが よく分かる。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
「有識者」の果たしてる役割
ニュースの解説やコメントにやたらと「有識者」が登場する。
一般の人々は「有識者」とは言われず 有識者は権威付けた言葉に他ならない。
登場する有識者には 視野の狭い宣伝マンを感じることが多い。あたかも 視野の狭さを「有識者」の権威で覆っているかのようだ。
これに似た権威に拠る誘導が目につく。
一般的には専門に分化されるほど全体を俯瞰する能力は低下する。あれもこれも達者にこなせる人は居ない。
有識者の登場は良いのだが適材適所に用いるべきだが メディアの企画が権威に依存し過ぎてる。これでは人々を迷わせるだけで正しくは導けない。 行き詰まってる現状がその事を示してる。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
次ページ » |