世の中の見える世界から見えない世界まで思いっきり。特に、子供、教育、不登校、自閉症等 情緒に関心あり
天まで届け
指導者に欲しい世界的な視野
2005・12・25 在日米大使館は 「…日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動をとったことに、米政府は失望している。…」との異例の声明を発表した。
この影響は多きいにもかかわらず、マスコミの取り上げ方は 様々だが
多くは(日本の指導者)の立場を擁護するかのような内容だった。この報道姿勢そのものが(失望)を
増大させなければ良いと思う。
日本の一連の動きが 米国を含めた諸外国には 国際関係を無視した自己中心的で幼稚な振る舞いにしか見えなとしたら、一体どうすれば良いのだろう?
「受け手が心閉ざさぬ報道を」
ここへ来て明るいニュースが2つある。
一つは
中国の経済政策が経済成長路線に別れを告げ、持続可能な調和した経済への転換を内外に表明したことである。
勿論、内実は今後に待つよりないが、当たり前のこの転換を政治のテーブルに載せた意味は大きい。
もう一つは
音楽家の坂本龍一氏が 東京新聞との討論で「受け手が心閉ざさぬ報道を」と直接マスコミへ注文したことである。
詳しくは26日に特集すると言う。
ある意味で マスコミの影響力は政治以上のものがあり、マスコミの誘導で今日の日本や世界があると言える。
これまで政治を批判してもマスコミへの批判はあまりなく、あっても(ついでにちょこっと)の感じでマスコミの引き立て役の感じすらあった。
マスコミの評価は現在の社会をどう見るかによって違うが、今ほど立場を越えて社会に危機感を感じている時代は思い起こせない。
新聞のこの見出しになった言葉から想像すると、東京新聞も含めマスコミ全体に対し氏の深い感覚で率直に述べられたのではないかと
期待し わくわくしている。
私のかなり進行したマスコミに対する拒絶した感覚を「心を閉ざした」と想像もしない言葉で表現してくれた。これだけでも感謝。
「それを言っちゃーおしめぇよ」
150年近く前、日本は世界に向けて開国した。今は世界の国々が 地球に向けて開国する時ではないか。
現実は おおよそそれとはほど遠いところで 背広をきてはいるものの 刀を差したチョンマゲ頭や 拳銃をかざしてインディアンを追い詰める西部の荒くれ者のような人間が お高い所で彷徨っている。
「それを言っちゃー おしめぇよ 」と 寅さんに言われそう。
一体になった観客
お隣が引っ越し、更地の工事を終え、新しい住宅の建築作業がはじまった。
作業員はほとんどインド人やバングラデッシュ人ばかりで、時々、監督らしい日本人が姿を見せる。
あちこちで繰り広げられてるアベノミクスのかけ込み需要だろう。
家に居ながら 崩壊するドラマを一体で 観ている。
大きな面した「おらが村の田吾作」が闊歩する
オバマ氏はソチオリンピックの開会式に臨まないらしい。
春のG8・G20のプーチン氏へのお返しか?
マンデラ氏を敬愛し遺志を引き継ぐはずの「国際的なリーダー」も 「おらが村の田吾作」か。 あちこちで大きな面をし大口をたたく奴も、小心者の「おらが村の田吾作」ばっかし
有り得ないことを考える「人」
ヒトは 自然と共にあることを拒み ヒトを中心にした世界を作り
強きヒトは 弱きヒトと共にあることを拒む
あたかも ヒトは 己の存在を拒んでいるかのようだ
あの星の話
何と言っても あの星のニンゲンは
海の温度を上げながら 17秒に一人を飢え死にさせ
景気の良し悪しを占いながら 戦の準備をし
大人も子供も競って仕事と勉強に明け暮れる
地球儀を回して遊ぶ
地球儀をグルグル回すと地球は一つに見える。
急いで100年を見ても国境は消えるぐらいだから 1000年~2000年になると海や陸の区別すらなくなる。
一つの地球なのに 争ってどうしたいのか。
逆流
確実にグローバル化していているのに、パラダイム(社会的通念)の転換が出来ないどころか、100年も
昔のパラダイムにとりつかれたように蒸し返す国があっても、地球的には 特段不思議ではない。
川の水だって 急流もあれば淀みや逆流もある。
事実が明らかになる日
マスコミはすべて 安倍ノミクスの効果で経済が「上向いている」と政府と同一の認識を基調に報道している。
私は 経済は「悪化している」と正反対にしか認識出来ない。
事実の明らかになる日が待ち遠しい。
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