老人の凄さ




61年前の高校のクラス会で 田舎へ行って来た。

人生終版のパズルを完成間近にしてピースを埋めるような
     充実した時間だった。 名残惜しかったのか 予定していた帰りの飛行機に遅れてしまった。

     男女やグループの壁が消えていて 誰とも何でも話せたのは意外だった。
    
      考えてみたら 一人一人が人生の終盤を迎えて 囚われから解き放され 自由を獲得したようだった。
      年寄りが自由なのは 死ぬ準備体操のようなものかもしれない。スゴク幸せだった。

      

      
  
       
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

パズルが埋まるクラス会




この25日、田舎で高校の時のクラス会がある。

    あれから 68年経つ。  生まれてこの方の絵巻物を思い浮かべることになるが 

    今思えば いじめっ子で我がままな手に負えないような性格の自分だが、現在進行中の世界の物語にうまくつながりそうな気もするから楽しみ。完成まじかのパズルを埋めるのに似た気分。

 幹事からは(最後のクラス会)になるかもしれない との言葉もあった。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

若者の意識空間(心理的場)は?








一般的には 1人1人が認識している空間認識や意識は 客観的に事物の移動や変化をもたらしている空間より可なり狭い。

     人は認識し意識した場によって判断し行動するから 客観的な空間との間にはズレが生じる。

    今日の行き詰まった状況は ズレの大きさを物語っている とも言える。

    ところで これからの時代を背負う子どもや若者はどうなっているだろう?気になることも多々あるが、

今日は近くの学生との交流もあるから その辺を探ってみよう。端的に梅や希望を聞けばいいのかな…?
    
     
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

これで良し



   今日も 何千何万の人が不幸な死を遂げる。

     私はそのことに見向きもせず 今日も 正義や善や美を思い語り振る舞う。そんなことに長いこと気付かずにいた自分に気付いたから 今日は「これで良し」としよう。

        
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

マスコミの能力



世論が国民の声だとすれば 世論は色々あり、マスコミが 大事な国民の声を吸い上げられるほどの能力があるとは考えられない。

        結局 世論はマスコミによって作られる。 

マスコミは 権力や商業の枠を越えられず、マスコミにとって都合の悪い情報は無視すれば良いだけで 都合の良い情報だけで「国民世論」を作れば良い。
       
         
「論より証拠」で 行き詰まりながら明日の見えない現状が 放置するほど全ての国民の直感が機能せず不明だとは思えない。

     取材しないだけ。

      


      
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

先ず 急いでやることは


   
    どれだけ暴言を吐き威嚇し合っても 

   北朝鮮とアメリカが戦闘するとは 99パーセント(私には)考えられない。そこまで愚かではないだろう。

      世界はそんな状況下ではなく 本当に相互の安全保障を考えるなら こんな火遊びみたいなことをやってる


     暇など無く 根本的な災害対策や経済対策に急いで着手すべきだろう。 既に安全が損なわれてる現状を後回しにしていては 話にならない。 
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

何をしているんだろう?




テロとの戦いの戦果は?
   
  テロを社会の化学反応的な現象に例えて考えると テロを生み出す力と消す力はどっちが大きいのだろう?

    テロが増加しているとすれば  テロを生み出す力がテロを減少させる力に勝っている事になる。

     「テロの拡散」が言われているが 火付けのマッチが火消しのポンプに勝っているとすれば 人は何をしているか分からない。 
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

皆 どうするんだろう?




背中に火が付き 泥舟で逃げる その舟にしがみつくのか 手を放すのか。

    
皆 どうするんだろう? 
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「相変わらずバカか!」




  「〇〇〇 お前は相変わらずバカか!」は 寅さんの名セリフだった。

    〇〇〇のところに 「人間」や「日本)」が入らなければいい。

    

近所に子どもが落ちたら大けがしそうな危険な場所がある。 


ちょうどそこへ市役所の建築課の黄色い車が通りかかったから一声かけた。

その職員は 「ここは私有地だから市の責任は無い。」と言う。 

市民の安全を守るはずのこの市から 私有地を除いてどこの安全を守るのだろう?

      〇〇〇には 私の「ドジ」の名前も入ってるはずだ。

     

      

     
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

宿してる希望



強いものに奉仕するような支配や政治をしながら 「豊かさが末端に及ぶ。」の論説がはびこっている。

    当然 結果は 為るようになっている。

      強いもの自身が分断され弱体化して 本来が浮上する。

     現在の曇り混沌とした風景の中に そんな希望に満ちた未来を宿してる。

     現在の政治リスクは 反面教師的な役割を果たしてる。 

     

     
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ