世の中の見える世界から見えない世界まで思いっきり。特に、子供、教育、不登校、自閉症等 情緒に関心あり
天まで届け
財界・マスコミ連合
財界がに日本の稼ぎ頭であることは 間違いないだろうが、財界をスポンサーにいただいたマスコミが 財界・マスコミ連合のようにタグを組んだら、(鬼に金棒)で政治家も政府もどんな権力も太刀打ちできない、と考えるのは間違いだろうか?
財界の要求であるTPP参加は 国民的議論の真っ最中だが、全ての新聞・テレビはすでに参加の方向で一致していると言う。(ある新聞社の論説委員の言葉)
国が結論を出す前に、マスコミは経過説明なく財界同様の結論を出している。
(国民的議論)以前に議論しなければならない【超権力】による議論はどこでしているのだろう? 未だ、聞いたことがない。
九ちゃんが見つめてる
この星の人たちが 九ちゃんのように「ささやかな幸せ」を願っているとしたら、アフリカや中東などの騒ぎや増税やTPP等の歌にもならない声高な罵り声が聞こえるだろうか?
宇宙の奇跡的な存在であることを自ら放棄して、気持ちよく(千の風)になれだろうか…
孤独もいい
望遠鏡でじいっと月をみていたら、いつの間にかあっちとこっちが入れ替わり、自分は真っ白に光る砂漠のような中に一人いて、宇宙規模でここにいる一人っきりの自分を見ている。
全くの孤独が経験できる。
もともと生まれる時も死ぬ時も孤独だが、その間は孤独と人とのつながりの間を行ったり来たりしているようだ。
全くの孤独は人との繋がりや意味をより浮き立たせてくれるから面白い。
孤独感の感じられないリーダーは 淋しい。
2つのトーン
スペースシャトルからもかなりの異変に気が付くが、、そのまま地上に降りるとさらにその感覚は増す。周囲の生き物や植物の異変を目にする。ところが街は賑やかで書店の店先もハデハデの本が並び、新聞やテレビの報道はこれまで抱いてきた心配とは全く別世界である。
地上は、この明暗の2つのトーンが、矛盾ないかのように横並びし、そこで人々は暮らしている。
私たちは 目に見える現実の情報と作られた情報のどちらにより反応しているのだろう?
想定内
日本の国債発行残高は 今年に入ってからも(800兆円~900兆円)と報道されてきた。
先日突然、(1060兆円)と政府の発表が あった。何で急に100兆以上も増えたのか?
ギリシャは政権が代わって国の借金が2倍だったことがバレてしまい、今日世界的な問題になっている。
この類の数字は、どの国も政治的思惑からいい加減な数字がはじき出されているのだとは思うが、
世界の経済状況を把握し、今後を予測する上では不便極まりない。
ギリシャ問題の処理も先延ばししただけだったが、ここ2~3年、世界は連鎖的に似たようなもっと大きな危機に見舞われるだろうと
ドジは 予測している。 (その時は グローバルな統治水準を上げない限り経済は自由化どころでなく、逆に保護貿易に傾くだろうと想定している。)
問われるもの
あらかじめ 事の(是非善悪)が決まったものはない。
同じ事が、背景如何で良くも悪くもなる。
産業革命も例外ではない。
同様に 個人の行動や価値観の持つ意味も常に変わる。
絶対的な善人もいなければ悪人もいないことになる。
「善人なおもて往生遂ぐ 況や 悪人おや」 は そういう意味かもしれないが、賢・愚(知性)は 現実的な問題として問われるに違いない。
TPPの是非だけの問題か
世界の統治が進み、国境を挟んだ経済競争が意味を持たなくなっているならまだしも、同盟国間でありながら、利益を争う中にあっての経済の自由化(TPP)は、ライオンとウサギを同じ檻に入れたのに似ている。
自国産業を守るべき政府は、その役割を果たすのがより恩難になるのは言うまでもない。
自由化は将来的な理想と言えなくもないが、それは 国家間の競争や利害の垣根をとることを優先するのが順序である。
政治討論会では TPPの参加の是非を議論しているようだが、現在の経済政策の問題はそれより根が深い。
経済成長の根拠を曖昧なまま経済政策を進めてが、果たして 過去20年間、世界も日本もGDPではなく実質的に経済成長をしてきたと考えているのだろうか?
先進国が軒並み大きな借金を抱え、にっちもさっちもいかない現状は なぜか?
地球資源や、先祖から譲り受けてきた財産を食いつぶし、経済だけでなく地球環境も含め 限界(底)が見え隠れし始めた感じである。
オールマイテーではない競争原理
競争原理は社会の隅々まで行き渡ってる感じだが、戦争や争いをはじめ多くの矛盾のの原因にもなっているようだ。
そもそも競争は 社会的に生み出されたものか、人間に備わった本能か。
競争は個が持つ本能だとすると、最も近い親子の間に競争が生じるはずだが、親子は共生するため助け合うののを常としている。
社会にあっても家族や地域なども共同体は 共同・協力の関係が強いが、機能集団化する中で比較競争が強められた。
そうすると、 競争原理は人間の避けがたい本能に根ざしたものではなく、人間中心の利益や目的のために社会的に生みだ物のようである。
社会の行き詰まりがあらゆる分野で顕在化してきてる今日、生み出した競争原理そのものを再点検し再評価する必要があるのではないか。
前世紀型で時代遅れの(橋下知事や石原知事のような)リーダーが マスコミでもてはやされ世論を支配し政治を動かす。
全体的に、マスコミをも巻き込み利益誘導する集団のコントロールが課題だが、子供の発達や教育に競争原理を持ち込んだ大本が手を焼いているところの見直しは急いだ方が良い。
はっきり,おかしい
原発事故やウオール街に象徴されるような、世界や日本の公益性を欠いた企業活動によって経済や平和そのものが蝕まれいないかとの懸念される中、23日付朝日新聞の社説は、「農業再生に企業の力を」と言うものだった。
疲弊した農業は、長年やってきた企業中心の経済政策がもたらした。その原因となった利益優先で公益性を欠いたと言われる企業が「農業再生」さらに何を何再生させるのか。TPP参加以前の問題だ。
確かに私たちは、変な渦の中で生きている。
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