デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

アート・ペッパーがオホーツク海の波に乗った日

2007-12-02 08:31:55 | Weblog
 当地から車で1時間ほどのオホーツク海に面する網走市は、高倉健主演の映画「網走番外地」で全国に名前が知れ渡った。番外地とは刑務所が所在する地区で、住居表示では無番地になっている。明治の脱獄王西川寅吉や、昭和の脱獄王白鳥由栄が収監されたこともあり、凶悪犯が多いというイメージから、映画の舞台になったのだろう。冬は流氷砕氷船「おーろら」が人気の観光地でもある。

 その網走のステージにアート・ペッパーが立ったのは26年前、81年の11月22日だった。オホーツク海から冷たい風が吹く寒い日だったが、会場はエアコンが必要なほどの熱気に包まれている。僅か数メートル前の舞台にペッパーが現れ、繰り返し聴いたレコードと同じ音を出しているのだ。興奮せずにはいられない。一音残らず聴き逃すまいと身を乗り出すが、美しいフレーズは心地よく身体を通り抜ける。一回性のライブとはそんなもので、内容が素晴らしいほど、そして憧れのプレイヤーなら尚更のこと、大きなオーラの中では記憶すら失ってしまうのだろう。

 今年、その日のライブが完全な形で陽の目をみた。レコードによる追体験は記憶を蘇らせ、冷静に鑑賞できるものだ。モード奏法を取り入れた「ランドスケープ」で幕を開け、お得意の「ベサメ・ムーチョ」に続く。そしてペッパーの波乱の人生そのものを語りかける「ストレイト・ライフ」、初リーダー作「サーフ・ライド」に収録されているお馴染みのメロディだ。かつての荒波に一気に乗るサーフボードのようなスピードはないが、美しいことこの上ない。質の高いライブを自身の歓声や拍手と共に何度でも味わえるアルバムに感慨一入である。

 浮き沈みを知らないジャズメンはいないが、麻薬による収監、ブランク、ペッパーの辿った人生の山坂はたとえようがない。ジャケットの背景は阿寒国立公園に聳え立つ休火山の雄阿寒岳である。休火山は休止期間にエネルギーを蓄えるという。麻薬患者治療センター「シナノン」での療養後の精力的な活動は瞠目するものがある。ペッパーもまた活動休止中にエネルギーを蓄えたのだろう。
コメント (39)
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