デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

ジャズバーの片隅で聴く What Love Is

2012-12-16 08:50:45 | Weblog
 「銀座の裏通りという説もあるし、六本木の雑居ビルの地下という者もいるし、ニューヨークのイースト・ヴィレッジにあったという噂もあるし、ボストンの大学の構内にひっそりと看板がかかっていたという話も聞いたことがあった。」村上龍の幻のジャズバーを舞台にした「恋はいつも未知なもの」(角川文庫)の一節だ。スタンダードナンバーをタイトルにした小説で、ジャズバーのカウンターに座っている主人公と自分を重ねたくなる話が詰まっている。

 You Don't Know What Love Is・・・ぼろぼろだったビリー・ホリデイの執念の名唱として知られているが、何故かインストもドラマティックな録音が多い。マル・ウォルドロンの「レフト・アローン」に於ける演奏はビリーの幻を見るような重い響きを放ち、ドルフィーが亡くなる寸前に残したフルートの演奏は、まるで死を予感しているような悲壮の響きを持っていた。さらにフロントに厚みを増したジャズ・メッセンジャーズの三管編成初録音のインパルス盤は、リー・モーガンとボビー・ティモンズという看板スターの首を切る決断をしたといわれるアルバムで、ウエイン・ショーターのその後の活躍を約束するフレーズで埋められている。

 バラードの必須ナンバーだけあり一度は演奏するチューンで、チャーリー・ラウズもワンホーンで吹いていた。ラウズというとモンク・バンドで文句も言わずモクモクとプレイしていたが、自己のアルバムとなると張り切りようが違う。同じプレイヤーとは思えないほどの輝きをみせるのは驚きだ。モンク・バンドがマンネリ化したのはラウズの機械的なソロによるものだ、という指摘があるが、そうさせたのはモンク自身だから一方的にラウズを責めるわけにはいかない。伸び伸びした環境でプレイしたならモンクの元であっても閃きのあるフレーズに「YEAH!」の声がかかったであろう。

 薄野の裏通りに最近、よく通うジャズバーがある。カウンターだけの狭い店だが、レコードのチリノイズと真空管の優しい音、そしてアルテック604から程よい音量で流れるジャズ空間は異次元の趣きだ。ジャズバーの名前は・・・秘密にしておこう。隠れ家を知られたらそこは現実のジャズバーになってしまう。村上龍が描いた幻のジャズバーはきっとそんな隠れ家だったのかもしれない。
コメント (20)
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