デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

シンギング・ハマーズに魅せられて

2013-09-01 08:33:16 | Weblog
 ♪He's a fool and don't I know it But a fool can have his charms・・・彼は愚か者で、私にもそれはよく判っているわ、でもバカな彼にも魅力はあるのよ、という歌詞はロレンツ・ハートとリチャード・ロジャースの名コンビによる「Bewitched」のヴァースだ。それも飛び切り美しいメロディを持っていて、主人公のどうしようもない男を自分に重ねると、より迫ってくるものがある。但し魅力があるかどうかは別の話だが・・・

 魅力的なナンバーを生んだミュージカル「パル・ジョーイ」のために書かれた曲で、珠玉のメロディと切ない歌詞に魅せられるのか多くのシンガーが取り上げているが、スライディング・ハマーズの姉のミミ・ハマーがトロンボーンではなく歌っているのには驚いた。姉妹でトロンボーンを演奏するという意表を突いたデビュー盤は、美人姉妹という売り出し句で話題になったが、これが予想以上にテクニックも抜群で音楽性も優れたものだった。トロンボーン・デュオというとJ&Kという完璧な手本があるが、このスタイルに学び練習を重ね、姉妹で切磋琢磨した様子がうかがえる。謳い文句の美人は個人の判断に委ねるとしても、立ち姿は実に絵になる。

 「Sings」のアルバムタイトルからわかるように全曲ミミが歌い、妹のカリン・ハマーだけがトロンボーンを吹くという仕掛けだ。「Bewitched」は勿論ヴァースからで、マティアス・アルゴットソンのピアノだけをバックに歌っており、これは歌唱力がなければ出来ない歌い出しだ。そしてこれまたヴァース以上に美しいコーラスに入るとマーティン・ショーステッドのベースが重なる。クライマックスは2コーラス目の♪Lost my heart, but what of it?・・・で、カリンのトロンボーンが歌詞の間を埋めるようにスッと入ってくる。こういう絶妙の間というのはテクニックや練習量で身につけたものではなく、同じ血が流れているからこその阿吽の呼吸なのだろう。

 今では典型的なスタンダードになった「Bewitched」だが、村尾陸男著「ジャズ詩大全」によると、ブロードウェイで発表されたときの歌詞は現在歌われている歌詞とは違ったという。当時のピューリタン倫理に背くどぎつい内容だったそうだ。詞を書いたハートはゲイでアル中だったことから歌われなかった歌詞は想像が付くが、州によっては同姓婚が認められている現在のアメリカなら清教徒からお咎めがないかもしれない。
コメント (10)
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