デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

アレック・ワイルダーのお気に入り The Nearness Of You

2014-07-06 08:22:48 | Weblog
 村尾陸男著「ジャズ詩大全」(中央アート出版社刊)に、作曲家でポピュラー音楽批評家としても知られるアレック・ワイルダーの言葉が紹介されている。「これは音楽学者など冷笑するような曲だが、しかし若者が一度は夢み、踊り見つめあい、手をにぎりあうロマンティックな世界をやさしく率直に表現している。」毒舌のワイルダーにしては珍しく褒めているのでかなりのお気に入りだったのだろう。

 その曲とは「The Nearness Of You」だ。「おそばにいさせて、それだけでいいの」という、それこそ音楽学者なら冷ややかな目で見そうな甘いラヴソングだが、ワイルダーが指摘するようにロマンティックな歌詞で、メロディも洗練されている。作詞は「When You Wish Upon A Star」や「Stella by Starlight」のネッド・ワシントン、作曲はホーギー・カーマイケルとなれば星空の下で抱き合う二人が浮かぶ。こういう絵を想像するとき、男女どちらかは自分であり、決まって恋人は憧れのアイドルである。現実には在り得ない世界に浸れるからこそこの曲が美しい。

 同書によると230種のレコーディングがなされているそうだ。そのなかから飛び切り妖艶なヴィッキ・ベネで聴いてみよう。「Vicki Benet」という名前が示すとうりフランス系のシンガーだが、英語も達者で発音も明瞭だ。声質はというと見た目の印象からはクールなハスキーヴォイスを思わせるが、落ち着いた美しい声で、ややノスタルジックな面も持ち合わせている。アメリカには成功を夢見て世界各国からシンガーが集まるが、アルバムどころかシングル盤1枚も残せない人もいる。ヴィッキは本作以外にもデッカに2枚の作品があるので成功したといえるだろう。

 ワイルダーの批評は続く。「歌詞は性的なものなどないのに官能的なものを感じさせてくれる。こういう歌が廃れてしまったことに私は残念でたまらない思いだ」と。奥ゆかしいのが美徳だとは言わないが、昨今の歌詞はまるで恥じらいを忘れた年増のような直接的表現が多い。官能的とは比喩とか暗喩から匂い立つ色気をいう。それを読み取るのがスタンダードを味わう楽しみというものだ。
コメント (14)
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