(荒川洋治 四月社)。ブックオフ本ではなく3200円。2段組でお得。
タイトル通り、文芸時評というエラそうなものではなく、ただぼくの感想です、という本。詩論の本の「感想」に、「ぼくのようなしろうとにはわからない」とさらっと書いているところがすごい(開きのおおいあらかわさんの文が伝染ってきた)。荒川さんは現代詩を代表する詩人の一人とされているから、もちろん、「感想」や「しろうと」を文字どおりには受け止められないが、かといって荒川さんが嘘をついたり、何かを気取ったり、あるいは意地悪をいっているわけではない、とぼくは思う(感染中)。たくさんの本を読み、多くのことを考えてきた読書人に近い立場に自らを置いているのだろう。
ぼくは荒川さんの取り上げている本や著者のほとんどを知らないが、その「感想」を読み続けるのにちっとも困らない。日頃接していることばについての話だからだ。敬愛する友だちや先輩から、最近読んだ本の話を聞いているように、くつろげて楽しく、一緒に読んだような気になる。もちろん、荒川さんは、「感想」や「しろうと」を言い訳に逃げるような「藤四郎」みたいなことはしない。とても辛辣です。ほかの「時評家」を知らないが、いちばんじゃないかと思う。これほど筋道をとおして批判されたなら、著者はかなり堪えるだろうなと思うからだ。たとえば、村上春樹について、
<現代日本で、いまのところもっとも才能のある文学者(略)。だがこの人の文学はひとまず終結したと思う。『神の子どもたちはみな踊る』(2000)で頂点をきわめたのだから、この上することはない。他分野へ移るべきとぼくはこの欄で書いたが、『海辺のカフカ』は従来の村上作品のつぎはぎであり娯楽作品としても不首尾だった>
この<他分野>とは、荒川さんのホームグラウンドの現代詩。現代詩の世界でもすぐに大きな仕事をしてくれそうだとかなり本気で期待しているようなのだ。批判は率直で賛辞は素直。とても折り目正しい人に逢ったように後味はさわやか、とぼくは思った。「文學界」の同人誌評を毎号楽しみにしているという荒川さんは、作家や批評家より、読書人を愛しているように思える。作家や批評家が読書人でなかったり、読書人足り得ないときに荒川さんの失望は大きいようだ。「文学は実学だ」「文学は書くものではない。動かすものだ」など、この「時評」には刺激的な直言も多い。文部科学大臣になってほしい、マジで。
パーティに行かず、友だちと古本屋巡りをしたり、本の話をするのが好きな荒川さんをある酒場で見かけたことがある。そこは荒川さんの古い友人が経営する酒場で、酒を呑まない荒川さんは、サントリー鳥龍茶1リットル入りペットボトルを出されていた。酔っぱらいしかいない場所で、荒川さんは端然としていた。詩人の実物を見たのははじめてだった。それから、何となく詩が身近なものに思え、荒川さんの本を読むようになった。荒川洋治が仕事を続けているというだけで、世間もそう捨てたものじゃないとぼくは思っている。
タイトル通り、文芸時評というエラそうなものではなく、ただぼくの感想です、という本。詩論の本の「感想」に、「ぼくのようなしろうとにはわからない」とさらっと書いているところがすごい(開きのおおいあらかわさんの文が伝染ってきた)。荒川さんは現代詩を代表する詩人の一人とされているから、もちろん、「感想」や「しろうと」を文字どおりには受け止められないが、かといって荒川さんが嘘をついたり、何かを気取ったり、あるいは意地悪をいっているわけではない、とぼくは思う(感染中)。たくさんの本を読み、多くのことを考えてきた読書人に近い立場に自らを置いているのだろう。
ぼくは荒川さんの取り上げている本や著者のほとんどを知らないが、その「感想」を読み続けるのにちっとも困らない。日頃接していることばについての話だからだ。敬愛する友だちや先輩から、最近読んだ本の話を聞いているように、くつろげて楽しく、一緒に読んだような気になる。もちろん、荒川さんは、「感想」や「しろうと」を言い訳に逃げるような「藤四郎」みたいなことはしない。とても辛辣です。ほかの「時評家」を知らないが、いちばんじゃないかと思う。これほど筋道をとおして批判されたなら、著者はかなり堪えるだろうなと思うからだ。たとえば、村上春樹について、
<現代日本で、いまのところもっとも才能のある文学者(略)。だがこの人の文学はひとまず終結したと思う。『神の子どもたちはみな踊る』(2000)で頂点をきわめたのだから、この上することはない。他分野へ移るべきとぼくはこの欄で書いたが、『海辺のカフカ』は従来の村上作品のつぎはぎであり娯楽作品としても不首尾だった>
この<他分野>とは、荒川さんのホームグラウンドの現代詩。現代詩の世界でもすぐに大きな仕事をしてくれそうだとかなり本気で期待しているようなのだ。批判は率直で賛辞は素直。とても折り目正しい人に逢ったように後味はさわやか、とぼくは思った。「文學界」の同人誌評を毎号楽しみにしているという荒川さんは、作家や批評家より、読書人を愛しているように思える。作家や批評家が読書人でなかったり、読書人足り得ないときに荒川さんの失望は大きいようだ。「文学は実学だ」「文学は書くものではない。動かすものだ」など、この「時評」には刺激的な直言も多い。文部科学大臣になってほしい、マジで。
パーティに行かず、友だちと古本屋巡りをしたり、本の話をするのが好きな荒川さんをある酒場で見かけたことがある。そこは荒川さんの古い友人が経営する酒場で、酒を呑まない荒川さんは、サントリー鳥龍茶1リットル入りペットボトルを出されていた。酔っぱらいしかいない場所で、荒川さんは端然としていた。詩人の実物を見たのははじめてだった。それから、何となく詩が身近なものに思え、荒川さんの本を読むようになった。荒川洋治が仕事を続けているというだけで、世間もそう捨てたものじゃないとぼくは思っている。