コタツ評論

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クロッシング・ザ・ブリッジ

2007-09-19 16:52:38 | レンタルDVD映画
クロッシング・ザ・ブリッジーサウンド・オブ・イスタンブール
http://www.alcine-terran.com/crossingthebridge/

ヨーロッパでもアジアでもないトルコ音楽に魅せられたドイツ人音楽家ハッケの旅。キューバ音楽の大御所たちを訪ねた『ブエナビスタ・ソシアルクラブ』と同様な企画だが、『ブエナ』以上の歌と音の多様さに驚く。

イスタンブールで人気のDJヤクザ(そういう名前なのだ)はいう。
「DJやるなら、古今東西の音楽に敏感でないとね。つまり世界中の音楽さ。ワンパターンな選曲じゃそっぽを向かれちまう。だけど、アメリカに行ってみなよ。ラジオもCDも似たり寄ったりだ。退屈すぎる。この街じゃ、あんなの通用しない」

先日、MTVミュージックアウォードのオープニングを飾ったブリトニー・スピアーズの無惨な口パクと鈍いダンスに、病めるアメリカ音楽界の未来を見たような気がした。「アメリカンアイドル」も、同じような歌を同じように歌う没個性な新人ばかりですぐに飽きてしまった。もはや、アメリカ以外の国や地域からグラミー賞をめざす歌手などいないのではないか。もしいたとしたら、この映画を観せて、「なっ、アメリカはイモだぜ」といいたくなる。

しかし、そんなトルコにも、「アメリカかぶれ」と批判されながら、ヒップホップを愛する若者がたくさんいる。キャップにだぶだぶトレーナー、尻まで落としてズボンをはくファッションもまったく同じ。歩いているのが、ブルックリンではなくイスタンブールの街角という違いだけだ。

ヒップホップが好きなら、少しでもラップやブレイクダンスができるなら、世界中を、友だちの家を泊まり歩くように旅ができるのではないかと思えるほど、ヒップホップは世界の若者の共通言語になっているらしい。トルコ語のラッパー・ジェザの父親はいう(たぶん、50~60代)。

「息子がヒップホップをはじめたとき、あんなのは音楽じゃないと思っていた。わしらの頃は、G・ヘンドリックスやE・クラプトンが音楽だった。メロディに言葉を乗せて歌うものだった。ヒップホップなんてただ言葉を並べ立てただけじゃないか。歌じゃない、そう思っていた。でも、いまはヒップホップこそが音楽だと思っているよ」

「マーマママママママママママママママ、マイクショー!」と凄まじい早口のトルコ語を途切れなくリズムに乗せるジェザ。その言葉は、ドラッグや暴力を煽るものではない。トルコやイスタンブールに生きる人々の日常の感情を歌っている。「ギャング=ラッパー」とは、実は映画『シャフト』などと同様な黒人収奪のために仕組まれた白人のビジネスではないかという疑問が浮かぶ。ドラッグや暴力を煽る言葉は、けっして美しく心地よくは響かない。言葉の生理に反するからだ。あるいは、俺たちの知らない、メディアには乗らないラップがあるのかもしれないが。

カナダからやってきて、ブルガリアやトルコの古い民謡を採集して歩いては、トルコ語で歌うブレンナ。
「英語より、トルコ語で歌うほうが感情が溢れる気がするの」

トルコではロックが台頭したのは90年代のはじめからだそうだ。トルコのパンクロックバンド・デュマンと対照的にジャズっぽいレプリカスが紹介された。彼らをロック少年にさせた英雄がエルキン・コライ。頭が禿げ上がった内田裕也を思えばよい。

人口の三分の二がロマ(ジプシー)という町ケシャンも訪ねている。そこいらの居酒屋でジプシーキングス真っ青の名手や達人が夜な夜な演奏している町だ。
「ジプシーの音楽は、伝統的なトルコ音楽とは違って黙って聴くものじゃない。踊りだしたくなる音楽なんだ」

哀切なクルド民謡を歌姫アイヌールが18世紀のトルコ風呂の遺跡で歌う場面が、この映画の圧巻のひとつだろう。1990年まで公衆の面前ではクルド民謡は歌えず、放送禁止だった。クルド独立運動を弾圧していたトルコ政府がクルド語を禁止していたからだ。

アイ・ジョージに似た往年の大スターのオルハン・ゲンジェバイも渋かった。声は勝新太郎、歌い方は古いブルースのように単調だが、サズという琵琶に形が似た3弦楽器を操る姿がいかにも堂に入っていた。自宅スタジオに集められた伴奏の若者たちが大物を前にして、呆然とするほど緊張しているのが微笑ましかった。さしずめ日本でいえば演歌の大御所といった貫禄だが、エジプト音楽を取り入れて伝統派から批判されながら、アラベスク(アラビア風)音楽を創ったそうだ。

ディーン・マーティンのように、酒の入ったグラスを片手に、老バンドを従えて仇っぽく歌う渡辺はま子に似た、歌手歴72年86歳になるやはり往年の大スターは、
「セゼン・アクスのおかげで、最近リサイタルを開くことができた」
と感謝していた。

そのセゼン・アクスは、トルコ音楽とポップスをミックスさせて、トルコでは誰知らぬものない大歌手らしい。若い頃のTV映像では、まるでホイットニー・ヒューストンのようにスレンダーで美しい。いまは40代くらいか。太って、錦糸町のフィリッピンパブのママみたいになっていたが、「イスタンブールの想い出」を歌い出せば、ビル・エバンスのピアノのように、清冽な音が精妙に配されていく。これも圧巻。

邦題をつけるとすれば、もちろん、「飛んでイスタンブール」。DJヤクザなら一度はかけたことがありそうだな。
コメント
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